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ID番号 : 08843
事件名 : 賃金等請求(17056号)、損害賠償反訴請求事件(2392号)
いわゆる事件名 : モリクロ(懲戒解雇等)事件
争点 : めっき加工等処理業会社の従業員らが解雇処分の無効確認、退職金等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  各種めっき加工及び金属表面処理業会社Yの従業員Xらによる解雇無効確認、退職金・未払賃金・時間外賃金の支払及び不当違法な解雇や嫌がらせ、パワハラによる損害賠償を求めた本訴と、Y社を混乱させる目的の下でのXらの一斉退職を不法行為としての損害賠償請求、X4が所持するノートの引渡し等を求めた反訴の事案である。  大阪地裁は、Xらには、集団での退職及び同業他社へ転職を画策し、Yに打撃を与えて、あわよくばYをつぶそうという不当、違法な目的があり、これは懲戒解雇理由に該当するとYが主張する事実は見出し難いとして、Xらの退職金、未払賃金等についての請求を認めた(付加金は否認)。一方、結果的であるとはいえ、Xらは同業他社に就職していること、交渉経過の中で同業他社への就業避止業務の免除を要求していることからすると集団退職及び集団転職を画策したとYが疑いを持ったとしてもやむを得ない面もうかがわれる。そうすると、本件解雇処分が無効であるとはいうものの、損害賠償請求権を発生させるだけの違法性を有していたとまで評価することはできないし、嫌がらせやパワハラを理由とする損害賠償請求についても理由がないとして、否認した。他方、Y主張のXらによる債務不履行責任ないし不法行為責任の有無についても否定した(ただし、X4が所持するノートの返却は認めた)。
参照法条 : 労働基準法37条
労働基準法41条1項2号
労働基準法114条
労働契約法16条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
退職 /金品の返還 /金品の返還
労働時間(民事) /労働時間・休憩・休日の適用除外 /管理監督者
解雇(民事) /解雇事由 /企業秩序・風紀紊乱
雑則(民事) /付加金 /付加金
裁判年月日 : 2011年3月4日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20(ワ)17056/平成21(ワ)2392
裁判結果 : 一部認容、一部却下、一部棄却(17056号)、一部認容、一部棄却(2392号)
出典 : 労働判例1030号46頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔退職‐金品の返還‐金品の返還〕
〔労働時間(民事)‐労働時間・休憩・休日の適用除外‐管理監督者〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐企業秩序・風紀紊乱〕
〔雑則(民事)‐付加金‐付加金〕
 1 争点1(本件解雇処分の無効確認訴訟の適法性)
 (1) 確認の訴えは、特段の事情がない限り、現在の権利又は法律関係の確認を求める場合に限り確認の利益が認められると解するのが相当である。
 (2) ところで、原告ら求めている本件解雇処分の無効確認の訴えは、過去の行為が無効であることの確認を求めるものであるところ、終了原因に関して争いはあるものの、既に原告らと被告との間の雇用契約は終了していること、本件解雇処分の有効無効の判断は、原告らが被告に対して求めている退職金請求あるいは損害賠償請求において判断されること、本件において、過去の法律関係等の確認を求める特段の事情があることを認めるに足りる的確な証拠はないことからすると、本件解雇処分の無効確認の訴えには確認の利益があるとはいえず、不適法な訴えであるというべきであるから却下を免れない。
 2 争点2(退職金請求)〔中略〕
 (2) 本件解雇処分の適法性について〔中略〕
 活動の内容程度はともかく、原告らは、ハローワークを通じて就職活動をしていたこと、原告らとしては、被告が提示した希望退職に対して応じる意思表示をしていたとは認められないものの、被告との雇用契約を終了させるに当たっては、被告が提示した条件(競業忌避義務等の免除)の点を強く要請していたことからすると、「中止」という文言のみをもって、被告の上記主張(集団退職及び集団転職)を裏付けることはできない。
 (エ) 以上のほかに、被告が主張するように、原告らが被告からの集団での退職及び同業他社(I理研)への集団での転職を画策し、被告に打撃を与えて混乱と回復し難い損害を生じさせ、あわよくば被告をつぶそうとしたという不当、違法な目的があったと認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。そうすると、この点を理由とする本件解雇処分は無効であるといわざるを得ない。〔中略〕
 (ア) 本件就業規則に係る退職後の競業避止義務違反を理由とする退職金の不支給の点について
