全 情 報

ID番号 : 08941
事件名 : 地位確認等請求事件(18893号)、建物明渡等請求事件(27163号)
いわゆる事件名 : ヒタチ事件
争点 : 貨物自動車運送会社からの配転を拒否して諭旨解雇された運転手が解雇無効を争った事案(労働者敗訴)
事案概要 : 貨物自動車運送会社Yに入社後甲府営業所に配属され、半年後に静岡営業所に異動したXが、その約5年後に大宮営業所への配転を命じられ、これを拒否したところ解雇予告後に諭旨解雇されたことについて、解雇が無効であるとして労働契約上の地位の確認とバックペイの支払を求め、また、安心して主治医のもとで療養を受ける環境を破壊され、また源泉徴収票を受領することができなかったとして慰謝料等の支払を求め、Yからは社宅の明渡しと解雇日以後の賃料相当額の不当利得返還を請求された事案である。 東京地裁は、当該労働契約に勤務地限定の合意があったとは認められず、静岡営業所におけるXの業務が消滅し、その他Xに適正が認められる業務を確保することができず、大宮営業所への配転はXの雇用を確保するためには已むを得ない高度の必要性があったといえるとした上で、Yは、Xの配転命令違反を受け、Xの過去の勤務態度等を併せて考慮した結果、Yにおける勤務継続はもはや不可能と判断し、Y就業規則懲戒事由に該当するとしてXを諭旨解雇したものであり、客観的に合理的な理由があるといえ、解雇という選択肢をとったことについても社会通念上相当な措置であり本件解雇は有効であるとした。また、慰謝料等の請求については、Xの主張する不法行為と損害との間には相当因果関係がないというべきであり、Yに不法行為に基づく損害賠償義務が発生するとは認めがたいとして、Xの請求をすべて棄却するとともに、Yの反訴請求を認容した。
参照法条 : 労働基準法9章
労働契約法16条
民法703条
体系項目 : 解雇(民事) /解雇事由 /業務命令違反
配転・出向・転籍・派遣 /配転命令権の濫用 /配転命令権の濫用
労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /労動者の損害賠償義務・求償金債務
解雇(民事) /解雇手続 /解雇理由の明示
裁判年月日 : 2013年3月6日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成24(ワ)18893/平成24(ワ)27163
裁判結果 : 棄却(27163号)、一部認容、一部棄却(18893号)
出典 : 労働経済判例速報2186号11頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔配転・出向・転籍・派遣‐配転命令権の濫用‐配転命令権の濫用〕
 (2) 本件配転命令の有効性
 ア 本件解雇は、本件配転命令を拒否したことが理由となっているところ、前提となる本件配転命令の有効性について争われているので、この点についてまずは判断する。
 被告の就業規則によれば、業務上の都合により、職場もしくは職務の変更、転勤があることが明記されており(書証略)、被告が配転命令権を有していることは明らかである。
 また、上記(1)ア、イのとおり、原告が甲府営業所、静岡営業所において幾度となく顧客との間や被告の従業員との間において、無用な摩擦を生じさせており、その度に、被告が原告の雇用を確保するために、指導教育を行う、配転により原告の適性に合わせた職務を提供する、原告と他の従業員と直接ではなく上司をして対応させるなど適切な方法をとってきたものといえる。しかしながら、上記(1)ウのとおり、静岡営業所において、原告の担当していたタコチャート集計業務が消滅し、その他、原告に適性が認められる業務を静岡営業所では確保することができず、原告の雇用を確保するためには、大宮営業所に配転する必要があったといえる。かかる点からすると、本件配転命令について業務上の必要性は原告の雇用を確保するためには已むを得ない高度の必要性があったといえる。
 これに対し、原告は、単身者であり、一般的にいって転勤に伴う社会生活上の不利益は認めがたいところである。
 ところで、原告は、うつ病で医療機関に継続的に通院していることが認められる(書証略)。確かに、うつ病患者が信頼関係を醸成している精神科に継続的に通院する必要性はそれなりに尊重されるべきといえる。また、生活状況が変わることによって、うつ病を患っている原告に社会生活上の支障が生じうる可能性も認められる。しかしながら、本件配転命令は、大宮営業所への配転(さいたま県大宮市所在)であり、他の医療機関への転院は避けられないとしても、医療機関への通院自体が困難な地域とは言い難い(書証略)。また、本件において、原告の雇用を確保するためには本件配転命令は避けることができないところ、かかる業務上の必要性に比べれば、原告に生じる社会生活上の不利益は、受認すべき限度内にあるといえる。〔中略〕
 ウ まとめ
 以上からすると、本件労働契約について勤務地限定の合意があったとは認められず、本件配転命令には原告に生じる不利益を上回る業務上の必要性が認められるところであり、本件配転命令は有効である。
