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ID番号 : 08952
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : オリエンタルモーター(第二次賃金差別)事件
争点 : 小型モーター製造販売会社の労組組合員らが差別的取扱いを理由に差額賃金等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 精密小型モーターを製造・販売する会社Yの労組組合員Xらが、仕事上及び賃金上の差別的取扱いを一部認めた東京高裁判決を受けた後も引き続き差別的取扱いが存在するとして、労働契約に基づく賃金請求権として差額賃金分の支払、予備的に、付随する均等待遇義務違反及び不法行為に基づく損害賠償をそれぞれ求めた事案である。 東京地裁は、Yは長期にわたりXらに単純作業や雑用を命じ続け、孤立させる等の行為を行ってきたと認められ、この点Yに裁量権があるにしても、Xらに命じた仕事は業務上の合理的な必要性があるとは到底いい難く、職歴や経験年数に照らして明らかに不合理で、差別的動機による指示であったというべきとした。その上で、Yには地労委等での救済命令や地方裁判所等での判決、更には第一次賃金差別事件東京高裁判決確定と複数回にわたり判断が示されたにもかかわらず、その後も処遇等の再検討や仕事差別の改善等が見られないという裁判所の判断を軽視しているといわざるを得ない客観的状況からすれば、その違法性は強く、不法行為に当たるとした。また、「職場における仕事差別は賃金差別に集約される」というYの主張も、人事権の裁量の範囲を超えて仕事上の差別的取扱いを行った場合には、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料も観念し得るとし、また労働組合固有の名誉、信用毀損についても認定し、組合固有の慰謝料の支払を命じた(差額賃金、債務不履行については棄却)。
参照法条 : 労働基準法3条
労働基準法115条
民法145条
民法709条
民法710条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
労基法の基本原則(民事) /均等待遇 /男女別コ-ス制・配置・昇格等差別
賃金(民事) /賃金の支払い原則 /賃金請求権と時効
裁判年月日 : 2013年4月15日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21(ワ)11275
裁判結果 : 一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1077号35頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)‐賃金の支払い原則‐賃金請求権と時効〕
 第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(労働契約に基づく差額賃金請求権の有無(主位的請求))について
 (1) 消滅時効についての判断
 ア 消滅時効が完成していること
 本件差額賃金請求権のうち、本件訴え提起時である平成21年4月7日の時点で、既にその支払日から2年を経過しているものについては、消滅時効が完成している(労基法115条)。
 イ 原告らの主張について
 (ア) 消滅時効の援用が援用権の濫用ないし信義則違反に当たるとの主張について〔中略〕
 したがって、被告による消滅時効の援用が援用権の濫用ないし信義則違反に当たるということはできない。
 (イ) 消滅時効中断の主張について
 原告らは、また、第一次賃金差別事件の中で、平成3年4月から平成12年4月までの差額賃金についても実質的に権利行使していた旨の主張をするが、第一次賃金差別事件のうち裁判所において原告らが求めていた差額賃金の期間は昭和62年度から平成2年度までの期間に限定されていることは明らかであり(〈証拠略〉)、これが一部請求である旨の明示があったともうかがわれず、そうである以上、かかる裁判手続によって、平成3年4月以降の差額賃金についても権利行使があるとの主張は、根拠がなく、飛躍した主張といわざるを得ず、他に、消滅時効の中断事由に該当するような事情はうかがわれない。〔中略〕
