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ID番号 : 08808
事件名 : 残業代等請求事件
いわゆる事件名 : 阪急トラベルサポート事件
争点 : 旅行添乗員派遣社員が、派遣会社に対しツアー中の時間外・休日割増賃金と付加金を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 :  旅行の添乗員を派遣することを業とする会社Yに登録しているXが、2度のツアー業務に伴い時間外労働、休日労働があったとして、時間外割増・休日割増賃金と付加金の支払を請求した事案である。  東京地裁はまず、「事業場外みなし労働時間制」は事業場外業務に従事する労働者の実態に即した合理的な労働時間の算定が可能となるよう整備されたものであり、これは、高度の専門的裁量的業務について実際の労働時間数にかかわらず一定労働時間だけ労働したものとみなす裁量労働制とは異なった制度であるとした。また、自己申告制により労働時間を算定できる場合に事業場外みなし労働時間制を排除するとすれば、法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうことから、自己申告制によって労働時間を算定することができる場合であっても「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解され、本件添乗業務はその「労働時間を算定し難いとき」に該当すると判示した。その上で、Xのみなし労働時間について、実際の労働時間に近い線で便宜的な算定を許容しようとする制度の趣旨にかんがみ、Xの添乗日報を重複して通常必要とされる労働時間を算定すべきとしてこれを11時間とし、法定労働時間との超過時間(3時間)×日数分と、休日労働に該当する分について割増賃金の支払を認めた(付加金も認容)。
参照法条 : 労働基準法38条3項
労働基準法38条の2第1項ただし書
労働基準法38条の2第2項
労働基準法38条の2第3項
労基法施行規則24条の2第3項
体系項目 : 労働時間(民事) /事業場外労働 /事業場外労働
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2010年7月2日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)20502
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1011号5頁/労働経済判例速報2080号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 中村昭太郎・労働法令通信2227号18~19頁2010年10月8日根本到・法学セミナー56巻1号121頁2011年1月
判決理由 : 〔労働時間(民事)‐事業場外労働‐事業場外労働〕
 〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 (2) 「労働時間を算定し難いとき」の判断方法
 事業場外みなし労働時間制は、事業場外業務に従事する労働者の実態に即した合理的な労働時間の算定が可能となるように整備されたものであり、言い換えると、事業場外での労働は労働時間の算定が難しいから、できるだけ実際の労働時間に近い線で便宜的な算定を許容しようという趣旨である。これは、労働の量よりも質に注目した方が適切と考えられる高度の専門的裁量的業務について実際の労働時間数にかかわらず一定労働時間だけ労働したものとみなす裁量労働制(労基法38条3)とは、異なった制度である。
 次に、労基法は、使用者に対し、労働時間を把握することを求めている(同法108条、労働基準施行規則54条1項5号、6号)。また、時間外労働割増賃金の支払を使用者に対する罰則をもって確保している(同法37条、119条1号)。この労働時間を把握する方法として、平成13年4月6日労働基準局長通達第339号「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関する基準」(以下「労働時間把握基準」という。)は「使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること」とされ、その方法として原則として「ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。イ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。」とし、例外として自己申告制を規定する(〈証拠略〉)。
 これらによれば、みなし労働時間制が適用される「労働時間を算定し難いとき」とは、労働時間把握基準が原則とする前記ア及びイの方法により労働時間を確認できない場合を指すと解される。なお、労働時間把握基準は、みなし労働時間制が適用される場合には適用がないものとされている。
