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ID番号 : 08749
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : プレゼンス事件
争点 : 料理長らが、時間外手当及び付加金、未払賃金、会社不法行為に対する慰謝料等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 料理店経営会社に雇用されていた料理長ほか1名が、時間外手当及び付加金、未払賃金、使用者の不法行為に対する慰謝料等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、まず時間外労働をした事実を認めた上で、 〔1〕料理長は労基法41条2号にいう管理監督者に当たるとの会社主張について、料理長には裁量権も与えられておらず、賞与も歩合給も役職手当もないのであるから、経営者と一体的な立場にあるとはいえないとして斥け、時間外手当の支払義務を有するとした。〔2〕付加金についても、会社は時間外手当を支払わず、本件訴訟提起後も支払う姿勢が見られないから、同額の付加金の支払を命ずるのが相当であるとした。〔3〕さらに、未払賃金についても、会社は特段の理由を示さなかったことから、これを認めた。〔4〕しかし、不法行為の成否については、虚偽の被害届けを提出したという事情は認められないから警察を陥れて料理長を不当に逮捕させたという不法行為は成立しないとして、慰謝料・弁護士費用はいずれも認めなかった。
参照法条 : 労働者災害補償保険法37条
労働者災害補償保険法41条2項
労働者災害補償保険法114条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労働時間(民事)/労働時間・休憩・休日の適用除外/管理監督者
賃金(民事)/割増賃金/法内残業手当
労働時間(民事)/法内残業/割増手当
裁判年月日 : 2009年2月9日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)15779
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 判例時報2036号138頁
労働経済判例速報2036号24頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔労働時間(民事)-労働時間・休憩・休日の適用除外-管理監督者〕
〔賃金(民事)-割増賃金-法内残業手当〕
〔労働時間(民事)-法内残業-割増手当〕
第三 当裁判所の判断
 一 争点一(原告らが時間外労働をした事実の有無)について〔中略〕
 同原告は、本件店舗の料理長として、営業時間中料理等を出し、また、その準備をするために、おおむね上記のとおりの時間、勤務することを要したものであることが認められる。そして、同原告の出勤時刻の早い原因は、パン生地を練ったり掃除をしたりするほか、手打ちパスタの準備をするためであることがその一つとなっていると考えられる。ところで、上記証拠等によれば、被告らは、同原告に対し、何時に出勤せよなどといった具体的な指示はしていないこと、特段ノルマ等は課していないこと、本件店舗で出す料理は、被告丁原の了承を得たものではあったが、上記の料理を問わず、何を出すかあるいは何食出すかといった点については、同原告の裁量に基本的に任されていたことが認められる。したがって、このような状況で、同原告が料理人としての個人的な趣味や信条に従って選択した料理の準備に長い時間を費やすことがすべて使用者の経済的負担となる時間外労働となるとは解されない。加えて、この早朝の時間帯の同原告の勤務状況については、使用者において確認していないのであるから、これらを考慮すると、時間外手当を発生させる労働としては、九時からと認めるのを相当とする。〔中略〕
 (3) 同原告が時間外手当の請求をしている平成一七年一〇月から平成一九年二月のうち、タイムカードの存在しない、上記(1)以外の期間については、この時の勤務状況に他の期間と特段の差が存したことをうかがわせる証拠は存しないから、同原告の請求のとおり、上記期間の平均値をもって時間外労働が行われたものと推認すべきである。その額は、別紙三に基づき計算すると、四八三万三八六三円となる。
 なお、少なくとも休日労働については、労働者は自己の意思で休日労働をするか否かを決定する裁量が本来なく、使用者の休日労働の個別の命令を要すると解される。しかしながら、同原告に与えられていた上記の裁量からすれば、同原告が実際に休日に稼働した部分については、同原告に必要性を判断する裁量があったものとして、命令があったものと同等に扱うべきである。ただし、平成一八年四月二七日は、日曜日でないところ、原告は、連続して労働した七日目を法定休日として休日の労働分を請求しているが、これは同原告が自己の判断でその前の日曜日の同月二三日を休日労働したことによるものであるから、休日労働とは認めないこととする。また、一日八時間を超過したことによる時間外手当と、一週四四時間を超過したことによるそれとは、重畳的に発生するものではなく、同原告の勤務時間が一日八時間を超過していることは明らかであるから、一週四四時間を超過したことによる時間外手当は発生しないものである。〔中略〕
 二 争点二(原告甲野は労基法四一条二号にいう管理監督者か)について
 (1) 管理監督者とは、労働条件の決定その他労務管理につき、経営者と一体的な立場にあるものをいい、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきであると解される(昭和二二年九月一三日発基第一七号等)。具体的には、〈1〉職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、〈2〉部下に対する労務管理上の決定権等につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、〈3〉管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、〈4〉自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があること、以上の要件を満たすことを要すると解すべきである。
 (2) そこで原告甲野につき、これらの要件を満たすかを検討する。
 同原告は料理長という肩書きが与えられ、厨房スタッフ三名程度の最上位者にいたことは当事者間に争いがない。しかし、本件全証拠によっても、同原告が部下の採用権限を有していたり、人事考課をしていたなどの事実は認められない。また、同原告に裁量のあった上記一(2)の点についても、出す料理はすべて被告丁原の了承を得たものであり、広範な裁量とはいえない。本件店舗の営業時間が決まっていることから、出退勤を自由に決められるわけではなく、現に毎日出勤し、朝早くから夜遅くまで勤務していた。唯一、ラストオーダーである二三時ないし二三時一〇分を超え、料理の注文がなくなった以降、閉店である二四時前に退勤していたにすぎない。待遇についても、同原告(昭和四四年二月生、採用時三六歳)の月額給与は前記争いのない事実(3)のとおり三六万円であり、料理人の世界では年齢に万円を乗じた額であれば厚遇だという意見もあるものの、原告甲野には賞与も歩合給も役職手当もないのであるから、この程度では経営者と一体的な立場にあるとは到底いえない。被告らの同主張は採用できない。
 したがって、同原告に対しても、被告会社は時間外手当の支払義務を有するというべきである。〔中略〕
 四 争点三(被告らの原告らに対する不法行為の成否)について
 被告丁原が、原告らについて、タイムカードが盗まれたとの件で警察に被害届をし、これにより原告らが逮捕された事実は当事者間に争いがない。しかしながら、被告丁原は、原告甲野が自己のタイムカードを盗んだことについて窃盗にならないのか、と愛宕警察署に相談し、被害届けを勧められてそのようにしたというのであり、原告らが退職後本件店舗に侵入し、全員のタイムカードを窃取したという虚偽の被害届けをしたとの事実を認めるべき証拠は存しない。また、甲野が自己のタイムカードを持ち出した行為につき、窃盗として逮捕することが相当か疑問がなくはないが、逮捕自体は警察の判断であり、被告らの行為ではないから、虚偽の被害届けを提出して警察を陥れたという事情が認められない以上、被告らの不法行為は成立しないというべきである。原告らの同主張は認められない。不法行為が成立しないから、弁護士費用の請求も認められない。
 五 付加金の請求について
 本件において、被告会社は、原告らに対し時間外手当を支払わず、本件訴訟提起後も、変わることなく、時間外手当を支払う姿勢が見られないから、時間外手当と同額の付加金の支払を命ずるのが相当である。