全 情 報

ID番号 08968
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 東京電力ほか3社事件
争点 4次下請作業員の原発復旧作業中の心筋梗塞視死と安全配慮義務違反が問われた事案(原告敗訴)
事案概要 (1)平成23年3月11日に発生した東日本大震災に伴って発生した福島第一原子力発電所放射性物質放出事故の復旧作業に従事していたAが、作業中に死亡したことについて、Aの妻である原告(X)が、本件原発を設置、運転してきた東京電力(Y1)及び上記復旧作業を請け負ったその余の被告(Y)らには安全配慮義務違反があり、Aの死亡はこの義務違反によるものであるなどと主張して、損害賠償等を求めて提訴したもの。
(2)静岡地裁は、Xの請求にはいずれも理由がないとして、請求をすべて棄却した。
なお、Xは、これを不服として控訴したが、東京高裁は平成27年5月21日(平成27年(ネ)486号)に控訴を棄却している。
また、横浜南労働基準監督署長は、Aの死亡を業務上の災害と認め、Xに対して、遺族補償年金等を支給することを決定している。  
参照法条 民法719条
労働安全衛生法15条
労働安全衛生法27条
労働安全衛生法29条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働安全衛生法/安全衛生管理体制/統括安全衛生責任者
労働安全衛生法/安全衛生管理体制/元方事業者・特定元方事業者
労働安全衛生法/危険健康障害防止/健康障害防止
労働安全衛生法/危険健康障害防止/注文者・請負人
労働安全衛生法/労働者の就業に当たっての措置/安全衛生教育
裁判年月日 2014年12月25日
裁判所名 静岡地
裁判形式 判決
事件番号 平成25年(ワ)706号
裁判結果 棄却
出典 労働判例1109号15頁
労働経済判例速報2236号3頁
審級関係 控訴審 東京高裁/H27.5.21/平成27年(ネ)486号
評釈論文
判決理由 争点1(Aの死亡は、Y1の安全配慮義務違反によるものか)について
Xは、①Y1が、本件原発事故を発生させた者であり、本件原発事故の復旧作業について責任を負っていること、②Y1が、労衛法29条に定める元方事業者に該当すること、③Y1が電離則1条に定める事業者であることを根拠として、Aに対して、安全教育義務等の安全配慮義務を負っているところ、これは、ある法律関係に基づいて特別の社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として認められる信義則上の安全配慮義務違反とは異なるものであると主張する。
しかしながら、主張①については、その主張の趣旨は明確でなく、Y1が本件原発事故の復旧作業について、どのような根拠で、どのような意味における責任を負っているのか、また、ここにいう「責任」が、いかなる理由で、本件原発事故の復旧作業に従事する労働者であったAに対する安全配慮義務を発生させるのかについて何ら明らかではない。
次に、労働安全衛生法(以下、労衛法という。)29条に定める元方事業者とは、「事業者で、一の場所において行う事業の仕事の一部を請負人に請け負わせているもの」であるところ(労衛法15条)、Y1は本件工事の発注者であり、Xの主張する元方事業者には当たらないから、Xの主張②も前提を欠く。
Aの死因は心筋梗塞であって、電離放射線を受けたことによって生じた健康上の障害によるものではなく、そもそも、Xの主張するY1の安全配慮義務の内容も、電離放射線を受けることによる健康上の障害の防止とは直接関連するものではないのであるから、Y1が電離則上の「事業者」に該当することが、なぜXの主張する安全配慮義務を発生させるのか、何ら明らかではない。Xは、放射線防止のための装備が重装備であり、心筋梗塞等の疾病に罹患するおそれがあるから、電離則はそのようなリスクについても措置を実施することを定めていると主張するが、電離則の規定を通覧しても、Xの主張するような規定はなく、Xの主張③は採用できない。
以上によれば、Xの主張は、いずれもY1がAに対する安全配慮義務を負う根拠となるものではなく、他に、Xの主張する、特別の社会的接触関係を前提としない安全配慮義務を基礎付けるに足りる法的根拠は認められない。
