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ID番号 : 08923
事件名 : 減給処分無効確認等請求事件
いわゆる事件名 : 東海旅客鉄道事件
争点 : 鉄道会社の新幹線運転士・労働組合分会の書記長が、酒臭を理由に受けた処分を争った事案(労働者勝訴)
事案概要 : 鉄道会社Yの新幹線運転業務に従事し、労働組合分会の書記長を務めるXが、助役から酒臭を指摘された上、アルコール検査の結果乗務不可とされ、減給処分を受けたことにつき、(1)数値は乗務不可とされる基準値を下回っており懲戒事由に当たらず、(2)組合嫌悪の意図の下、Xに弁明の機会を与えることなく過重な減給処分をしたことは懲戒権の濫用に当たるとして、処分の無効確認、未払賃金、不法行為による慰謝料を求めた事案である。 東京地裁は、まず懲戒事由の有無について、少なくとも管理者3名がXの酒臭を知覚し、アルコールの存在を示す数値が検知されたのであるから、Xが酒気帯び状態にあると認定したことは相当で、懲戒事由を認めることができるし乗務不可の判断をしたことも合理的であるとしたが、懲戒権濫用の成否については、数値は乗務不可とされる基準値を下回っていたこと、悪質とまではいえずその結果も重大なものではなかったこと、飲酒を認め、事情聴取・アルコール検査に応じ反省文を提出していること、過去に同種の処分歴がなかったことから、その処分量定は重きに失し、社会通念上相当性を欠き、懲戒権を濫用しており無効とした。しかし不法行為については、減給処分の無効が判決という形で確定され不利益は回避され、名誉も回復されるから、別個に慰謝料を命ずる必要はないとして請求を斥けた(なお、平成25年8月7日東京高裁判決・平成25年(ネ)961号)でX敗訴)。
参照法条 : 労働基準法9章
労働契約法15条
民法709条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇 /懲戒事由 /勤務中の飲酒行為
懲戒・懲戒解雇 /懲戒権の濫用 /懲戒権の濫用
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
裁判年月日 : 2013年1月23日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成23(ワ)19614
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1069号5頁/労働経済判例速報2184号14頁
審級関係 : 控訴審/東京高平成25.8.7/平成25年(ネ)第961号
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒事由‐勤務中の飲酒行為〕
 1 争点1-懲戒事由の有無について〔中略〕
 ア 前提事実及び上記1(1)の認定事実を総合すれば、少なくとも被告の管理者であるE助役、F科長、I科長ら3名が、原告の酒臭ないし酒臭らしきものを知覚し、原告が勤務中に酒気帯び状態であるとの疑いを抱いたため、本件アルコール検査を実施したところ、呼気中に微量のアルコールが含まれることを示す本件数値が検出されたことを認めることができる。
 また、前提事実記載のとおり、原告自身も前日に飲酒したことを認めるとともに、時系列等報告書(〈証拠略〉)に本件数値を記載し、「私の対策」と題する書面(〈証拠略〉)を作成して、前日の酒量・飲酒時間が不適切であったことが原因であり、その対策として前日の酒量を減らし、飲酒と勤務との間隔を更に空けることを実行する旨を記載しているのであって、このことも、原告が2月3日の点呼の際、酒気帯び状態であったことを裏付ける事情ということができる。
 そして、被告の就業規則は、当然のことながら、乗務員の酒気帯び状態での勤務を禁じ、酒気帯び状態で勤務した乗務員を懲戒処分の対象とする旨を規定しているところ、被告においては、酒気帯び状態の認定及び乗務不可の判断について、アルコール検知器による測定値を判断要素の1つとして、管理者が総合的に判断するものとされ、本件アルコール検査の実施当時、0.10mg/l以上の測定値が検出された場合には一律に乗務不可としていたものの、乗務員が酒気帯び状態に該当するか否かを判断する際には、当該測定値が絶対視されるものではないものとして運用されていた。
