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ID番号 : 08815
事件名 : 未払賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : X運輸事件
争点 : 運送会社を定年退職後再雇用された者が、正社員当時との給与差額及び損害賠償を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 :  運送会社を定年退職後シニア社員(嘱託)として雇用された者X1、X2が、X1は正社員当時の給与と比較して極めて低額であることは違法と主張して、正社員当時との差額の支払いを、X2は将来の賃金請求権ないし地位の確認を求めた事案の控訴審である。  第一審奈良地裁は、X1についてシニア社員制度及びこれを動機とする会社との労働契約は公序良俗に違反するとも不法行為に該当するともいえず、会社のA労組と締結した「定年退職後再雇用における選定基準等に関する協定書」は就業規則の内容としてB労組に属するX1らも適用を受けるものであるとし、X2については確認の利益を欠くとして、ともに請求を棄却した。これに対しX1のみ控訴。  第二審大阪高裁は、X1の定年退職後の労働条件について、「労働協約が成立しないままに労働契約が締結された場合には、従前の労働条件が適用されるべき」とする労働協約の余後効に準じた取扱いは認められず、正社員当時の賃金額についての黙示の合意があったともいえず、また、従前の嘱託制度との対比からみても、一定の基準を満たせば原則として採用すべきものとされたものであって、従業員らに65歳までの安定的な雇用が確保されるという大きな利益がもたらされたもので、従前の嘱託制度に比して従業員に有利に改正されたとした。その上で、嘱託の地位は正社員より後退した内容ではあるが、高年齢者雇用安定法の予定する枠組の範囲内であり、同法に期待される定年後の雇用の一定の安定性が確保される道が開かれたとの評価も可能なのであって、公序良俗に反していると認めるのは困難であるとして、控訴を棄却した。
参照法条 : 高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条2項
体系項目 : 退職 /定年・再雇用 /定年・再雇用
裁判年月日 : 2010年9月14日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ネ)1386
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 労働経済判例速報2091号7頁
審級関係 : 一審/奈良地平成22.3.18/平成20年(ワ)第241号
評釈論文 :
判決理由 : 〔退職‐定年・再雇用‐定年・再雇用〕
 (5) まとめ
 以上いずれの観点からしても、控訴人が本件労働契約において、シニア社員制度の「時給1000円、賞与なし」の条件を上回る賃金請求権を有していると認めることはできない。
 そうすると、本件労働契約において、「時給1000円、賞与なし」の賃金額の合意があるか否か、シニア社員制度の賃金額の定めが公序良俗に違反するか否かについて判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がないことに帰する。
 (6) シニア社員制度の賃金額の合意について
 控訴人は、本件労働契約において、「時給1000円、賞与なし」の賃金合意は成立していない旨主張しているが、証拠(略)によれば、控訴人は、「時給1000円、賞与なし」の記載を含むシニア社員制度の詳細が記載された本件各契約書に署名押印しているのであるから、他に特段の事情の認められない限り、「時給1000円、賞与なし」の点についても合意が成立したものと認めるのが相当である。
 控訴人は、被控訴人と建交労との間のシニア社員制度導入に関する交渉経緯等から、被控訴人との間で本件労働契約を締結するに当たっては、賃金額に異議を留めた旨主張しているが、本件各契約書の文面上(書証略)、控訴人が異議をとどめた形跡はない。
 また、本件協定に至った経緯については、別紙3のフードX労組との関係欄、建交労との関係欄にそれぞれ認定したとおりであり、フードX労組とは協定書作成に至ったが、建交労との間においても、協定成立には至っていないものの、シニア社員制度を前提に平成19年2月19日の第4回目の労使協議会の席上、被控訴人側から控訴人について再雇用を決定したこと、その期間は上記シニア社員制度所定の労働条件に従って1年間の期間であること(控訴人の場合には平成19年2月21日から平成20年2月20日までの間)を説明した際、上記再雇用を前提とする2つの質問があったほかは、特段この制度自体に対する異議や賃金に対する反対意見などは表明されることはなく(書証略)、その後、建交労からはシニア社員制度に関する要求書や労使協議会の開催要望などは出ないままで、その後開催された労使協議会においても特段抗議の発言等も出ないまま経過していることを考慮すると、被控訴人と建交労との間のシニア社員制度導入に関する交渉経緯自体も、本件労働契約において、「時給1000円、賞与なし」の合意が成立したと認定することの妨げとなるものとは解されない。
 2 シニア社員制度の適用は、同一労働同一賃金の原則、労働条件の一方的な不利益変更、労働契約法所定の均衡待遇原則の諸点の観点から公序良俗違反となるか(争点(3))について
