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ID番号 : 08826
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 船橋労働基準監督署長事件
争点 : 産業・建設機械卸し販売会社勤務で橋出血で死亡した者の妻が遺族補償不支給等の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 各種産業機械や建設機械の卸・販売等を業とする株式会社Yで建設機械部門の業務に従事していた労働者Aの橋出血による死亡について、本人には労働者性がなかったとして労働基準監督署長が決定した遺族補償給付及び葬祭料の不支給処分について、妻Xがその取消しを求めた事案である。 東京地裁は、Aの労働者性について、業務実態等の観点からは理事、取締役及び執行役員にそれぞれ就任していた間も、会社の指揮監督の下に業務執行権の一部を分担して、建設機械本部本部長として建設機械部門を統括する業務に従事しており、また、会社から支給を受けていた報酬は、取締役会の決議によって決定されているととはいえ、決定額に基づき毎月定額の金額が賃金として支給され、その際、社会保険料控除や源泉徴収がなされ、給与明細が交付されているなどの事実によれば、Aに対する報酬は、経理処理上、従業員に対する賃金支給として処理されていたと推認できるなど労務に対する対償に当たるものと評価するのが相当とした。その上で、Aは従業員としての実質を有していた者と認められるとして、労災保険法上の労働者に当たらないことを理由としてした労基署長の不支給処分を取消した(業務起因性については判断しないとした。)。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /労災保険の適用 /労働者
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2011年5月19日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(行ウ)55
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例1034号62頁/労働経済判例速報2115号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐労災保険の適用‐労働者〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 (2) 検討
 前提事実及び上記(1)の認定事実(以下、この項において単に「認定事実」という。)に基づき、亡Aが本件会社の指揮監督の下において労務を提供していた者に当たるといえるかどうかを検討する。〔中略〕
 エ 亡Aの執行役員としての業務等〔中略〕
 (ウ) 上記(ア)及び(イ)によれば、本件会社の執行役員は、その制度上の観点からは、事業主体の機関として法律上定められた業務執行権を有する者ということはできないし、また、亡Aが執行役員として経営会議に出席し、また、経営計画委員会の委員として活動していたからといって、経営担当者に当たるということもできない。
 オ 以上によれば、亡Aは、業務実態等の観点からは、理事、取締役及び執行役員にそれぞれ就任していた間も、本件会社の指揮監督の下に、業務執行権の一部を分担してそれを遂行していた者ということができる。〔中略〕
 本件会社と亡Aの間の契約内容が、雇用契約として性質を有しない単純な委任契約であったとするならば、その委任する業務内容を変更する際には、その旨を別途合意することが必要であると解される。しかしながら、亡Aについては、多数回にわたって役職変更が行われているが、その際、上記の合意がされたことをうかがわせる証拠はない。前提事実(1)ウ(ア)の本件会社が行った亡Aの役職変更歴をみると、亡Aが一般従業員であった当時にされたものと、その後理事、取締役及び執行役員に順次就任していた間にされたものとの間で法的性質に違いがあることはうかがわれず、本件会社が使用者としての立場から、その時々の必要性等に基づき、業務命令として行ったものと推認するのが相当である。
 以上によれば、上記の被告の主張及びこれに沿う陳述等は採用することができない。
 (イ) 被告は、亡Aが、建設機械本部本部長として、建設機械部門を統括する業務に従事しており、その具体的な職務内容等からしても、到底労働者とはいい難い旨主張するが、上記イ及びウにおいて認定説示したところによれば、被告が指摘する事情を根拠として亡Aの労働者性を否定することができない。
 3 亡Aが使用者(本件会社)から労務に対する対償としての報酬が支払われている者に当たるかどうかについて〔中略〕
 (2) 検討
 上記(1)の認定事実(以下、この項において、単に「認定事実」という。)に基づき、亡Aが本件会社から支給を受けていた報酬が労務に対する対償に当たるものといえるかどうかについて検討する。
 ア 認定事実ア(ア)によれば、亡Aは、役員報酬ではなく、基本給名目で報酬の支払を受けていることが認められる。これは、執行役員に対する報酬について、取締役とは異なる報酬体系及び経理処理がとられていたことを示すものである。
 イ 認定事実ア(イ)によれば、執行役員は、一般取締役より報酬ベースが低くされていることが認められ、報酬額それ自体から、両者の同質性を認めることはできない。もっとも、上記認定事実によれば、一般従業員と執行役員との間にも報酬ベースに格差が設けられていることも認められ、一般従業員と執行役員についても、報酬額それ自体から、両者の同質性を認めることは困難である。また、認定事実ア(イ)、(ウ)によれば、亡Aに実際に支給された報酬額は、一般従業員、理事、取締役、執行役員それぞれの報酬ベースに応じたものであったことが認められることからすると、亡Aの報酬額の変遷によって執行役員の報酬の性質決定をすることもできない。
 ウ 認定事実ア(ア)、(ウ)によれば、支給される報酬額は、取締役会の決議によって定められているものの、決定額に基づき毎月定額の金額が賃金として支給され、その際、社会保険料の控除や源泉徴収がされて、これら内容を記載した給与明細書が交付されていることが認められる。この事実によれば、亡Aに対する報酬の支払は、経理処理上、本件会社の従業員に対する賃金支給として処理されていたものと推認される。
 なお、亡Aの報酬については、時間外手当の支給や欠勤控除はされていない。しかしながら亡Aの役職、業務内容、報酬額といった事情を勘案すれば、亡Aは、管理監督者と解され得る立場にあったということができるから、時間外手当の不支給等の事情は、重視すべきものとは解されない。
 エ 以上の点に加え、上記2で説示したとおり、亡Aは、本件会社の指揮監督の下で建設機械部門における営業・販売業務を行っていたといえることをも併せ考えると、亡Aが本件会社から支給を受けていた報酬は、労務に対する対償に当たるものと評価するのが相当である。〔中略〕
 4 以上2及び3の検討によれば、亡Aは、執行役員という地位にあったものの、その業務実態は、本件会社の指揮監督の下にその業務を遂行し、その対価として報酬を受けていたということができ、従業員としての実質を有していた者と認められるから、労災保険法(労働基準法)上の労働者に該当するというべきである。
 第5 結論
 以上によれば、亡Aが労災保険法上の労働者に当たらないことを理由としてした本件処分は、違法があり、取消しを免れない。なお、本件死亡の業務起因性については、本件処分で判断されておらず、審査請求及び再審査請求においても判断されていない(再審査請求に対する裁決では、なお書きとして、本件死亡の業務起因性に関する労働保険審査会の意見が付されているにすぎない。)から、裁判所としては、上記の点についての判断はしない。