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ID番号 : 08795
事件名 : 遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 食品メーカーの東京事業所業務課物流係長の喘息発作・死亡につき妻が遺族補償等を求めた事案(妻勝訴)
事案概要 :  食品メーカーAの東京事業所業務課物流係長Bが、持病の気管支喘息発作を起こし死亡したのは業務に起因するとして、妻Xが、労基署長の決定した遺族補償、葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案である。  東京地裁は、業務の過重性と本件喘息死との相当因果関係について、Aには基礎疾患としての喘息があり、業務がその自然的経過を超えて増悪させる危険を有するものだったか否かを論じなければならないとして事実認定を行い、Aのアレルゲン、喫煙習慣、軽度の肥満等の事情が喘息の症状に影響を与えなかったとまではいえず、また、治療法の不十分さが喘息を増悪させた可能性は否定できないとしつつも、月平均87時間の時間外労働が常態化していたこと、死の1週間前には大きなトラブルが発生し、物流係長として、肉体的はもとより精神的にも過重な負担を強いられていたこと等からすると、元来持っていた基礎疾患が業務上の質・量ともに過重な負担により重症化し、喘息死に近接する過程で業務上の負担がさらに増加して喘息死に至ったとみるのが相当であり、業務に内在する危険が現実化したものとして業務と喘息死との間に相当因果関係を認め、不支給処分を取り消した。
参照法条 : 労働基準法79条
労働基準法80条
労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法施行規則35条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /業務起因性
労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2010年3月15日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(行ウ)183
裁判結果 : 認容
出典 : 判例時報2088号144頁
審級関係 :
評釈論文 : 慶谷典之・労働法令通信2215号20~21頁2010年5月28日
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐業務起因性〕
 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
 〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 (4) 業務の過重性と本件喘息死との相当因果関係
 太郎には、基礎疾患としての喘息があり、太郎の業務が、その自然的経過を超えて増悪させる危険を有するものだったか否かを論じなければならない。そうすると、第一に指摘できるのは、太郎の喘息の症状と、太郎が従事した業務との間には、密接な関連があることである。太郎の喘息は、昭和五五年の喘息発症から平成六年ころまでは、発作というほどのことはなく、軽症の状態であった。太郎の喘息は、同年ころから悪化し始めたのであるが、これは、夜勤交代制業務という恒常的に過重性を認めなければならない態様の業務に就いてから約一年が経過した時期にあたる。さらに、平成七年八月以降には、太郎の喘息は、中等症持続型又は重症持続型といってよい状態になり、頻回の通院治療にかかわらず、喘息発作のコントロールが年々悪化していった。そして、平成一〇年以降に発作がさらに悪化したが、この間、太郎は、上記のとおりの過重な業務に恒常的に継続して従事し、しかも、同年九月からは、東京事業所への異動及びこれに伴う単身赴任生活という、ストレスを加重させる要素も加わっていたものである。そして、さらに平成一三年二月には、入院加療に抵抗し、仕事を休めないことを理由に四日で退院したという状況にもあったのであり、業務のストレスに応じて、太郎の喘息の症状は、重症化しつつあったといわなければならない。このように、過重な業務の経過と喘息の増悪の経過との相関関係が認められることによれば、慢性的に過重な業務に継続して就いていたことによる過労・ストレスの蓄積により、それまで発作がなかった状態であった太郎の喘息が悪化に向かい、中等症持続型又は重症持続型といってよい状態になり、重症化していったものと推認することができるのである。
 そして、本件喘息死前六か月には、太郎の法定時間外労働時間が一か月七九時間三二分~九五時間五二分、月平均八七時間五八分という非常に長時間の労働に従事し、このような長時間労働は、この前の時点でも同様であったと認められ、さらに加えて、本件喘息死前一週間には、大きなトラブルが生じ、これが三、四日続いたために、社員全員の長時間勤務が続いたことがあり、この一週間の総労働時間は七六時間五一分(時間外労働時間三六時間五一分)を超える相当長時間で、日をまたぐ勤務もあり、上記トラブルは、社員全員の長時間勤務が続く大きなトラブルで、その処理に責任を持たなければならない立場(物流係長)の太郎の業務負荷は、肉体的にはもとより、精神的な緊張を強いられるという意味でも、相当大きいものであったから、本件喘息死直前の太郎の業務は、身体的にも、精神的にも負荷の大きい極めて過重なものであったと評価することができる。してみると、この業務の過重性が、太郎の喘息増悪に大きく影響し、本件喘息死にまで至ったものと推認することは、十分に可能であるといわなければならない。
 一方で、アレルゲン、喫煙習慣、軽度の肥満等の事情が、太郎の喘息の症状に影響を与えなかったとまではいえないし、増悪吸入ステロイドが十分ではなかったこと、短時間作用性β2吸入薬の多用による間接的な影響が、太郎の喘息を増悪させた可能性は否定できない。本件喘息死の四、五日前の気道感染が、太郎の本件喘息死の誘因となった可能性もまた、否定することはできない。しかしながら、上記判断のとおり、太郎が元来持っていた基礎疾患が、業務上の質、量ともに過重な負担により重症化し、本件喘息死に近接する過程で、業務上の負担がさらに増加して、本件喘息死に至ったという経緯に鑑みれば、太郎の喘息増悪から本件喘息死に至る過程での過重な業務上の負担があったことにより、太郎の喘息は、その自然の経過を超えて増悪して、本件喘息死に至ったものと評価することが相当なのであり、業務に内在する危険が現実化したものとして、業務と本件喘息死との間に相当因果関係があることを認めることができると解すべきである。
 以上から、本件喘息死に、業務起因性が認められるという結論になる。
 第四 結論
 以上によれば、本件喘息死は、業務に起因すると認められ、これが業務に起因するものでないことを前提とする本件処分は違法であり、取消を免れない。