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ID番号 : 08911
事件名 : 遺族補償年金等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 川口労働基準監督署長事件
争点 : 喘息発作で死亡した洋菓子等製造販売会社係長の妻が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : パン、洋菓子等の製造販売を業とする会社の物流係長Aが、居住するマンションの通路で喘息発作によって心臓停止に至り死亡したのは業務に起因するとして、妻Xが遺族補償給付及び葬祭料不支給処分の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審東京地裁は、本件喘息死は会社における業務に起因するものと認められるから、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとした本件処分は違法であるとして妻の請求を認容した。国が控訴。第二審東京高裁は、Aが元来持っていた基礎疾患である喘息が、業務上の質、量ともに過重な負担により重症化し、本件喘息死の直前には、更なる業務の負荷が増加しており、このような中で本件喘息死に至ったという経緯に鑑みれば、業務上の過重な負担があったことにより、Aの喘息はその自然の経過を超えて増悪して本件喘息死に至ったと評価することができるのに対し、これを否定するような確たる因子は認め難いのであるから、業務に内在する危険が現実化したものとして、業務と本件喘息死との間に相当因果関係の存在を肯定することができるとして、遺族補償給付及び葬祭費の支給を命じた原判決は相当として、控訴を棄却した。
参照法条 : 労災保険法16条
労災保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険 /業務上・外認定 /脳・心疾患等
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /遺族補償(給付)
労災補償・労災保険 /補償内容・保険給付 /葬祭料
裁判年月日 : 2012年1月31日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成22(行コ)124
裁判結果 : 控訴棄却
出典 : 労働経済判例速報2137号3頁
審級関係 : 一審/08795//東京地平成22.3.15/平成18年(行ウ)第183号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険‐業務上・外認定‐脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険‐補償内容・保険給付‐葬祭料〕
 前記認定事実等によれば、Aの喘息が悪化し始めたのは、夜勤交代制業務という恒常的に過重な業務を開始してから約1年が経過した平成6年ころからであり、平成7年8月以降、Aの喘息は、中等症持続型又は重症持続型といってよい状態になり、頻回の通院治療にかかわらず、喘息発作のコントロールが年々悪化し、平成10年以降は発作がさらに悪化していったところ、この間、Aは、上記のとおりの過重な業務に恒常的に継続して従事し、しかも、同年9月からは、東京事業所への異動及びこれに伴う単身赴任生活、さらには平成11年7月からは物流課管理係長(平成13年からは組織変更により業務課物流係長)として責任ある立場になったことなど、次第に精神的なストレスを加重させる要素も加わっていたことが認められる。そして、Aは、平成13年2月には、入院加療に抵抗し、仕事を休めないことを理由に4日で退院したという状況にもあったというのであり、治療の必要性が増加していったにもかかわらず、業務の性質や夜勤交代制のシフトの制約上、計画的な通院が困難であったこともあり、業務内容や労働時間数、仕事上の責任等の負荷の過重に応じて、Aの喘息の症状が重症化していったということができる。
 以上のような事実関係等によれば、Aの過重な業務と喘息の増悪の経過には、相当の相関関係が認められるというべきであり、慢性的に過重な業務に継続して就いていたことによる過労・ストレスの蓄積により、それまで発作がなかった状態であった喘息が悪化に向かい、中等症持続型又は重症持続型といってよい状態になり、重症化していったということができる。
 そして、前記認定事実によれば、Aは、本件喘息死前6か月に、時間外労働時間が1か月79時間32分~95時間52分、月平均87時間58分という長時間にわたる労働に従事し、しかも、このような長時間労働は、それ以前も同様であったことに加え、本件喘息死前1週間には、大きなトラブルが3、4日連続して発生したために、社員全員の長時間勤務が続いたことから、本件喘息死直前の1週間の総労働時間は76時間51分(時間外労働時間36時間51分)を超える相当長時間に及び、午前0時以降まで勤務したこともあったのであるから、係長として上記トラブルの処理に責任を持たなければならない立場にあったAの業務上の負荷は、肉体的にはもとより、多大な精神的緊張を強いられるものであったというべきである。そうすると、このような過重な業務が、Aの喘息の増悪に大きな影響を及ぼし、本件喘息死にまで至ったということができる。
 以上によれば、Aの上記業務は、基礎疾患である喘息が自然の経過を超えて増悪し本件喘息死に至ったものと評価し得る程度の負荷を伴うものであったと認めることができる。〔中略〕
 (5) 以上のとおり、アレルゲン、軽度の肥満、喫煙習慣等が、Aの喘息の症状に影響も与えた可能性や、ステロイド吸入薬の不足や短時間作用性β2刺激吸入薬等の過剰な使用が、間接的にせよAの喘息を増悪させた可能性があることは否定することができないし、本件喘息死の4、5日前の気道感染がAの本件喘息死の誘因となった可能性もまた否定することはできないが、これらについては、いずれも、可能性があるというにとどまるものであるし、Aの業務による過重な負荷がAの喘息を増悪させて本件喘息死に至ったとの判断を妨げる事情となるものでもない。
 そうすると、上記判断のとおり、Aが元来持っていた基礎疾患である喘息が、業務上の質、量ともに過重な負担により重症化し、本件喘息死の直前には、更なる業務の負荷が増加しており、このような中でAは本件喘息死に至ったという経緯に鑑みれば、業務上の過重な負担があったことにより、Aの喘息はその自然の経過を超えて増悪して本件喘息死に至ったと評価することができるのに対し、これを否定するような確たる因子は認め難いのであるから、業務に内在する危険が現実化したものとして、Aの業務と本件喘息死との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
 第4 結論
 以上によれば、Aの喘息の増悪及び本件喘息死については、業務起因性を認めることができるから、被控訴人の処分行政庁に対する労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭費の支給の請求に対し、これを支給しないこととした川口労働基準監督署長の本件処分は違法であることになる。
 したがって、被控訴人の本件請求は理由があるから、これを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。