 ここで、例外である自己申告制によって労働時間を算定することができる場合であっても、「労働時間を算定し難いとき」に該当する場合があると解される。なぜなら、もし、自己申告制により労働時間を算定できる場合を事業場外みなし労働時間制から排除するとすれば、事業場外労働であって、自己申告制により労働時間を算定できない場合は容易に想像できず、労基法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がほとんどなくなってしまうからである。〔中略〕
 イ 以上認定事実によれば、(ア)当然原告は単独で添乗業務を行っており、被告から貸与された携帯電話を所持していたが、立ち回り先に到着した際に必ず連絡したり、被告から指示を仰ぐなど随時連絡したり、指示を受けたりしていないこと、(イ)ⅰ原告は、本件各コースにおいて、被告に出社することなくツアーに出発し、帰社することなく、空港から帰宅すること、ⅱアイテナリー及び最終日程表の記載は大まかなもので、そこから労働時間を正確に把握することはできない上に、現場の状況で、観光する順番、必要な時間、さらには帰国する飛行機を変更することもあったから、アイテナリー及び最終日程表により、事業場において当日の業務の具体的指示を受けたとも評価できないことが認められる。
 そして、自己申告制により労働時間を算定することができても、「労働時間を算定し難いとき」に該当しうることは前述のとおりである。
 これらによれば、本件添乗業務は、「労働時間を算定し難いとき」に該当する。〔中略〕
 (キ) これらをあわせ考えると、証拠上明らかな添乗日報上記載のある最も早い時間から最も遅い時間までの時間の合計が、別紙労働時間一覧表のとおり、おおむね185時間となるところ、ここから、飛行機内の非労働時間である合計約40時間程度を差し引き、更に、成田空港での集合前の時間やおおむね1日あたり1時間程度と思われる宿泊先における朝食及び夕食の時間等を1時間×15日と概算して、加えると、185時間-40時間+15時間=160時間程度となる。
 これを1日あたりの実労働時間に換算すると、おおむね11時間となる。
 なお、原告の主張する残業時間から、飛行機内の非労働時間である約40時間を控除すると、一日あたりの残業時間はおおむね3時間となる。〔中略〕
 (4) 以上に照らせば、本件各コースにおいて、「業務の遂行上通常必要とされる時間」は、11時間と認められる。
 4 請求原因(3)時間外割増賃金及び休日割増賃金の計算について
 (1) 割増賃金の基礎となる賃金について
 ア 被告は、日当には3時間分の時間外割増賃金が含まれていたと主張する。
 しかし、原告と被告との間で、日当に、所定労働時間8時間分の賃金と時間外労働3時間分の割増賃金に当たる部分を明確に区分して合意し、かつ、労働法所定の計算方法による額がその額を上回る場合には、その差額を当該賃金の支払期に支払うことを合意したことを認めるに足りる証拠はない。
 イ 原告の日当が1万6000円であることは当事者間に争いがない。
 前述のように本件各コースの添乗業務における労働時間は11時間とみなされ、それが労働契約の内容になっていたと認められるところ、労基法32条2項は、「使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」と規定する。そして、労基法13条は、「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。」と規定する。
 したがって、労基法の強行的直律的効力により労働契約の労働時間11時間という部分は無効となり、労基法の定める8時間となると解される。
 よって、割増賃金の基礎となる賃金は1万6000円÷8時間=2000円となる。
 (2) 時間外割増賃金について
 したがって、労基法37条1項、労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令により、割増賃金の基礎となる賃金に1.25を掛けた1時間あたり2500円が時間外割増賃金となる。
 よって、原告の主張に沿って計算すれば、時間外割増賃金の額は、新びっくりフランス7日間コースについては、平成19年12月13日から19日までの7日間の1日あたり3時間ずつであるから、3時間×7日間×2500円=5万2500円となる。
 夢の南フランス・イタリア7都市周遊8日間コースについては、平成20年1月17日から24日までの8日間であるから、3時間×8日間×2500円=6万円となる。
 (3) 休日割増賃金について
 労基法35条1項は、「使用者は、労働者に対して、毎週少なくとも1回の休日を与えなければならない」と規定するから、勤務開始日から7日目である勤務時間・残業代一覧表記載の平成19年12月19日及び平成20年1月23日は法定休日であると認められる。
 したがって、労基法37条1項、労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令により、割増賃金の基礎となる賃金に0.35を掛けた1時間あたり700円が休日割増賃金となる。
 よって、原告は法定休日に8時間労働しているから、5600円の休日割増賃金を請求でき、休日割増賃金の額は、勤務時間・残業代一覧表の「休日」欄記載のとおりとなる。