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ID番号 : 08847
事件名 : 地位保全等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 : セネック事件
争点 : 一般乗合旅客自動車運送事業会社を解雇された労働者らが地位確認と給与の仮払を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 :  一般乗合旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社Yの管理営業部社員を解雇された労働者X1ら3名が地位確認と給与の仮払を求めた事案である。  東京地裁は、まず発端となった配転命令について、X1らが労組を結成し、執行役員に就任したことを認識した直後に発せられたものであること、内勤から外勤へ職務内容が変更され、しかも中型免許の取得が不可欠であること、勤務地は未定、給与額も配転先の業務内容によって上下する可能性のある不安定なものであって、専らX2、X3の2名を配転命令拒否(=懲戒解雇事由の発生)へと導く不当な意図の下に発せられたものであると推認されるから、この配転命令は配転命令権の濫用に当たり無効と判断し、それに基づくX3への懲戒解雇及びX2に対する主位的懲戒解雇は労契法16条にいう「客観的に合理的な理由」を欠き、無効とした。また、X1に対する普通解雇も、不当労働行為の疑いさえあるものであって、労契法16条に規定による「社会通念上相当であると認められない場合」に該当する解雇権の濫用であるとして無効とした。さらに、そもそも当該懲戒の当時に使用者が認識していなかった非違行為は、「特段の事情」のない限り、その存在をもって懲戒の有効性を根拠づけることはできないものと解するのが相当であるところ、本件非違行為には特段の事情は認められないとして、解雇をいずれも無効と判断し、雇用契約に基づく賃金の仮払を認めた。一方で、雇用契約上の地位を定める仮処分については、雇用契約の中核をなす賃金請求権の仮払いが認められた以上必要性に欠けるとして、却下した。
参照法条 : 労働契約法16条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒権の濫用 /懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /業務命令拒否・違反
配転・出向・転籍・派遣 /配転命令権の濫用 /配転命令権の濫用
裁判年月日 : 2011年2月21日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(ヨ)21209
裁判結果 : 一部認容、一部却下
出典 : 労働判例1030号72頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒権の濫用‐懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐業務命令拒否・違反〕
〔配転・出向・転籍・派遣‐配転命令権の濫用‐配転命令権の濫用〕
 2 本件丙川に対する懲戒解雇及び本件乙山に対する主位的懲戒解雇の有効性〔中略〕
 しかし上記1で認定した事実によると債務者は、平成22年7月2日、3日の説明会において、上記債権者ら2名(債権者乙山及び同丙川)及びFに対し、同人らを内勤スタッフ(ソリューション事業部(従前の管理営業部))に配属することを前提に新体制の趣旨説明を行っていたものであり、このような経緯等からみて、上記債権者ら2名の職務遂行能力等に問題があるからといって、その説明から1か月も経過しないうちに内勤スタッフ業務を任すことはできないものと断定し、本件各配転命令を発するまでの業務上の必要性があったかは疑問が残るところである。
 また本件各配転命令は、以上の経緯等に加え、債務者において本件の債権者ら及びFが本件労組を結成し、執行役員に就任したことを認識した直後に発せられたものであること、そして、その内容は、上記債権者ら2名の職務内容に大きな変化が認められるばかりか(内勤から外勤へ職務内容が変更され、しかも変更後の外勤勤務には中型免許の取得が不可欠であることなど)、勤務地は未定、給与額も配転先の業務内容によって上下する可能性のある不安定なものであって、本件労組まで結成し債務者に対抗しようとしている上記債権者ら2名が、とても受け入れられるような筋合いのものではないことなどを考慮すると本件各配転命令は、専ら上記債権者ら2名を配転命令拒否(=懲戒解雇事由の発生)へと導く、不当な意図の下に発せられたものであると推認される上、本件各配転命令によって上記債権者ら2名に生じる不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものであったといわざるを得ない。
