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ID番号 : 08753
事件名 : 街頭宣伝活動禁止等請求事件、同反訴請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 出版社が組合の街宣活動の差止めと損害賠償を求め、組合は地位確認と未払賃金支払を求めた事案(会社一部勝訴)
事案概要 : 出版社及び経営者らが、労働組合の街宣活動により会社・経営者らの名誉・信用が毀損され、また経営者の平穏に生活を営む権利、会社の平穏に営業活動を営む権利がそれぞれ侵害されたとして、行為の差止め及び損害賠償を求め、労働組合らは反訴として、将来正社員として雇用することを前提とした期限の定めのない労働契約が締結されたのに組合員が解雇されたとして、地位確認と未払賃金支払等を求めた事案である。 東京地裁は、本訴差止めの訴えは適法であると前置きした上で、会社の請求を排斥する一方、労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には、当該活動は労働組合活動であることの故をもって正当化されるものではなく、たとえ経営者の自宅周辺で配布するビラ等の記載内容が事実であったとしても、労働組合らの各行為は相当性の範囲を著しく超える違法なものであり、経営者の上記権利を保護するためには、差止請求を認める必要があるとしてこれを認め、また損害賠償(慰謝料)額を80万円と認定した。一方、労働組合らの請求については、組合員の労働契約の内容は正社員としての採用を前提としたものではなく、助手の期間中におけるアルバイト先を確保するためのものであって、有期雇用契約であったと認めるのが相当であり、また当該有期雇用契約は、改正前の労働基準法14条の趣旨に鑑みても無効ということはできないとして、労働組合らの請求を棄却した。
参照法条 : 日本国憲法28条
民法709条
労働基準法2章
労働基準法(改正前)14条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
裁判年月日 : 2009年2月20日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)8235、平成19(ワ)28871
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 判例時報2058号147頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
〔労働契約(民事)-労働契約の期間-労働契約の期間〕
 二 争点二(原告会社の請求の成否)について〔中略〕
 (2) ところで、一般に、労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決されるべきであり、その領域における労働組合の正当な団体行動は、違法性が阻却される。
 本件においては、被告組合の組合員である被告丙川の雇用問題をめぐって、労使が対立し、団体交渉を経た後、被告組合は、その解決のための団体行動として街宣活動を行ったものであり、正当な組合活動といい得るし、その手段、方法にいささか過激な点があるとしても、社会通念上許容される範囲のものというべきである。
 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の被告らに対する本件差止め請求や損害賠償請求は、理由がない。〔中略〕
 三 争点三(原告乙山の請求の成否)について〔中略〕
 (2) 以上の事実を踏まえて、判断する。
 争点二における判断でも述べたとおり、労使関係の場で生じた問題は、労使関係の領域である職場領域で解決すべきであって、企業経営者といえども、個人として、住居の平穏や地域社会ないし私生活の領域における名誉・信用が保護、尊重されるべきであるから、労働組合の諸権利は企業経営者の私生活の領域までは及ばないと解するのが相当である。したがって、労働組合の活動が企業経営者の私生活の領域において行われた場合には、当該活動は労働組合活動であることの故をもって正当化されるものではなく、それが、企業経営者の住居の平穏や地域社会(ないし私生活)における名誉・信用という具体的な法益を侵害しないものである限りにおいて、表現の自由の行使として相当性を有し、容認されることがあるにとどまるものと解するのが相当である。
 したがって、企業経営者は、自己の住居の平穏や地域社会ないし私生活における名誉・信用が侵害され、今後も侵害される蓋然性があるときには、これを差し止める権利を有しているし、これらの住居の平穏や名誉・信用が侵害された場合には、損害賠償を求めることもできるというべきである。〔中略〕