〔解雇(民事)‐解雇手続‐解雇理由の明示〕
〔解雇(民事)‐解雇事由‐業務命令違反〕
 (3) 本件解雇の有効性
 ア 原告は、上記(1)ア、イのとおり、過去に種々のトラブルを発生させていることが認められる。原告の多くのトラブルに共通してみられる点は、原告が自己の言動の正当性に過剰なまでに拘泥し、相手方が非を認め原告に謝罪しているような場合であっても殊更にその責任や原因を追求するなどして感情的な対立を激化させ、本来深刻化しないようなトラブル、摩擦であったとしても、時に社外関係者をも巻き込んだトラブルに発展させるといった点である。
 原告の起こしてきたトラブル、摩擦に対して、被告は、原告に対する教育指導を行ったり、業務内容を変更したり、原告への対応方法を配慮するなど、様々な措置をとり、また配慮を行って、原告の就労の機会を確保してきたといえる。
 また、被告は、原告に対し、直ちに懲戒解雇や諭旨解雇を行うのではなく、教育指導や譴責などの処分を行い、原告に対し、反省改善を促しているところでもあるが、原告の問題の根本的な解決には至っていない。
 イ そして、上記(2)のとおり、本件配転命令は、原告の就労の機会を確保するために高度の必要性が認められ有効なものであるが、原告は、不当にこれを拒否し、本件配転命令に従わなかったものである。
 以上からすると、被告は、原告の配転命令違反を受け、原告の過去の勤務態度等を併せて考慮した結果、被告における勤務継続は、もはや不可能と判断し、被告就業規則第87条第3号の懲戒事由に該当するとして原告を諭旨解雇としたものであり、本件解雇は、客観的に合理的な理由があるといえ、解雇という選択肢をとったことについても社会通念上相当な措置であるといえる。
 また、本件解雇は、懲戒処分として行われているようであるが、本件配転命令を巡っては、労働組合を通じた交渉や、原告自身とも話し合いがもたれるなどしており(書証略)、手続上も不備であったとか、相当性を欠くものであったとはいえない。
 ウ なお、原告は、本件解雇が懲戒処分としてなされているところ、その根拠となる就業規則が被告が一方的に定めたものであって無効である等とも主張しているが、その主張は具体性を欠いているし、本件において、被告の定めた就業規則(書証略)が無効であると認めるに足りる証拠はない。
 エ 以上からすると、本件解雇は有効である。
〔配転・出向・転籍・派遣‐配転命令権の濫用‐配転命令権の濫用〕
 (1) 大宮営業所への配転打診以降の被告の対応について
 原告は、大宮営業所への配転打診から始まる被告の一方的な振る舞いは、重い持病で苦しむ原告が安心して主治医のもとで療養を受ける環境を破壊するものであると主張している。
 しかしながら、上記1のとおり、本件配転命令、本件解雇はいずれも有効なものである。そして、大宮営業所への配転の打診以降の被告の対応について不法行為に該当するような行為があったと認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 したがって、原告が主張する源泉徴収票を巡る被告の対応について、被告に不法行為に基づく損害賠償義務が発生するとは認めがたい。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐労動者の損害賠償義務・求償金債務〕
 (1) 本件建物の契約関係について
 ア 本件建物は、被告が、平成17年4月3日、Hから賃料月額5万5000円(翌月分を毎月末日までに銀行振込で支払い)の約定で賃借している(書証略)。なお、本件建物の賃貸借契約では、本件建物には同居人(原告のこと)1名が居住することとされ(書証略)、原告が居住している。
 原告が作成した時系列表には、平成17年4月に富士宮市宮原に被告が社宅としてアパートを借り、原告の自宅として転居した旨の記載がある(書証略)。
 以上からすると、本件建物は、被告がHから賃借し、これをさらに社宅すなわち本件労働契約の継続を前提として原告に転貸したものとみるのが相当である。〔中略〕
 (2) 小括
 被告は、平成23年5月31日、同年6月分の本件建物の賃料(5万5000円)を支払っており、以降も同額の賃料を支払い続けている(書証略、弁論の全趣旨)。
 原告は、平成23年5月31日付けで解雇されているが、それ以降も本件建物に居住し続けている(書証略、弁論の全趣旨)。
 上記1のとおり、本件解雇は有効である。そして、上記(1)アのとおり本件建物は、社宅すなわち本件労働契約の存続を前提として、被告が原告に転貸して居住させていたものであるところ、本件解雇によって転貸借契約の前提となる本件労働契約は終了し、原告は本件建物に住み続ける法的根拠を失った。したがって、原告は、被告に対し、本件建物を明け渡さなければならない。
 以上からすると、原告は、本件建物の転貸借契約の終了に基づいて、本件建物を被告に明け渡さなければならず、また、本件解雇がなされた日の翌日である平成23年6月1日以降、本件建物の明渡しまで、本件建物の賃料月額5万5000円を不当利得に基づいて被告に返還しなければならない。