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ID番号 : 08955
事件名 : 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 新和産業事件
争点 : 医化学工業製品商社営業職が配転・降格の無効による差額賃金の支払と損害賠償を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 医薬品、化学工業製品等専門商社Yの営業職Xが、営業部から倉庫への配転と課長職からの降格を命じられ賃金が減額されたことに対し、(1)配転命令の無効と配転先での就労義務不存在の確認、(2)賃金の減額の無効による差額賃金の支払、(3)差額賞与の支払、(4)不法行為による損害賠償を求めた事案の控訴審判決である。 第一審の大阪地裁は、(1)(2)(4)を認容したが、(3)賞与の額は認定不能として棄却した。双方控訴。 第二審の大阪高裁は、まず、配転命令当時Xは営業担当総合職としての適性を欠いていなかったとし、業務上の必要性の有無では、YはXが退職勧奨を拒否したことへの報復として退職に追い込むため、又は合理性に乏しい大幅な賃金減額の正当化のために配転命令をしており、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものであったとした。また、配転命令に伴い賃金を2分の1以下へと大幅に減額することも社会通念上、甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであり、本件配転命令は権利の濫用により無効というべきであるとして原審を支持した。さらに、本件降格命令は、Yの人事上の裁量権の範囲を逸脱しており無効であるとして未払給与等の支払を命じ(賞与請求権については棄却)、配転命令は、人格権を侵害し民法709条の不法行為に当たるとし、賞与の査定においても、正当な考課査定により賞与を受ける利益を侵害したと不法行為を認定した。
参照法条 : 労働契約法7条
労働基準法24条
労働基準法9章
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事) /労働契約上の権利義務 /使用者に対する労災以外の損害賠償請求
配転・出向・転籍・派遣 /配転命令権の濫用 /配転命令権の濫用
賃金(民事) /賞与・ボーナス・一時金 /賞与請求権
裁判年月日 : 2013年4月25日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成25(ネ)112
裁判結果 : 原判決一部変更、一部認容、一部棄却
出典 : 労働判例1076号19頁
審級関係 : 第一審/大阪地平成24.11.29/平成23年(ワ)第11808号
評釈論文 :
判決理由 : 〔配転・出向・転籍・派遣‐配転命令権の濫用‐配転命令権の濫用〕
 2 本件配転命令が配転命令権を濫用したものか(争点(1))について
 (1) 一審被告の就業規則33条には、「会社は業務上必要あるときは従業員に職場もしくは職務の変更または転勤を行う。〈2〉前項の異動を命ぜられた従業員は、正当な理由なくこれを拒むことはできない。」との規定があるから(前提事実(2))、一審被告は、一審原告に対し、職場又は職務の変更を命ずる権限を有すると解される。そして、使用者の配転命令権は、無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないところ、業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機や目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該配転命令は権利の濫用になるものではないと解される(最高裁判所昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。以下においては、上記特段の事情があるか否かを検討する。〔中略〕
 (オ) 以上の認定判断を総合すると、一審原告は、一審被告に入社後、結果的に十分な営業成績を残すことができなかったが、これは、一審原告に割り当てられた業務の性質によるものであり、一審原告の適性や能力によるものとは認められない上、一審被告は、長期間にわたり一審原告の営業成績を問題視していなかったのであるから、本件配転命令当時、一審原告は総合職としての適性及び能力を欠いていなかったものと認められる。〔中略〕
 以上の認定判断によれば、一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いておらず、一審被告が一審原告を大阪営業部から大阪倉庫に配転する必要性は乏しかったということができる。
 (3) 不当な動機及び目的の有無について
 ア 上記1(1)の認定事実及び上記(2)の認定判断によれば、〈1〉一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いておらず、一審被告は、従前、一審原告の営業成績をことさら問題視していなかったにもかかわらず、平成22年11月30日、一審原告に対し、突然退職を勧奨したこと、〈2〉一審被告は、その後約2か月にわたり、一審原告に対し退職勧奨を繰り返したが、一審原告がこれを拒否したため、本件配転命令をしたことが認められる。そして、大阪倉庫には2名の従業員を配置することが必要なほどの業務量はなく、一審原告が大阪倉庫において行うべき業務はほとんど存在しないこと、本件配転命令は、一審原告の職種を総合職から運搬職に変更し、これに伴い、賃金水準を大幅に低下させるものであることをも考慮すると、一審被告は、一審原告が退職勧奨を拒否したことに対する報復として退職に追い込むため、又は合理性に乏しい大幅な賃金の減額を正当化するために本件配転命令をしたことが推認される。そうすると、本件配転命令は、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものということができる。〔中略〕