 念のため、シニア社員制度の賃金条件の適用が公序良俗違反になるか否かについても検討しておくこととする。
 (1) まず、労働条件の一方的な不利益変更に該当するかにつき検討する。
 シニア社員制度の導入の前後で、就業規則が労働者に不利益に変更されたものでないことは、上記1で判示したとおりである。
 なお、控訴人は、シニア社員制度の賃金額と正社員の賃金額を比較して不利益変更である旨主張しているが、正社員とシニア社員(嘱託)とは雇用形態が異なるのであるから、労働条件が不利益に変更されたか否かで検討すべきは、シニア社員制度導入以前の嘱託社員の賃金額とシニア社員の賃金額であることは明らかである。
 (2) 次に、同一労働同一賃金の観点、均等待遇の観点で検討する。
 ア 被控訴人においては、正社員においても、年功序列型賃金体系は採用されておらず、運転職の従業員の基準内賃金に限っていえば、全員協定に係る日額に基づいてこれに勤務日数を掛け合わせて算出された価額をもとに賃金計算されている(書証略)。その意味では、被控訴人においては、年功序列型賃金体系を採用している企業と比較すると、同一労働同一賃金の原則がより妥当していたことは否定できない。
 しかしながら、控訴人は、満60歳に達する平成19年2月20日までは、被控訴人との間で正社員としての労働契約を締結していたところ、被控訴人を定年退職した翌日である同年2月21日以降は、被控訴人との間でシニア社員(嘱託)としての新たな労働契約を締結したのであるから、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則が妥当するのは、もともとは、同種の労働契約に基づき同一賃金体系によっているシニア社員(嘱託)間で問題となることがらである。
 控訴人は、シニア社員の賃金額と正社員の賃金額とを比較して、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則に反すると主張するのであるが、正社員とシニア社員(嘱託)とは労働契約の種類・内容が異なり、異なる賃金体系に基づくものであるから、正社員とシニア社員(嘱託)との間には、本来的には、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則の適用は予定されていないことである。
 加えて、同一労働同一賃金の原則といっても、同原則が労働関係を規律する一般的な法規範として存在していると認めることはできないし、「公の秩序」としてこの原則が存在していると認めることも困難である。
 したがって、シニア社員制度が同一労働同一賃金の原則に違反しているから公序良俗に違反して無効であるとはいえない。
 イ とはいえ、正社員とシニア社員(嘱託)との間にも、同一労働同一賃金の原則や均等待遇の原則の精神は尊重されるべきであるとの見解もあり得るので、そのような見解に立ったと仮定して、さらに検討を進める。
 被控訴人における正社員とシニア社員の賃金額を比較すると、被控訴人のシミュレーション(書証略)によれば、シニア社員が所定内賃金に該当する支給項目に、残業手当30時間分、深夜手当100時間分と仮定した支給額を加算し、これが正社員の場合には43万円となることを前提に、54.6%となると試算している。
 なるほど、両者の賃金の格差は軽視はできないけれども、問題はこれが高年齢者雇用安定法の趣旨を無にするないしは潜脱する程度に達しており、看過し難いものとして公序良俗違反といえるほどの差に至っているか、あるいは、また労働契約法3条所定の均等待遇原則の観点に照らし、公序良俗違反といえるほどの差に至っているかである。
 よって、これを検討するに、高年齢者雇用安定法は、65歳までの継続雇用の義務化を段階的な実現を支援するため、労働者の60歳到達時の賃金月額を100として、60歳以降の賃金額が60歳到達時の賃金月額の25%以上下がった場合には高年齢雇用継続給付金を支給するとし、①61%未満の場合には60歳以後の賃金月額の15%、②61%から75%未満の場合には60歳以後の賃金月額の0~15%の額を支給するものとされており(書証略)、法が75%以下となることを許容し、61%となることまでも具体的に細かく予測をした上で支給金の割合を決定しており、少なくとも同一企業内において賃金額自体を比較した場合には、制度上織り込み済みというべきものでもある。
 また、均等待遇原則の観点からも、上記54.6%といった数字は、我が国労働市場の現況や、定年退職後の雇用状況に鑑みると、これが公序良俗に違反するとまで認めることは困難である。〔中略〕
 オ そうすると、上記の対比において主張される嘱託の地位はなるほど上記正社員より後退した内容ではあるが、なお高年齢者雇用安定法の予定する制度枠組みの範囲内であり、その範囲内では、同法の趣旨として期待される定年後の雇用の一定の安定性が確保される道が開かれたとの評価も可能なのであって、公序良俗に違反していると認めることは困難である。
 3 控訴人主張の不法行為の成否(争点(4))について
 上記1で判示したとおり、控訴人がシニア社員制度における「時給1000円、賞与なし」の条件を上回る賃金請求権を有していると認めることができない以上、シニア社員制度の適用によっても、控訴人には何らの損害も生じていないのは明らかであるし、上記2で判示したとおり、本件シニア社員制度は公序良俗に違反しないから、上記いずれの観点からも、シニア社員制度の導入・控訴人に対する適用が控訴人に対する不法行為に該当するということはできない。