全 情 報

ID番号 : 08832
事件名 : 解雇無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 公認会計士A事務所事件
争点 : 勤務税理士が事務所の解雇を無効として地位確認、賃金支払、損害賠償を求めた事案(税理士一部勝訴)
事案概要 : Yが経営する税理士事務所において稼働していた税理士Xが、信用毀損行為を理由に解雇されたのは無効であるとして、雇用契約の地位確認、未払賃金の支払、不法行為を理由とする慰謝料等の損害賠償の支払を求めた事案である。 東京地裁は、2回の解雇のうちまず一度目の解雇について、虚偽決算書作成、書類の無断持出し、事務所内でのセクハラ行為の各事由を合わせても、契約解除に客観的に合理的な理由があるとは認められず、権利を濫用したものとして無効だとする一方で、二度目の契約解除については、一連の虚偽の発言による信用失墜行為やデータの抜き出し行為などは、いずれも労働契約上の信頼関係を著しく損なうものであって、解雇には客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められ有効だとして、一度目の解雇に限って賃金等の支払いを命じた(地位確認、不法行為などその他の請求は棄却)。
参照法条 : 税理士法37条
税理士法38条
民法709条
民法710条
労働契約法16条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
解雇(民事) /解雇事由 /名誉・信用失墜
労基法の基本原則(民事) /労働者 /委任・請負と労働契約
裁判年月日 : 2011年3月30日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)16152
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1027号5頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐名誉・信用失墜〕
〔労基法の基本原則(民事)‐労働者‐委任・請負と労働契約〕
 1 争点(1)ア(原告と被告との間の契約の性質(雇用契約か否か))について〔中略〕
 上記(1)の認定事実ア、イによると、原告は、平成13年6月に被告との間で雇用契約を締結し、被告事務所において勤務していたところ、平成15年6月に税理士資格を取得した後は、原告事務所業務にも従事するようになり、また、厚生年金保険の被保険者資格の喪失手続をしたことが認められる一方、担当する被告事務所業務の内容、被告から原告に支払われる金銭の額、出退勤時刻等は従前と異ならなかったことが認められる。以上によると、同月以降、原告と被告との間の契約関係が、雇用契約から、委任若しくは準委任又は請負契約に変更されたものと認めることはできない。〔中略〕
 2 争点(1)イ(20年解除の有効性)の(ア)(解雇事由及び解雇権濫用の有無)について〔中略〕
 (4) そして、上記説示に照らすと、上記(1)~(3)の各事由を合わせても、20年解除に客観的に合理的な理由があるとは認められないから、その余について判断するまでもなく、20年解除は、社会通念上相当であると認められず、その権利を濫用したものとして、無効であるというべきである。
 3 争点(1)ウ(22年解除の有効性)の(ア)(解雇事由及び解雇権濫用の有無)について〔中略〕
 イ 上記アの認定事実によると、原告は、被告事務所の顧客等に対し、被告事務所が破綻寸前であるなどと述べたことが認められるところ、上記各発言は、被告事務所の信用を著しく毀損するものであって、被告との労働契約上の信頼関係を破壊するものであるといえる。なお、原告の上記各発言は、被告事務所の信用を失墜せしめ、その存続を危うくするものであることからすると、原告は、被告事務所において就労する意思を喪失していることも強く疑われるところである。
 この点、原告は、自己の労働債権を確保するために、被告に対して債務を有する者を確認したとして、自己の行為が正当な権利行使であるかのような主張をするが、債権の保全は、民事保全手続によるべきであり、原告の上記主張は採用しない。
 (3) 本件抜出行為(上記第2の3ウ(ア)(被告の主張)a)について
 ア(ア) 争いのない事実、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によると、以下の各事実が認められる。
 a 原告は、平成20年7月10日から同年8月21日までの間、被告の所有する被告の顧客であるA金属、株式会社B商店、C工務店、有限会社D印房、E工芸有限会社、F耐火工業有限会社、有限会社G麺機製作所に関するデータを被告に無断で抜き出した(本件抜出行為)。
 b 被告事務所では、本件抜出行為により、上記aの各顧客のデータについて、会社情報及び消費税情報の変更、勘定科目及び補助科目の変更及び追加、合計科目の変更ができなくなり、決算書及び試算表の作成に支障が生じた。
 c 原告は、被告から、平成20年9月16日発送の書面により、被告事務所から持ち出した書類、会計データ等を返還するよう求められたが、本件抜出行為に係るデータを被告事務所に返還していない。(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)
 (イ) 原告は、新たにコンピュータ内に顧客の会計データを作り直し、仕訳だけを従前の会計データからコピーすることにより問題は容易に解決でき、被告事務所のコンピュータが使用不能になるという重大な損害を受けたものではない旨主張し、データ送受信用フロッピー等を紛失した場合のデータの再送出に関する説明書の記載部分(〈証拠略〉)を提出する。
 しかし、上記説明書の記載部分は、データの再送出に関するものであって、データの追加、変更に関するものではなく、上記認定を覆すに足りない。
 イ 被告事務所の顧客に関するデータは、被告事務所が、各顧客との契約に基づき、守秘義務を負った上で、保有しているものであって、被告事務所の従業員である原告が、上記各データを持ち出す権限を有するものでないことはいうまでもなく、本件抜出行為自体、重大な非違行為であるといえる。この点、原告は、公益通報のために上記各データを持ち出した旨主張するが、これを認めるに足りる具体的な主張・立証はない。
 加えて、上記アにおいて認定したとおり、本件抜出行為により、被告事務所においては、本件抜出行為にかかる顧客の従前のデータに変更、追加をすることができなくなり、その業務に支障を来したことが認められる。
 以上によると、本件抜出行為は、被告との労働契約上の信頼関係を破壊するものであるといえる。
 (4) 以上によると、本件勧誘、本件信用毀損行為、本件抜出行為は、いずれも、被告との労働契約上の信頼関係を著しく損なうものであるというべきである。したがって、22年解除は、被告の主張に係るその余の解除(解雇)事由について判断するまでもなく、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められ、有効であるというべきである。
 4 争点(2)(不法行為の成否、損害の有無及びその額)について〔中略〕
 (4) 以上によると、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。