 退職後の競業避止義務を定めることについては、労働者の生計手段の確保に大きな影響を及ぼすことから、その効力については、慎重に判断することが必要であり、競業避止を必要とする使用者の正当な利益の存否、競業避止の範囲が合理的な範囲に留まっているか否か、代償措置の有無等を総合的に勘案し、競業避止義務規定の合理性が認められない場合には、これに基づく使用者の権利行使は権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、確かに、原告らの年収は、比較的高額なものであると認められること、被告の隣には競業他社であるI理研が存在することが認められ、これらの点からすると、競業避止義務を定める必要性があるようにも思われる。しかし、証拠(〈証拠略〉、原告ら)及び弁論の全趣旨によると、めっき加工等の原告らが従事していた業務内容は、秘密性を有するかどうかは別として、専門的な技術等が必要となるものであり、かかる業務に従事していた者が他に転職等する場合には、代替性に乏しく、限られた範囲でしか就労の機会を得ることができないと考えられること、被告における競業避止義務の期間は1年間と比較的長いこと、退職金は支給されるものの、その額は競業避止義務を課すことに比して十分な額であるか疑問がないとはいえないこと、以上の点にかんがみると、本件就業規則における競業避止義務規定には合理性があるとは解されず、この点をもって、退職金支払請求権が発生しないとは認められない。したがって、この点に関する被告の主張は理由がない。
 (イ) 本件就業規則に係る秘密保持義務違反を理由とする退職金の不支給について〔中略〕
 (ウ) 以上からすると、競業避止義務違反及び秘密保持義務違反を理由として退職金支払請求権が発生しない旨の被告の主張は理由がないといわざるを得ない。〔中略〕
 (3) 原告らの被告に対する退職金支払請求権の有無及びその額について
 ア 上記(1)、(2)で認定説示したとおり、被告が原告らになした本件解雇処分は無効であること、原告D、原告B、原告E、原告Aには競業避止義務及び秘密保持義務が課されているとはいえず、同原告らについて同各義務違反をもって退職金請求権が消滅するとはいえないこと、原告らは、本件解雇処分時以降、被告との雇用契約を継続する意思がないと認められ、その時点で退職したと認めるのが相当であることからすると、原告らは、被告に対し、退職金支払請求権を有していると認めるのが相当である。〔中略〕
 ウ 原告D及び原告Fの管理監督者性の点等について
 (ア) 労基法41条②号の規定に該当する者(管理監督者)とは、労働条件の決定その他労務管理につき、経営者と一体的な立場にある者をいい、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきであると解される。具体的には、〈1〉職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、〈2〉部下に対する労務管理上の決定権等につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、〈3〉管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、〈4〉自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があることを総合的に勘案して判断するのが相当である。
 (イ) これを原告D及び原告Fについてみると、確かに、〈1〉同原告両名が後輩の指導をしていたこと、〈2〉同原告両名には比較的高額の管理職手当が支給されていたこと、〈3〉同原告両名は、経営会議に出席できたこと、以上の点が認められる。しかし、〈1〉同原告両名については労働時間や休憩及び休日等について裁量が与えられていたとはいえず、かえって、タイムカードを打刻しており、就業時間が管理されていたと認められること、〈2〉別紙組織表記載のとおり、原告F及び原告Dは、品質管理部課長(原告F)やクロム部部門の課長(原告D)ではあるものの、同原告両名の上司としては、さらに、総括部長や製造部長・工場長が存在し、これら上司の指示を受ける立場にあったと認められること、〈3〉経営会議への出席が可能だったとはいえ、部下に対する労務管理上の決定権等について一定の裁量権を有していたとは認められないこと、〈4〉その他、部下に対する人事考課等の重要な職務と権限が付与されていたとも認められないこと、以上の点が認められ、これらの点からすると、同原告両名が、労働条件の決定その他労務管理につき、経営者と一体的な立場にある者に該当するとは認め難い。そうすると、被告の上記主張は理由がない。〔中略〕
 (4) 付加金請求について
 原告らは、付加金の支払をすべきであると主張する。
