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ID番号 : 08741
事件名 : 休業補償給付不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 千代田梱包工業株式会社・亀戸労働基準監督署長事件
争点 : 運輸会社子会社の管理部担当者の出血性脳梗塞につき、妻が休業補償給付不支給処分の取り消しを請求した事案(妻勝訴)
事案概要 : 運送会社の子会社Aで総務・人事を担当していたDが出血性脳梗塞を発症(後に別の病気で死亡)し、妻が申請した休業補償給付について、労働基準監督署長Yのなした不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審判決である。 第一審の東京地裁は、発症に至る要因は業務以外にもその可能性を否定できず、因果関係の立証も不十分で、業務をめぐる他の条件も一般労働者と比べ特に過酷ともいえないとして、Xの請求を棄却。これに対しXが控訴。 第二審の東京高裁は、疾病発症の業務起因性について、その発端となった持続性心房細動は自然経過で発生したものではなく、会社の業務上の負荷、特に上司により頻繁に繰り返される執拗かつ異常な叱責によるストレスに加えて、連続する徹夜作業に伴うストレスを誘因として発生したものであり、これによって形成されたフィブリン血栓が発症させたものと認めるのが相当であるとして原判決を取り消し、Xの請求を認容した(なお、消滅時効の抗弁については、当初の休業補償給付請求に対する処分が明らかにされていない段階で、当該請求に係る期間以降の休業補償給付を繰り返し請求しなければ請求権が時効消滅するとのYの主張を斥けた)。
参照法条 : 労働者災害補償保険法14条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/休業補償(給付)
裁判年月日 : 2008年11月12日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20行(コ)244
裁判結果 : 原判決取消
出典 : 労経速報2022号13頁
審級関係 : 第一審/東京地/平20. 5.19/平成18年(行ウ)539号
評釈論文 : 夏井高人・判例地方自治311号109~111頁2009年2月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
Dは、本件会社へ出向する以前の岡山在勤中に、初めて心房細動を発症し、その後も度々発作性心房細動を起こし、投薬治療を受け、本件会社への出向に伴う東京への転勤後も、心臓病センター榊原病院の医師からの紹介状に基づき、断続的に治療を受けていたことが認められる。
 Dは、平成5年7月5日、同年9月6日、同年10月8日など、繰り返しN内科クリニックで受診しているところ、Dは、その際、何度も繰り返し本件会社でのストレスがたまっている旨を述べている。9月6日の受診の際には、Dは、全身疲労感と動悸を訴え、心電図検査で心房細動が認められた。同クリニックのN医師は、ストレスにより心房細動の発作を起こすものと診断し、Dに対しては、投薬等の処方は行っていない(書証略)。
 (2) 心房細動については、その誘因として長時間労働やストレスが挙げられており、持続性であれ発作性であれ、業務によるストレスを誘因として心房細動を引き起こすという機序の存在は認められ、また、証拠(略)によれば、ストレスが血液の凝固能を亢進させるとの見解が存在することが認められる。さらに、心房細動の発症を促す要因として高血圧が挙げられており(書証略)、月60時間以上の残業で有意の血圧上昇がみられたり、週60時間以上の長時間労働は、心筋梗塞発症のリスクを高め、月50時間、60時間以上の残業で血圧上昇があると報告されており、厚生労働省の脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会は、平成13年11月16日、長時間にわたる長時間労働やそれによる睡眠不足に由来する疲労の蓄積が血圧上昇などを生じさせ、その結果、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させる可能性があるとの検討結果を報告している(書証略)。これらによれば、本件においても、長時間労働やストレスを誘因として心房細動が発生し、かつ、ストレスにより血液の凝固能が亢進し血栓を生じやすくなった状態にあったことによって、フィブリン血栓が形成され、これによって本件疾病の発症に至った可能性が存在する。
 (3) 本件においては、前認定のとおり、本件疾病発症の6月前からのDの時間外労働時間は、1月当たり、約36.5時間、38時間、54.5時間、41.5時間、57.5時間、77.5時間というものであり、徐々に時間外労働時間は増加し、発症前1月は、4月18日の徹夜作業も加わり、80時間近くに達しているのである。そして、労働基準監督署においては、脳血管疾患及び虚血性心疾患等については、発症前1月ないし6月にわたって、1月当たり45時間を超える時間外労働があれば、その時間が長くなるほど、業務と発症との関連が徐々に強まると評価され、また、発症前1月につき、おおむね100時間を超える時間外労働時間があれば、業務と発症との関連性が強いと評価される取扱いとなっているところ(書証略)、Dの時間外労働時間は、同基準に満たないとしても、相当長時間のものであると評価することができる。
