全 情 報

ID番号 : 08761
事件名 : 時間外手当等請求事件
いわゆる事件名 : 奈良県(医師時間外手当)事件
争点 : 県立病院の産婦人科医らが、宿日直勤務及び宅直勤務に伴う割増賃金の支払を求めた事案(医師一部勝訴)
事案概要 : 県立病院の産婦人科に勤務する医師2名が、宿日直勤務及び宅直勤務は時間外・休日勤務であるのに割増賃金が支払われていないとして、割増賃金と遅延損害金の支払を求めた事案である。 奈良地裁は、まず当直勤務を「断続的勤務」と規定する病院の勤務時間規則について、実情に鑑みると労基法41条3号(監視又は断続的労働の場合の適用除外)における除外の範囲を超えるものとして割増賃金の対象と認定した。その上で、割増賃金の対象労働時間について〔1〕宿日直勤務と〔2〕宅直勤務に分け、〔1〕は病院から宿日直勤務を命じられ、宿日直勤務の開始から終了までの間、場所的拘束を受けるとともに、呼出しに速やかに応じて業務を遂行することを義務付けられており、診療の合間の待機時間においても労働から離れることが保障されているとはいえず、宿日直勤務の開始から終了までの間、医師としてその役務の提供が義務付けられており病院の指揮命令下にあるとして対象時間に認定したが、〔2〕については、同制度が医師不足を補うため産婦人科医師間で定めた自主的な取り決めにすぎず、病院がこれを意識していながら指揮命令を行った事実は認められないとして対象時間に認定せず、医師2名にそれぞれ未払い割増賃金及びこれの遅延損害金の支払を命じた。
参照法条 : 労働組合法3条
労働組合法7条
労働基準法2章
体系項目 : 労働時間(民事)/法内残業/割増手当
賃金(民事)/割増賃金/支払い義務
裁判年月日 : 2009年4月22日
裁判所名 : 奈良地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(ウ)16
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例986号38頁
労働経済判例速報2040号3頁
判例時報2062号152頁
審級関係 :
評釈論文 : 濱口桂一郎・ジュリスト1389号113~116頁2009年11月15日 季刊地方公務員研究99号16~34頁2009年12月
判決理由 : 〔労働時間(民事)-法内残業-割増手当〕
〔労働時間(民事)-割増賃金-支払い義務〕
 1 争点1(勤務時間規則7条1項3号(6)は、労働基準法41条3号に違反するか。)について〔中略〕
  時間外又は休日労働の割増賃金支払義務に関する労働基準法37条の規定は、監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が労働基準監督署長の許可を受けた者については、適用しないこととされているが(同法41条3号)、同法41条3号にいわゆる「断続的労働」に該当する宿日直勤務とは、正規の勤務時間外又は休日における勤務の一態様であり、本来業務を処理するためのものではなく、構内巡視、文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するもの等であって、常態としてほとんど労働する必要がない勤務をいうものと解される(平成14年3月19日厚生労働省労働基準局長通達基発第0319007号、甲13)。そして、同法41条3号にいう行政官庁たる労働基準監督署長は、〈1〉常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみであること(原則として通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことがまれにあっても一般的にみて睡眠が十分とりうるものであること)、〈2〉相当の睡眠設備が設置され、睡眠時間が確保されていること、〈3〉宿直勤務は週1回、日直勤務は月1回を限度とすること、〈4〉宿日直勤務手当は、その勤務につく労働者の賃金の一人一日平均額の3分の1を下らないこと、という許可基準をみたす場合に、医師等の宿日直勤務を許可するものとされている。
  ところで、勤務時間条例9条1項は、職員に断続的な勤務を命じることができるとし、勤務時間規則7条1項3号(6)は、県立病院の入院患者の病状の急変等に対処するための医師又は歯科医師の当直勤務が断続的な勤務に当たると規定する。しかし、前記認定のとおり、原告らは、産婦人科という特質上、宿日直時間に分娩への対応という本来業務も行っているが、分娩の性質上、宿日直時間内にこれが行われることは当然に予想され、現に、その回数は少なくないこと、分娩の中には帝王切開術の実施を含む異常分娩も含まれ、分娩・新生児・異常分娩治療も行っているほか、救急医療を行うこともまれとはいえず、また、これらの業務はすべて1名の宿日直医師が行わなければならないこと、その結果、宿日直勤務時間中の約4分の1の時間は外来救急患者への処置全般及び入院患者にかかる手術室を利用しての緊急手術等の通常業務に従事していたと推認されること、これらの実態からすれば、原告らのした宿日直勤務が常態としてほとんど労働する必要がない勤務であったということはできない。