 (4) 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無
 ア 上記(2)アで認定判断したとおり、一審原告は営業担当の総合職としての適性を欠いていなかったことが認められるところ、前提事実(4)、(6)のとおり、本件配転命令は、一審原告の職種を総合職から運搬職に変更し、これに伴い賃金を2分の1以下へと大幅に減額するものであることが認められる。そうすると、本件配転命令は、一審原告に対し、社会通念上、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきである。〔中略〕
 (5) 本件配転命令の効力
 以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で行われたものであり、かつ、一審原告に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用として無効というべきである。
 3 本件降格命令が人事上の裁量権を逸脱、濫用したものか(争点(2))について
 (1) 前提事実(5)のとおり、本件降格命令は、一審被告が一審原告の職種を総合職から運搬職に変更したことに伴うものであるところ、上記2で認定判断したとおり、その前提となる本件配転命令は、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、不当な動機及び目的の下で行われたものであり、かつ、一審原告に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、権利の濫用として無効であり、また、上記2(2)ア(ウ)で認定判断したとおり、一審被告は、本件降格命令までの間、一審原告について総合職としての適性を問題視したことはなく、課長職からの降職を具体的に検討したこともなかったのに、本件配転命令に伴って突然なされたことからすると、本件降格命令は、一審被告の人事上の裁量権の範囲を逸脱したものであり、権利の濫用として無効というべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 4 本件配転命令が不法行為を構成するか(争点(3))について
 (1) 不法行為の成否
 上記2で認定判断したとおり、一審被告は、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、一審原告が退職勧奨を拒否したため、一審原告を退職に追い込み、又は合理性に乏しい賃金の大幅な減額を正当化するという業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で本件配転命令をしたことが認められる。そうすると、本件配転命令は、社会的相当性を逸脱した嫌がらせであり、一審原告の人格権を侵害するものであるから、民法709条の不法行為を構成するというべきである。
 (2) 損害額
 ア 慰謝料
 証拠(一審原告本人〔原審〕)によれば、一審原告は、上記不法行為により精神的苦痛を受けたことが認められるところ、これによる損害は、本件配転命令が無効となることにより回復される経済的利益によって填補されない損害ということができる。本件配転命令の経緯、本件配転命令後の一審原告の処遇その他本件に現れた諸事情を考慮すると、上記精神的苦痛に対する慰謝料は50万円が相当である。
〔賃金(民事)‐賞与・ボーナス・一時金‐賞与請求権〕
 5 賞与請求権の有無(争点(4))について
 (2) 上記(1)の認定事実によれば、給与規定上、賞与の支給については、勤怠、能力、その他を考課して決定するとの定めがあるにとどまり、具体的な支給額及び算定方法についての定めはなかったこと、一審被告は、従業員ごとの個別の考課査定及び従業員間の配分額の調整をした上で賞与の具体的な支給額を決定していたことが認められるから、一審原告の賞与請求権は、一審被告が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生するものと解される。
 これを本件についてみると、一審被告が一審原告の平成23年の夏季賞与及び冬季賞与、平成24年の夏季賞与及び冬季賞与について、現実の支給額である7万円を上回る額の支給を決定したことを認めるに足りる証拠はないから、一審原告の上記各賞与に関する未払賞与の支払請求は理由がないというべきである。
〔労働契約(民事)‐労働契約上の権利義務‐使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
 6 一審被告の賞与の査定が不法行為を構成するか(争点(5))について
 (1) 不法行為の成否
 上記2で認定判断したとおり、本件配転命令は無効というべきである。そして、上記5(1)認定のとおり、一審被告は、総合職の賞与について、基準額に業績係数及び査定係数を乗じた金額を算出した上で、社長の調整を経て具体的な支給額を決定していたことからすると、一審被告は、一審原告の平成23年の夏季賞与及び冬季賞与、平成24年の夏季賞与及び冬季賞与について、総合職であることを前提に、人事考課査定及び調整をした上で具体的な支給額を決定し、支給日までにこれを支払うべき労働契約上の義務を負うというべきである。
 ところが、前提事実(7)認定のとおり、一審被告は、一審原告が総合職であることを前提とする考課査定を行わず、運搬職であることを前提に、平成23年の夏季賞与及び冬季賞与、平成24年の夏季賞与及び冬季賞与の支給額をそれぞれ7万円と定め、これを支給したことが認められる。そうすると、一審被告の一審原告に対する上記各賞与の支給額の決定は、使用者としての裁量権の範囲を逸脱したものであり、これにより、一審原告が給与規定等に基づいて正当に考課査定を受け、これに基づいて算定された賞与の支給を受ける利益を侵害するものであるから、民法709条の不法行為を構成するというべきである。