 確かに、被告は、労働基準監督署から是正勧告を受けるなど、36協定や就業規則の制定手続等の点において不備があったことがうかがわれる。しかし、原告らに対しては、一定範囲で残業代を支払っていたこと、本件訴訟においても、被告側で算定したものではあるものの、原告らに対する残業代について一覧表を作成して、その具体的な内容を明示していること、本件訴訟の和解協議においても、原告らに対する退職金を含めて残業代についても一定範囲で支払う意思を明示していたことからすると、本件について、被告に付加金を課するのは相当とはいえない。したがって、この点に関する原告らの請求は採用しない。
 4 争点4(被告の不法行為責任の成否並びに原告らの損害の有無及びその額)について
 原告らは、不当な本件解雇処分を受けたこと、被告から嫌がらせ行為及びパワハラ行為を受けたことを挙げて、不法行為であると主張する。
 (1) まず、本件解雇処分との関係についてみると、確かに、上記認定説示したとおり、本件解雇処分は、それ自体無効であると認められる。しかしながら、原告らは、結果的であるとはいえ、被告と同業他社であるI理研に就職していること、原告らは、本件組合を通じた交渉経過の中で、同業他社への競業避止義務の免除を要求していたことからすると、被告が原告らに対し、I理研と相通じて集団退職及び集団転職を画策したと疑いを持ったとしてもやむを得ないという面もうかがわれる。そうすると、本件解雇処分は無効であるとはいうものの、さらに同処分が損害賠償請求権を発生させるだけの違法性を有していたとまで評価することはできない。したがって、この点に関する原告らの主張は理由がないというべきである。
 (2) また、原告らは、被告から種々の嫌がらせやパワハラを受けた旨主張する。
 確かに、原告Aについては、度重なる部署異動や役職剥奪、賃金減額等を挙げて、不法行為であると主張し、実際、原告Aについては、製造部内の部署異動が行われていること(原告A、弁論の全趣旨)、原告らは、比較的高額な賃金を得ており、通常自ら進んで退職を希望するということは考えにくことからすると、被告の原告らに対する対応等に問題があったとも考えられる。しかし、原告らの同主張は、H委員長との関係が悪化する前である要求書提出時点においても、団体交渉事項に挙げられていなかったこと、原告らは、本件訴訟において、当初同損害賠償請求をしていなかったこと、原告らは、それぞれ同主張に沿った供述をしている(原告ら)ものの、これらの点を裏付ける客観的な証拠は見出し難いことからすると、原告らの被告に対する嫌がらせやパワハラを理由とする損害賠償請求については理由がないといわざるを得ない。
 5 争点5(原告らによる債務不履行責任ないし不法行為責任の有無)について
 (1) 上記認定説示したとおり、原告らが被告に対して、被告が主張するような不法行為(集団退職及び同業他社への集団就職)を行ったとは認められず、その他に、原告らが誠実義務に違反する行為をしたことを認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。
 なお、J常務は、原告CがI理研の社長から被告をかきまわしてこいと言われた旨言っていたと証言等する(〈証拠・人証略〉)。しかし、仮に、この点が真実であるとすると、被告が競業・競争関係にあると認識していたI理研が被告に対して違法行為を行おうとしている重要な証拠であると考えられるから、何らかの形でこれを保存すべく客観的な資料(原告Cの念書や確認書等)を作成するのが通常であると考えられ、ましてや、被告とI理研との関係及び同関係に関する被告の認識(単なる競業会社ではなく、競争相手であるという認識)を踏まえると、原告Cの上記供述は被告にとって見逃しがたい内容であると考えられるところ、本件証拠によっても、原告Cの上記供述を認めるに足りる的確な証拠は見出し難い。そして、上記認定説示したとおり、原告らが、被告を混乱させるために集団転職等を画策したとは認められないことをも併せかんがみると、J常務の上記証言等は採用できない。
 (2) また、上記の点をおくとしても、被告が主張する損害のうち、賃金の二重払い、新人用制服の購入等代金、ロッカーの新設費用については、退職者を補うために新入社員を採用した場合や従業員の異動に伴って当然に発生する費用等であると認められるから、被告が主張する原告らの行為との間に相当因果関係があるとは解されない。また、新工場設立の延期に伴う損害の点についても、被告の新工場が原告らの退職を主たる理由として延期せざるを得なかったという点を認めるに足りる的確な証拠はなく、かえって、当時の経済状況の悪化等にかんがみれば、主たる要因は他にあったのではないかとも考えられ、いずれにしても、被告が主張する原告らの行為と同損害との間に相当因果関係があるとは解されない。〔中略〕
 7 争点8(被告の原告Cに対する不当利得返還請求権の有無)について
 上記認定したとおり、原告Cには懲戒解雇事由があるとは認められないこと、本件全証拠によるも、原告Cが被告との間で退職金及び残業代について本件就業規則に基づいて行う旨合意したことを認めるに足りる的確な証拠がないことからすると、本件就業規則13条に基づく被告の原告Cに対する退職金相当額の返還請求には理由がないといわざるを得ない。