 そうすると、たとえ、原告の顔色等の外観やろれつ等の言動に問題がなかったとしても、少なくとも管理者3名が原告の酒臭を知覚し、本件アルコール検査の結果、原告の呼気中アルコールの存在を示す本件数値が検知された上、原告自身、前夜の飲酒を自認していた本件状況の下においては、被告において、原告が酒気帯び状態にあると認定したことは相当であり、原告には、「酒気を帯びて業務に就いた」という懲戒事由を認めることができる(被告就業規則18条、140条1号)。また、原告が酒気帯び状態にあるとの認定に基づき、乗務不可の判断をしたことも合理的であるということができる。
〔懲戒・懲戒解雇‐懲戒権の濫用‐懲戒権の濫用〕
 2 争点2-懲戒権濫用の成否について
 以上のように、被告が、微量とはいえ酒気を帯びて新幹線の運転業務に就こうとした原告に対して乗務不可としたことは合理的であるというべきであり、懲戒事由が存すると認めることもできるが、そのような原告に対し、実際に懲戒権を行使するかどうか、懲戒権を行使するとしてもいかなる懲戒処分を行うかという処分量定の問題は、乗務不可とすることとは別の問題であるから、以下、処分量定の相当性を中心に懲戒権濫用の成否について検討する。〔中略〕
 以上のとおり判示してきたところを踏まえて本件の事情を評価すると、原告は、新幹線の運転士及び車掌業務に従事していたが、本件数値は乗務不可とされる基準値を下回っていたこと、前日は必ずしも過度の飲酒に及んでいたわけではないようであり、当日も乗務に就く前に管理者から酒気帯び状態を指摘され、実際に乗務に就くことはなかったため、違反行為の態様は悪質とまではいえず、その結果も重大なものではなかったこと、当初こそ飲酒の事実を否定していたものの、まもなくこれを自認するに至り、その後は管理者の指示に従って事情聴取に応じ、本件アルコール検査を受けた上、「私の対策」と題する反省文を提出しており、一応は反省の態度が認められること、原告につき、過去に同種の処分歴があったとは認められないことを指摘することができる。
 そうすると、本件減給処分については、原告が新幹線乗務員という旅客の安全を最優先とすべき職務上の義務を負う立場にあることを最大限考慮したとしても、違反行為の態様、生じた結果の程度、一般情状及び前歴等、更には、被告の過去の処分例、JR他社の取扱いと比較して、その処分量定は重きに失しており、社会通念上相当性を欠き、懲戒権を濫用したものというべきであるから、無効であるといわざるを得ない。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 (2) 続いて、原告は、被告に対し、本件減給処分及びその前後の被告の一連の行為が違法であり不法行為を構成すると主張して、慰謝料150万円の支払を求めている。
 しかしながら、本件減給処分が重きに失するとはいえ、新幹線乗務員という立場にある原告が、微量ではあるが酒気を帯びて業務に就いたことは事実であって、懲戒事由に該当する行為が存在したことは明らかである上、本件減給処分の無効が、判決という形で公権的に確定されることで、原告の昇格や昇進、退職金、再雇用に係る不利益は回避され、ひいては原告の名誉も回復されることになるのであるから、被告が重きに失する本件減給処分を行ったことに対して、別個に慰謝料の支払いを命ずるまでの必要はないと解するのが相当である。そして、実際に、原告の勤務中の酒気帯び状態という問題事例が存在していたのであるから、被告が事業場において本件掲示物を掲示し、本件ビデオを上映して再発防止を図ること(いずれにおいても、原告の非違行為が具体的に指摘されていたわけではない。)は、何ら違法とはいえないのであり、被告の一連の行為が不法行為を構成するものということはできない。
 また、原告に対する酒気帯び認定、乗務不可とした扱いや本件減給処分が、組合活動に対する嫌悪という不当な動機に基づいてされたことを認めるに足りる的確な証拠もない。
 したがって、原告の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。