 (ウ) 時効の起算点の主張について
 原告らは、平成2年4月から平成12年3月までの差額賃金の時効の起算点について、第一次賃金差別事件東京高裁判決が確定した日の翌日であると主張し、かかる主張の根拠として、〈1〉第一次賃金差別事件で原告組合員らが地労委、中労委、裁判所の手続に出頭するために欠勤したことを低査定の根拠としていることや、〈2〉第一次賃金差別事件では地労委に対する救済申立てから最高裁の上告不許可決定までの間、約20年かかったことからすれば、毎年の訴訟提起をすれば、原告組合員らは同時に20件もの紛争を抱え込まざるを得なかったことになること等を指摘し、それぞれの賃金支払日をかかる差額賃金請求権の時効の起算点とすべきではないことを主張する。
 しかしながら、賃金債権については、賃金支払日から消滅時効が進行すると解するべきであり、原告らの上記〈1〉〈2〉の主張は、いずれも、法律上の障害をいうものではなく、消滅時効の進行を妨げるものではない。
〔労基法の基本原則(民事)‐均等待遇‐男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
 ア 原告らの差額賃金請求について
 原告らは、第一次賃金差別事件東京高裁判決によって昭和61年度から平成2年度までの各年度の人事評価、査定について差別的取扱いが認められたことを指摘し、東京高裁判決で認められた差別的取扱いについての判断は、平成3年度以降も妥当し、特段の事情がない限り、一貫して差別的取扱いが継続していると考えるべきであると主張する。
 しかしながら、原告らの上記主張は採用することができない。理由は以下のとおりである。〔中略〕
 ウ しかしながら、本件において、原告らは、新々賃金制度下における上記各事項について、原告らの把握し得る限りにおいて具体的根拠を挙げて主張立証しない。〔中略〕
 エ したがって、上記東京高裁判決によっても、平成2年度までの判断が、直ちに平成3年度以降の人事評価、査定の差別的取扱いの意図を当然に推認させるものではない。そして、新々賃金制度における賃金差額や人事評価については、第一次賃金差別事件で対象となった期間とは全く異なるものというべきであり、原告は、本件において、改めて仕事上の差別的取扱い等に加え、原告組合員らが低査定を受けていること、非組合員と能力、勤務実績において同等であること、差額賃金額等を、原告らが把握し得る限りにおいて具体的根拠を挙げて主張立証する必要があるものの、それをしていないといわざるを得ない。
 以上のとおりであり、原告らの差額賃金請求は、その余について判断するまでもなく、理由がないこととなる。
 (3) 原告B、同Eにかかる請求について
 原告らは、原告B、同Eについても、差額賃金を請求するが、上記(2)で述べたとおり、差額賃金が存在すること及び組合員以外の者と能力、勤務実績において劣らないことを主張立証する必要があるのにこれがなされていない以上、理由がない。また、そもそも、両者については、第一次賃金請求事件で差額賃金請求を認められていないから、なおさらのこと、理由がないこととなる。
 (4) 結論
 以上からすれば、原告らの労働契約に基づく差額賃金請求は、その余について判断するまでもなく(また、原告Eについては、争点(4)について判断するまでもなく)、いずれも理由がないこととなる。
〔労基法の基本原則(民事)‐均等待遇‐男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 2 争点(2)(労働契約に付随する債務不履行に基づく損害賠償請求権の有無(予備的請求))について〔中略〕
 (2) しかしながら、雇用契約の具体的内容は、法令、労働協約、就業規則等により一定の制限を受けることがあるほかは使用者と労働者との合意により定まるものであり、使用者が一般的に労働者に対して、他の労働者との均衡に配慮して具体的な労働条件を付与すべき雇用契約上の義務を負っているとは解しがたい。
 労基法3条は、使用者が労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱いをしてはならないと定めているが、同法13条が同法で定める基準に達しない労働条件を定める雇用契約は、その部分については無効とし、無効となった部分は同法の定める基準によるとしていることと対比しても、同法3条が、これに違反する使用者の行為を無効とすることがあり得ることは格別、直ちに違反状態に代わって特定の均衡状態を回復するための具体的な労働条件を付与すべき契約上の義務を使用者に生じさせるものとまでは考えられない。〔中略〕
