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ID番号 : 08748
事件名 : 遺族補償年金不支給処分等取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・小樽労働基準監督署長(小樽中央自動車学校)事件
争点 : 喘息により死亡した自動車学校職員の妻が遺族補償年金等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 自動車学校の教務係長が、喘息発作により遷延性意識障害罹患後に死亡したのは業務に起因するとして、妻が、遺族補償年金・葬祭料・労災就学等援護費不支給決定処分の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審札幌地裁は、教務係長であった夫には業務起因性が認められるとして不支給処分をいずれも取り消したため、国が控訴。 第二審札幌高裁は、まず〔1〕業務起因性の判断基準について、業務による負荷が過重なものであるか否かは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有するものの、日常業務を支障なく遂行できる労働者にとって過重な労務であるか否かという観点から判断すべきであるとしたうえで、〔2〕本件では、気管支喘息を自然的経過を超えて増悪させるに足るストレスや過労を伴う過重な業務の存在が立証されれば、他の増悪要因等について格段の反証がないかぎり、死亡は当該業務に内在し又は随伴する危険が現実化したものとして相当因果関係を肯定でき、「指定前教習」の業務内容自体には過度の負荷を与えるものではなかった(原審判断を一部否定)ものの、基礎疾患たる気管支喘息が、従事した指定前教習の過重な負荷により、その自然的経過を超えて増悪して重積発作たる本件喘息発作に進行し、死亡するに至ったとして業務起因性を認め、原判決を相当として控訴を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
労働者災害補償保険法29条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2009年1月30日
裁判所名 : 札幌高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20行(コ)11
裁判結果 : 棄却
出典 : 労働判例980号5頁
審級関係 : 一審/08707/札幌地平成20. 3.21/平成17年(行ウ)第13号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 第3 当裁判所の判断
1 業務起因性の判断基準(争点(1))について
 労災保険法が労働者の業務上の負傷、傷病等(以下「傷病等」という。)に対して補償するとした趣旨は、労働災害発生の危険性を有する業務に従事する労働者が、その業務に通常伴う危険の発現により傷病等を負った場合に、これによって労働者が受けた損害を填補するとともに、労働者又はその遺族等の生活を保障しようとするものである。したがって、保険給付の要件として、使用者の過失は要しないとしても、業務と傷病等との間に合理的関連性があるだけでは足りず、当該業務と傷病等との間に当該業務に通常伴う危険性が発現したという相当因果関係が認められることが必要である(最高裁判所昭和51年11月12日第2小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。
 これを基礎疾患を有する労働者についてみると、社会通念上、当該業務が当該労働者に過重な負荷を課するものであり、これが当該基礎疾患をその自然な経過を超えて増悪させたと認められる場合には、当該業務に内在し、又は随伴する危険が現実化したものとして、業務と傷病等との間に相当因果関係を肯定することができ、業務起因性を認めることができると解すべきである(最高裁判所平成12年7月17日第1小法廷判決・平成7年(行ツ)第156号、同平成18年3月3日第2小法廷判決・平成14年(行ヒ)第96号各参照)。なお、この場合に業務による負荷が過重なものであるか否かは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有する健康な状態にある者のほか、基礎疾患を有するものの、日常業務を支障なく遂行できる労働者にとって過重な労務であるか否かという観点から判断すべきである。〔中略〕
3 業務起因性(争点(2))の判断〔中略〕
(2) ストレス及び過労と喘息症状の増悪・喘息死との関係