 以上のとおり、被告らが配布するビラ等の記載内容が事実であったとしても、被告らの前記各行為は相当性の範囲を著しく超える違法なものであるといわざるを得ない。〔中略〕
かつ、被告組合代表者は、前記のとおり、当法廷において、原告乙山の自宅付近での街宣活動を止める意思はないことを明言している。
 これらの点に照らすと、本請求が棄却された場合には、被告らが今後も原告乙山宅を訪れて再度、上記行動に出る蓋然性が高く、被告らの行為を差し止める必要性もあると解するのが相当である。なお、被告丙川が上記の街宣活動のすべてに参加していたと断定できるに足りる的確な証拠はないが、被告丙川の雇用問題に関して行われた街宣活動であるから、被告丙川が主体的・中心的に、これらに参加したことは容易に推認されるし、仮に、被告丙川が参加していない街宣活動があったとしても、被告丙川は被告組合と共同して、前記の違法な街宣活動を行ったものと評価できるというべきである。
 そして、被告らのこれまでの街宣活動の実態や原告乙山宅の周囲の状況等にかんがみると、原告乙山の上記権利を保護するためには、原告乙山の差止請求は、主文第一項の限度で認容すれば足りると解するのが相当である(原告乙山の住民票上の住所地における街宣活動は、これまで実質的に行われておらず、これを差し止める必要性は認められないし、居所である本件マンション付近での街宣活動も、半径一五〇メートルの範囲内で差し止めれば足りると解する。そして、被告丙川を含む被告組合の組合員らの街宣活動は、原告乙山が差止めを求める態様[ア 面会強要、イ ビラ配布、ウ ゼッケン着用し佇立、徘徊]以外での、例えば、シュプレヒコール、拡声器を用いての演説、横断幕や組合旗の設置等も現実に行われており、これも禁止されるべき行為ではあるが、原告乙山の申立てがないため、主文には差止めの態様として掲げないこととする。)。〔中略〕
 (5) 次に、原告乙山の損害賠償請求について検討する。
 上記街宣活動は、原告乙山の住居の平穏を害し、その名誉・信用を毀損する違法なものであること、また、原告乙山の私的領域である本件出版祝賀会における街宣活動も原告乙山の名誉・信用を毀損するものであって違法性を有することは、前判示のとおりである。
 そして、とりわけ、原告乙山宅付近における街宣活動は、三〇回以上に及んで、執拗に繰り返されたものであるところ、原告乙山本人尋問の結果によれば、原告乙山は、かかる街宣活動によって、その名誉・信用を毀損され、相当の精神的苦痛も受けたことが認められる。他方、原告乙山の自宅付近での街宣活動が活発化したり、本件出版祝賀会における街宣活動にまで至ったのは、原告会社が本件救済命令を履行しないことがその要因の一つとなっていると認められること(被告組合代表者尋問の結果)、その他、本件の諸般の事情を斟酌すれば、被告らが支払うべき損害賠償(慰謝料)の金額は八〇万円とするのが相当である(被告らの負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務となる。)。
 四 争点四(被告丙川の請求の当否)について〔中略〕
 (5) 以上の(2)ないし(4)の事情を総合すれば、本件労働契約の内容については、原告乙山の前記供述が信頼できるものであって、被告丙川の供述は全体的に俄に措信できないというほかはなく、結局、本件労働契約は、被告丙川について正社員としての採用を前提としたものではなく、助手の期間中におけるアルバイト先を確保するためのものであって、その雇用を平成一五年七月一日から平成一七年三月末までとする有期雇用契約であったと認めるのが相当である。
 (6) 次に、原告会社と被告丙川との前記有期雇用契約は、改正前の労働基準法一四条に反するかについて、検討する。〔中略〕
 したがって、期間の定めが、専ら、労働者の勤務の強制的拘束の意味ではなく、使用者の解雇が制限されるという雇用保障の意味を持つような場合(労働者は契約期間の途中で自由に解約・退職できるもの)であるならば、上記の労働基準法の趣旨にあてはまらず、かかる労働契約を無効とする必要はないと解するのが相当である。〔中略〕
 そうすると、本件労働契約は、一年九か月の有期雇用契約ではあるが、改正前の労働基準法一四条の趣旨にかんがみて、これを無効ということはできない。
 (7) 以上のとおり、正社員となることの合意を前提として、現在、原告会社の従業員の地位にあることの確認や正社員としての未払い賃金等を求める被告丙川の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。