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ID番号 : 08856
事件名 : 退職金等請求事件(17312号)、損害賠償等請求事件(771号)
いわゆる事件名 : 国際興業大阪事件
争点 : 元タクシー運転手が退職金等を求める一方、会社からは交通事故の求償金を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 :  一般乗用旅客自動車(タクシー)等運送事業等を目的とする会社Yを退職した元タクシー運転手Xが、退職金、違法に減額された賃金、不当な退職強要行為によって精神的な損害を被ったとして損害賠償の支払等を求める一方、YがXに対し、Xが提出した誓約書の合意に基づいてXが起した交通事故に係る損害賠償請求権及びYが同事故の相手方への賠償金支払によって取得した求償金債権に基づいて、同求償金等の支払を求めた事案である。  大阪地裁は、Xの退職金支払請求権の有無について、Xには、交通違反及び交通事故の発生件数が多く、始末書の提出、減給処分、外部機関を通じての指導教育等を行ったにもかかわらず、その後も交通違反及び交通事故を発生させていることからすると懲戒解雇処分に相当する事由が存在するとも考えられるものの、懲戒解雇にした旨の意思表示をしたことを認めるに足りる的確な証拠はなく、また、人事賞罰委員会も開催されていないことなどからすると雇用契約の終了原因が懲戒解雇であるとは認め難いとして、自己都合を理由として退職したと認めるのが相当としつつ、減給処分には理由があるとしてXの請求を斥け、カード使用手数料の給与からの天引きのみ違法としてXの請求を認めた。一方、Xが起こした事故に係る損害を全額負担する旨誓約していることが認められるとしてYからの求償を認めた。
参照法条 : 労働契約法15条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /職務能力
懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /服務規律違反
賃金(民事) /退職金 /懲戒等の際の支給制限
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /労働者の損害賠償義務・求償金債務
裁判年月日 : 2011年1月28日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)17312/平成22(ワ)771
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(17312号)、認容(771号)
出典 : 労働判例1027号79頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐職務能力〕
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐服務規律違反〕
〔賃金(民事)‐退職金‐懲戒等の際の支給制限〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐労働者の損害賠償義務・求償金債務〕
 5 本件事故に係る被告の原告に対する損害金及び求償金支払請求権の有無及びその額(争点5)について
 (1) 上記前提事実並びに証拠(〈証拠・人証略〉、原告)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
 ア 原告は、平成21年7月5日午後4時55分ころ、大阪府吹田市〈以下略〉先路上において、被告車両が、A運転のA車両と接触する事故(本件事故)を発生させた(〈証拠略〉、弁論の全趣旨)。
 イ 原告は、本件事故当日、被告に対し、以下の内容の誓約書(本件誓約書)を提出した(〈証拠略〉)。
 「平成21年7月5日16時55分頃、大阪府吹田市〈以下略〉において、JR吹田駅東口の事故に対しての会社の損害金は私が全て責任をもって現金にて支払い致します。相手側の損害費用を全て私が責任をもって負担致します。」
 ウ 本件事故について、平成21年8月7日、被告とAとの間で、以下の内容で示談が成立した(〈証拠略〉)。
 (ア) 本件事故による被告の損害額を9万5639円と協定する。
 (イ) 本件事故によるAの損害額を19万9500円と協定する。
 (ウ) 本件事故の過失割合を被告側85パーセント、A側15パーセントと協定する。
 (エ) 被告は、被告がAに賠償すべき金額16万9575円(19万9500円×85パーセント)からAが被告に対して賠償すべき1万4346円(9万5639円×15パーセント)を差し引いた15万5229円をAに直接支払う。
 エ 被告は、本件事故によって、被告車両の修理費用として9万5639円を支払った。また、被告は、上記示談に基づいて、平成21年8月25日、Aに対し、15万5229円を支払った。〔中略〕
 (2) 原告は、本件誓約書について、原告が被告の社員として働く条件で書いたものであり、その後、原告は、平成21年7月15日をもって被告を退職しているのであるから、本件誓約書に係る本件合意に基づく被告の請求は理由がない旨主張する。
 確かに、上記(1)で認定した事実からすると、原告は、本件誓約書を提出した時点において、頻繁に交通違反及び交通事故を発生させ、被告に対し始末書を提出し、本件減給処分に付され、さらには、外部の機関による運転者適性診断を受けたにもかかわらず、再び交通事故を発生させたというものであって、原告としては、被告において就労を継続するために、本件事故によって発生した損害を全額原告自身が負担するという意思の下に本件誓約書を作成し、被告に提出したと認められる。もっとも、本件誓約書(〈証拠略〉)には、原告が被告に在職することを条件に損害に関する全責任を負う旨の文言はなく、かえって、本件事故によって被告が被った損害について原告が全責任をもって現金にて支払いをする旨明確に記載されていること、原告が発生させた交通事故に関する損害について全責任を負うという内容の本件誓約書を書くことと原告が被告において就労を継続することとは別問題であること、以上の点からすると、本件誓約書は、飽くまでも本件事故に関して発生した損害について原告が全責任を負う旨誓約したものであると認めるのが相当であって、原告が被告の社員として働くということが条件になっていたとは認められない。したがって、原告の上記主張は理由がない。
 (3) なお、損害の公平な分担という見地からすると、従業員であった原告が、業務遂行中の行為によって被告の被った全損害について賠償責任を負うと解するのは相当とはいえない場合もあると解されるところ、上記1(1)で認定したとおり、本件事故までの間に原告は頻繁に交通事故を発生させて被告に損害を被らせていると認められ、これまでに被告が被った損害の内容及び程度、本件請求は、被告が被った損害の一部であると認められること(別紙個人別台帳参照)、原告は、本件事故の損害について、被告に対し本件誓約書を提出していること等の事情を総合的に勘案すると、本件事故に係る損害の全部を原告に負担させることは損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる範囲内にあると解するのが相当である。