 (4) このような時間外労働に加え、前認定のとおり、E部長は、Dに対し、一月に2回以上、執拗に、かつ、数回は2時間を超えてDを起立させたまま、叱責しており、このため、Dは、肉体的疲労のみならず、心理的な負担も有したのである。E部長による叱責は、前認定の時間外労働により疲労を有していたと考えられるDに対し、一層のストレスを与えるものとなったというべきである。現に、本件疾病発症直前のDの日記(書証略)の記載を見ると、4月12日、13日、15日などに、ストレス、疲労が蓄積している旨の記載がある。4月18日には、コンピューターの計算ソフトが故障したためF課長と共に徹夜作業を行ったものであるが、Dは、午前3時30分ころから午前6時ころまでわずか2時間余りの睡眠をとっただけで、翌19日は全日勤務をしており、日記には、同日の部分に「疲労の上、食べ過ぎのため8時半から9時の間いだは全身的にダルサと吐気で気がめいる。」と記載されており、4月21日の部分には「先日の徹夜の為か酔いがひどく」と記載されている。また、4月28日の部分には「千葉に岡山から帰って来てから息切れが激しく特に朝の通勤時間それがケンチョに表われる。M駅の階段を登るのに息切れが、今日は特別ひどく、体が非常にダルかった。どことなく腹も満プクの気持ちでダルイというより体が重かった、西船橋よりの地下鉄東西線も、いつもなら快速で立って行くのだが、本日は座りたかったので、鈍行で行く。単行本を読んでも、浦安辺りで寝むくなりウトウトと眠むってしまい、門仲で下車するところを、1つ先の茅場町まで行ってしまった。」との記載がある。これらの記載は、前認定の時間外労働とE部長による叱責のため、Dが相当疲労していたことの証左であるということができる。
 (5) 前記の認定事実及び上記のような本件疾病発症直前のDの状況に証拠(略)を総合すれば、Dは、N内科クリニックで受診した平成6年2月3日ころまでは発作性心房細動であったところ、同年4月28日には、朝の出勤時にM駅の階段を上る際の息切れが特にひどく、体が非常にダルかった旨日記に記載していることから、既に持続性心房細動(ただし、発症からの時間による分類である)の状態にあったものであるところ、この持続性心房細動は自然経過で発生したものではなく、本件会社の業務上の負荷、特にE部長により頻繁に繰り返される執拗かつ異常な叱責によるストレスに加えて、平成6年4月18~19日の徹夜作業に伴うストレスを誘因として発生したものであり、これに伴い形成されたフィブリン血栓が本件疾病を発症させたものと認めるのが相当である。
 したがって、本件疾病は本件会社における業務に起因して発症したものというべきである。
 (6) なお、心房細動の誘因としては、飲酒、喫煙、ストレス、睡眠不足等が挙げられるところ、Dにおいては、飲酒、喫煙をしていたものであるが、証拠(略)によれば、Dは喫煙を断っていたところ、E部長の叱責によるストレスから再び喫煙をするようになり、また、同様の理由で酒量が増えたものであるから、本件疾病の発症に飲酒、喫煙が何らかの影響を与えていた可能性があるとしても、それを理由に業務起因性を否定するのは相当ではない。
 4 消滅時効の抗弁についての判断
 (1) 被控訴人は、Dは、平成8年9月2日に、平成6年7月7日~同年12月1日(149日分)の休業補償給付を請求したが、そのうち、同年7月7日~同年9月1日の休業補償給付請求については、2年の時効を経過してから請求されたものであるから、消滅時効が完成していると主張する。
 (2) しかしながら、Dは、平成8年4月11日に、平成6年4月29日~同年7月6日分の休業補償給付を請求し、その後、平成8年9月2日に、平成6年7月7日~同年12月1日分の休業補償給付も請求したものであるところ(弁論の全趣旨)、平成8年4月11日の請求により、本件疾病に起因する休業補償給付につき請求権を行使する意思は、被控訴人(亀戸労働基準監督署長)に対して明らかにされているものであり、当該請求に係る期間以降の休業補償給付についても請求権を行使する意思であることが容易に理解できるものであり、現に、Dは同年9月2日に当初の請求に係る期間に続く期間につき休業補償給付請求をしているものである。そうであれば、本件において、当初の休業補償給付請求に対する処分が明らかにされていない段階で、当該請求に係る期間以降の休業補償給付を繰り返し請求しなければ休業補償給付の請求権が時効消滅するという被控訴人の主張を採用することは、相当でないというべきである。
 5 結論
 以上によれば、本件処分は、本件疾病の業務起因性の判断を誤ったものであり、その判断の誤りが処分の結論に影響することは明らかであるから、取消しを免れない。