 (3) 以上のとおりであるから本件各配転命令は、配転命令権の濫用に当たり無効であるといわざるを得ず、したがって、本件各配転命令違反を理由とする本件丙川に対する懲戒解雇及び本件乙山に対する主位的懲戒解雇は、労契法16条にいう「客観的に合理的な理由」を欠き、無効であることに帰着する。
 3 本件解雇事由〈1〉に基づく普通解雇(甲野)の有効性について〔中略〕
 これらの事情を併せ考慮すると、本件解雇事由〈1〉に基づく普通解雇(甲野)は、いかにも拙速というよりほかないものである上、不当労働行為の疑いさえある解雇であって、労契法16条にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」に該当する。
 よって、本件解雇事由〈1〉に基づく普通解雇(甲野)は、解雇権を濫用するものとして無効であることに帰着する。
 4 本件乙山に対する予備的懲戒解雇及び本件解雇事由〈2〉に基づく普通解雇(甲野)の有効性〔中略〕
 (2) 以上のとおりであるから、本件乙山に対する予備的懲戒解雇及び本件解雇事由〈2〉に基づく普通解雇(甲野)は、「客観的に合理的な理由」を欠き、いずれも解雇権の濫用として無効であることに帰着する。
 なお上記のとおりA前支店長が、審尋において、概ね「本件各研修会等がいずれも事故対応等により中止になったことから、債権者乙山や同甲野とともに、自らに課せられた研修会、講習会のノルマをこなすため、そのための費用として本件日当代等をプールしておくことにし、B主事の目をごまかすため同乙山らの発案によりCSスタッフからの領収書を偽造したが、後にそのようにしてプールしておいた本件日当代等は、債権者乙山らとの食事会代に充て費消してしまった」との趣旨の供述をしており(〈証拠略〉)、この供述によると債権者乙山と同甲野は、A前支店長が企てた本件日当代等のプールという、一種の債務者に対する職権濫用ないしは背信行為にかなりの程度関与していたことになる。
 しかし、まず一般論として、そもそも当該懲戒の当時に使用者が認識していなかった非違行為は、「特段の事情」のない限り、その存在をもって当該懲戒の有効性を根拠づけることはできないものと解するのが相当である(最高裁平成8年9月26日第1小法廷判決・労働判例708号31頁)。
 上記A前支店長の供述にある事実は、本件の審尋において初めて判明した事実であるから、本件乙山に対する予備的懲戒解雇の当時、使用者である債務者は、その事実を認識していなかったものと認められるところ、このA前支店長の供述にある非違事実と本件予備的懲戒事由に係る非違事実は、本件日当代等をめぐる非違行為としても、その性質、内容等を異にするものであって、同一性ないしは密接な関連性を有する事実であるとまではいい難く、本件においては上記「特段の事情」は認められないものというべきである。
 そうすると上記判例法理を前提とする限り、仮に上記A前支店長の供述に係る事実が認められるとしても、その事実の存在をもって本件乙山に対する予備的懲戒解雇の有効性を根拠づけることはできないものと考えられる(なお仮に上記「特段の事情」が認められるとしても、上記A支店長の上記一連の供述は、本件日当代等のプールという非違行為に対する債権者乙山及び同甲野の関与の態様・程度等については曖昧な点が多く、これをもって本件乙山に対する予備的懲戒解雇及び本件解雇事由〈2〉に基づく普通解雇(甲野)の有効性を根拠づけるに足るものであるということはできない。)。
 5 小括
 以上のとおり本件各解雇は、いずれも無効であるから、債権者らは、本件各雇用契約に基づき賃金(年俸)請求権(被保全権利)を有することになる。
 (2.争点(2)について)
 1 仮の地位を定める仮処分は、債権者に生じる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができるのであるから、賃金仮払いの仮処分についても、債権者(労働者)及びその家族の社会生活が窮迫し、回復し難い損害を受けるおそれがあるか否かという観点から他からの固定収入の有無、資産の有無、同居家族の収入の有無等を考慮の対象としつつ、仮払いを認めることによって使用者が被る経済的不利益を比較考慮して、その保全の必要性を判定すべきであると解される。
 なお雇用契約の中核をなす権利は賃金請求権であって、その一部について仮払いが認められた以上、これに加えて雇用契約上の地位の保全を認める必要性はないものというべきであるから、債権者らの申立てのうち前記第1、1に記載の申立ては、これを認める必要性に欠け、却下を免れない。