 3 争点(3)(不法行為に基づく損害賠償請求権の有無(予備的請求))について
 (1) 消滅時効についての判断
 原告らの不法行為に基づく損害賠償請求権は、差額賃金の未払を中核とするものであるところ、原告らの本件提訴時に、既に賃金支払日から3年を経過した請求権については、消滅時効が完成している。
 原告らの、被告による消滅時効の援用が援用権の濫用ないし信義則違反であるとの主張については、争点(1)で述べたとおり、理由がない。
 (2) 本件提訴時に、3年を経過していない部分について、以下検討する。
 ア 差額賃金相当額について
 争点(1)で述べたとおり、本件提訴時に2年を経過していない部分の差額賃金を認めるに足りず、同様に、本件の不法行為による差額賃金相当額の損害の発生も認めることはできないものといわざるを得ない。
 イ 仕事差別による慰謝料請求について
 原告らは、差額賃金相当額のみならず、仕事差別による慰謝料も請求しているので、次の(3)でこの点について検討する。〔中略〕
 上記認定のとおり、被告は、昭和58年から一貫して、原告組合員らに対し、仕事の上で、単純作業や雑用を命じ続けたり、原告組合員らを孤立させる等しており、この状況は、原告組合員らが退職するまでの間変わることはなかったと認められる。
 この点、被告には、従業員にどのような仕事をさせるかについて、裁量があるのであるが、上記(3)認定の事実関係に照らせば、原告組合員らに命じた仕事内容が、業務上の合理的な必要性からのものとは到底いい難く、原告組合員らの職歴や経験年数に照らして明らかに不合理で、差別的動機による指示であったというべきである。
 そして、前記前提事実のとおり、第一次不当労働行為救済申立事件からはじまり、被告については、組合活動に対する賃金カットについての団体交渉に応じることや、組合員に対する仕事上の差別的取扱いの禁止等について、地労委、中労委での救済命令や、地方裁判所等での判決、更には第一次賃金差別事件東京高裁判決確定という形で複数回にわたり判断が示され、被告としては、何度も規範に直面し、自ら改善する機会が与えられていたにもかかわらず、平成18年7月13日に上記東京高裁判決が確定した後も、原告らに対する処遇等について再検討をし、仕事差別を改善するなどしたことはうかがわれず、裁判所の判断を軽視しているといわざるを得ない客観的状況からすれば、その違法性は強いものといわなければならない。
 そうすると、本件提訴時から3年を経過していない原告組合員らに対する仕事上の差別的取扱いについてみても、不法行為に当たるものというべきである。
 そして、かかる仕事上の差別的取扱いによる原告らの精神的苦痛を慰謝するには、原告組合については50万円、原告組合員ら各人については、各人の退職時期、退職時の状況等の諸事情を考慮し、原告Iは10万円、原告F及び同Bはそれぞれ15万円、原告D及び同Cはそれぞれ20万円、原告H及び同Eはそれぞれ25万円、原告Gは30万円を認めることが相当である。
 (5) 被告の主張について
 ア 被告は、労働者である原告組合員らに就労請求権がなく、「同学歴同期入社の者と同じ仕事をさせてもらうよう請求する権利」などなく、また仕事差別はその仕事の対価である賃金差別に集約されるのであり、賃金差別を離れて仕事差別を観念することはできない以上、仕事差別による不法行為は成り立たないと主張する。
 しかしながら、就労請求権という法的権利の存否と仕事上の差別の有無という事実の存否との間には、直接の関連性はないというべきである。そして、職場における仕事差別が、賃金差別に集約されるという主張についても、使用者が、その人事権の裁量の範囲を超えて仕事上の差別的取扱いを行った場合には、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料も観念し得るものというべきである。
 イ 被告は、また、原告組合は自然人ではないから、精神的損害を観念する余地はなく、慰謝料請求は成り立たないとも主張するが、上記事実に鑑みれば、原告組合固有の名誉、信用毀損による無形の損害が発生したものというべきであり、原告組合固有の慰謝料を認めることが相当である。