  以上のような実情に鑑みると、本件においては、原告らの宿日直勤務について、これを断続的な勤務とした勤務時間規則7条1項3号(6)に該当するものとすることは、労働基準法41条3号の予定する労働時間等に関する規定の適用除外の範囲を超えるものというべきである。〔中略〕
 2 争点2(割増賃金の対象たる労働時間)について
  (1) 宿日直勤務について
  ア 労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、仮眠時間であっても労働者が実作業に従事していないというだけでは使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができるとされている。
  前記で認定したような原告らの宿日直勤務の態様・内容によれば、原告らは奈良病院から宿日直勤務を命じられ、宿日直勤務の開始から終了までの間、場所的拘束を受けるとともに、呼出しに速やかに応じて業務を遂行することを義務付けられている。したがって、原告らは、実際に患者に対応して診療を行っている時間だけでなく、診療の合間の待機時間においても労働から離れることが保障されているとはいえず、宿日直勤務の開始から終了までの間、医師としてその役務の提供が義務付けられているといえ、奈良病院の指揮命令下にあるといえる。
  イ この点、被告は、割増賃金を支払う対象となる労働時間を、社会通念上の一定の線引きのもとに必要と判断される所要時間と考えるべきであると主張するけれども、そのように解すべき法律上の根拠はなく、採用することができない。
  (2) 宅直について〔中略〕
    イ 上記宅直勤務が、割増賃金の請求できる労働基準法上の労働時間といえるか否かは、宅直勤務時間が「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」に当たるか否かによる。〔中略〕
しかしながら、原告らも認めるように宅直勤務は奈良病院の産婦人科医師の間の自主的な取り決めにすぎず、奈良病院の内規にも定めはなく、宅直当番も産婦人科医師が決め、奈良病院には届け出ておらず、宿日直医師が宅直医師に連絡をとり応援要請しているものであって、奈良病院がこれを命じていたことを示す証拠はない。また、宅直当番の医師は自宅にいることが多いが、これも事実上のものであり、待機場所が定められているわけではない。
  このような本件の事実関係の下では、本件の宅直勤務時間において、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていた、つまり、奈良病院の指揮命令下にあったとは認められない。
  したがって、宅直勤務の時間は、割増賃金を請求できる労働時間とはいえない。
  ウ この点、原告らは、宅直制度は宿日直制度と一体の制度であって、奈良病院は宅直制度を認識した上で、それを前提とした産科医療を運営しており、宅直勤務について実質的に役務提供が義務付けられていないと認められる特段の事情はなく、奈良病院の指揮命令下に置かれていたと主張する。〔中略〕
奈良病院は、宅直勤務の存在を認識していたといえる。しかしながら、これに対して奈良病院が宅直勤務に関する指揮命令を行った事実は、本件全証拠によっても認められない。そして、前述のように他の診療科目でも医師1名では対応できない場合が考えられるのに宿日直医が1名であることからすれば、奈良病院が、産婦人科のみにある宅直制度を利用することを前提として、産婦人科医師に過大な負担を負わせる運営を行っていたとまで認定することはできない。
  したがって、原告らの主張は採用できない。
 3 争点3(割増賃金の額)について
  (1) 割増賃金の計算方法
  被告は、割増賃金の算定の基礎となる勤務一時間あたりの賃金額は給与条例23条に基づいたものでなければならないと主張する。確かに、一般職の地方公務員の給与は条例で定めることとなっており(地方公務員法24条6項)、その条例に基づかずに金銭を支給することはできない(同法25条1項)。
  一般職の地方公務員の場合、割増賃金の一時間あたりの額も条例で定められるけれども、労働基準法が労働条件(勤務条件)の最低基準を定めることを目的とするものであることを考えると(同法1条2項)、条例で定める割増賃金の一時間あたりの額は同法で定める基準を下回ってはならないと解される。したがって、割増賃金の算定根拠たる一時間あたりの賃金額、時間外・休日労働における割増率も、同法で定める基準を下回ってはならない。
  給与条例23条の定める勤務一時間あたりの賃金額は、月額の給料及び地域手当を基礎とするものであるが、これはそれ以外の諸手当は算定の基礎としないという趣旨であると解され、労働基準法37条、施行規則21条よりも勤務一時間あたりの給与額の基礎となるべき諸手当を絞り込んでおり、同法の定める基準を下回っている。したがって、本件における割増賃金の算定の基礎となる勤務一時間あたりの賃金額は、同法37条、施行規則21条によるべきである。〔中略〕
したがって、上記以外の手当であって、労働者の個人的事情で左右されず、労働の内容や量と関係する手当である、調整手当、初任給調整手当、月額特殊勤務手当を算定の基礎に加えるのが相当である。