 前記認定した事実に照らせば、ストレス及び過労が、喘息症状ないし発作に対する増悪因子となること、さらには、喘息死の誘因となることは、それがいかにして喘息症状を増悪させ、又は死に至るまでにその症状を悪化させるかについての厳密な機序やその客観的・定量的な相関関係が医学的に明らかになっているとまではいえないものの、臨床的には裏付けられた見解であって、医学上も十分に合理的な関連性が肯定されていると評価することができる。〔中略〕
 以上によれば、太郎の基礎的疾患である気管支喘息をその自然的経過を超えて増悪させるに足るストレスや過労を伴う過重な業務の存在が立証されるならば、太郎の気管支喘息がその自然的経過によりわずかな誘因でも重積発作をもたらすほど重症化していたこと又は他に確たる増悪要因があったことについての格段の反証がないかぎり、太郎の死亡は、当該業務に内在し、又は随伴する危険が現実化したものとして、業務との間に相当因果関係を肯定することができると解すべきである。〔中略〕
 以上によれば、上記手待時間については、本来の業務に従事する必要がないという点で、本来の業務に継続的に従事していた場合と全く同等に評価することはできない。しかし、すべて休憩時間としてこれを労働時間と評価しないのが不当であることは明らかである。すなわち、原判決書添付別紙1「再審査請求認定に係る労働時間算出表」によれば、指定前教習で手稲山口に出張し、始業から終業までの拘束時間が15時間を超える勤務に従事したのが、発症4か月前からの1か月間に3回、3か月前からの1か月間に5回、2か月前からの1か月間に6回、1か月前からの1か月間に10回と漸増してきており、これらはすべて始業時刻が午前4時40分、終業時刻が午後8時か9時ころであり、帰宅後の食事や入浴時間を考えると、睡眠時間はせいぜい四時間程度に過ぎなかった(被控訴人本人)。長時間の拘束時間と一定の手待時間が必然的に伴う長距離トラックの運転手などとは異なり、太郎は、指定前教習に従事するまでは、自宅近くのオタモイ所在の本件会社で、学校コースでの教習を中心とする午前9時30分から始まる通常の日勤勤務に就いており、かかる太郎に対し、いきなり手待時間に自宅での睡眠不足を解消するために慣れない仮眠をとることを求めるのは酷である。結局、手待時間を含むとはいえ早朝から夜遅くまでの上記長時間の拘束時間は、特に発症2か月前ころからは、太郎に、休日によっても解消されない慢性的な睡眠不足を生じさせていたと考えるのが相当であり、これによって、気管支喘息の基礎疾患を有しながらそれまで日常業務をこなしてきた太郎の身体は、その基礎的疾患をその自然的経過を超えて増悪させるに足る過重な負荷を受けたと評価するのが相当である。〔中略〕
 以上によれば、平成13年9月16日の発作以前の段階において、太郎の基礎疾患である気管支喘息の症状は、なお軽症の段階にとどまっていたというべきであり、自然的経過によりわずかな誘因でも重積発作をもたらすほど重症化していたとは認められない。〔中略〕
 ウ しかし、太郎の喘息症状は、平成13年9月16日までは中等症持続型に至らない軽症間欠型であったと認められ、ガイドライン2006によれば、その場合には一般に長期間管理薬を必要とせず、喘息症状がある際にβ2刺激薬を吸入すれば足りるとされている。また、平成13年9月16日からは、太郎の症状は、中等症持続型に悪化しており、長期管理薬治療が必要な状態になっていたが、それでも、上記時点では、未だ自然的経過によりわずかな誘因でも重積発作をもたらすほどに重症化していたとは認められない。以上に加えて、A医師も、仮に長期管理薬治療を行っても約10パーセントの患者は治療に難渋する旨述べていることからすれば、平成13年9月16日の時点ですら、その後の過重業務がなければ長期管理薬治療をしなくても本件喘息発作・死亡には至らなかった可能性が認められ、また、長期管理薬治療を受けさえすれば本件喘息発作・死亡を防げたと断定することもできず、本件喘息発作は、太郎の基礎疾患たる気管支喘息に、指定前教習開始後本件喘息発作当日までの過重な業務が加わって発症したというべきであって、長期管理薬治療不実施の故に、業務と本件喘息発作・死亡との間の条件関係が否定されることとはならないというべきである。また、太郎がβ2刺激薬を使用していた頻度は明らかではなく、その使用によって本件喘息発作が起こったと認めることもできない。〔中略〕
(7) まとめ
 以上によれば、太郎の基礎疾患たる気管支喘息は、太郎が平成13年6月27日以降に従事した指定前教習の過重な負荷により、その自然的経過を超えて増悪して重積発作たる本件喘息発作に進行し、その結果として太郎は死亡するに至ったということができ、その死亡には業務起因性が認められる。
 4 結論
 以上によれば、被控訴人の本件各申請に対していずれも不支給決定を行った小樽労働基準監督署長の本件各処分は違法であり、これをいずれも取り消した原判決は相当である。よって、本件控訴には理由がないからこれを棄却する。