Y1は、本件工事の全てをY2に発注しており、Y1が自ら本件工事の施工や監理を行っていたものと認めるに足りる証拠はなく、Aが、事実上Y1の指揮監督を受けて稼働していたものと認めるに足りる証拠もないから、本件の証拠関係を前提として、Y1とAとが、特別な社会的接触関係に入ったものと認めることはできない。
Aの死因は心筋梗塞であるところ、Xの主張するような内容の安全衛生教育を行ったからといって、心筋梗塞の発症を回避できたものとは考え難い。
したがって、Xの主張する義務違反とAの死亡との間に因果関係があるものとは認められない。
健康診断の際にも、Aに自覚症状はなく、胸部の診察でも異常はみられなかったため、「作業可」との結論とされていることが認められるのであって、このような健康診断の結果に加え、その後もAはB建設において配管工事等に従事しており、その間、重大な自覚症状等も認められないことからすれば、仮にAが作業前に健康診断を受けていたとしても、それによって心臓の虚血性変化が診断されたか否かは明らかではなく、また、健康診断の結果、本件工事への参加を中止していたかについても明らかではない。
したがって、Xの主張する義務違反とAの死亡との間に因果関係があるものとは認められない。
本件においてAが熱中症に罹患していたものと認めるに足りる証拠はなく、Aの心筋梗塞と防護服等による体温の上昇、発汗との医学的な関連性についても、これを認めるに足りる的確な証拠はない。
Xの主張する、防護服内の温度、湿度の計測や、電動ファン付き防護マスク、クールベストなどの支給を行うことによって、心筋梗塞の発症可能性を有意に低下させられたものとは認められない。
一般的指導を超えて水分補給の有無を確認することによって、Aの心筋梗塞の発症を妨げた蓋然性があるものとは認められない。
したがって、Xの主張する義務違反とAの死亡との間に因果関係は認められない。
Xの主張するとおり、AEDを本件工事の現場の複数箇所に設置するなどして、医療体制ないし患者搬送体制を強化していたとしても、Aを救命することができたかは明らかではなく、Xの主張する義務違反とAの死亡との間に因果関係があるものとは認められない。
以上によれば、Aの死亡との因果関係という点からしても、Xの請求には理由がない。
争点2(Aの死亡は、被告東芝(元請、Y2)の安全配慮義務違反によるものか)について
労衛法29条に定める元方事業者であるというのみで、直ちに、下請企業や孫請企業の労働者に対して安全配慮義務を負うものと認めることはできないから、Xの主張は失当である。
Y2であっても、下請会社の労働者との間で特別な社会的接触関係に入ったと認められる場合には、安全配慮義務を負うというべきである。
Y2は、本件工事のうち、Aの関与した放射性滞留水回収装置の設計、設置等に関する工事を全て被告Y3に発注しており、Y2が自ら、下請会社の労働者に対して指示等を行っていたものと認めるに足りる証拠はなく、Aが、事実上Y2の指揮監督を受けて稼働していたものと認めるに足りる証拠もないから、本件の証拠関係を前提として、Y2とAとが、特別な社会的接触関係に入ったものと認めることはできない。
Xは、Y2とAとが特別の社会的接触関係に入った根拠として、①Aが配管工事に従事していたプロセス主建屋は、Y2の作業場所であったこと、②Aが着用していた防護服等の装備、工具はY2が提供したこと、③Y2が、元方事業者として労働安全衛生に係る特別教育を行っていたこと、④Y2が、作業工程表(書証略)を作成するなどして労働者の作業工程を管理していたことを挙げる。
しかしながら、上記①は、元請会社と下請会社の関係であれば一般的に認められる事象であるし、②については、Y2が防護服や工具をAに提供したものと認めるに足りる証拠はない。また、③の特別教育は、Y2が元方事業者として法令に基づいて行っていたものにすぎないから、そのことが直ちに特別の社会的接触関係を根拠付けるものではない。④の作業工程表も、その記載内容からすれば、本件工事の全体的なスケジュールを記載した工程表にすぎないから、Y2がこの工程表を確認していたからといって、個々の労働者に対して実質的に指揮監督を行っていたものとは認められない。
したがって、Xの主張を踏まえても、Y2が、Aとの間で、特別の社会的接触関係に入ったものと認めることはできない。
争点3(Aの死亡は、被告(IHI、Y3)の安全配慮義務違反によるものか)について
Y3は、本件工事のうち、放射性滞留水回収装置の設計等を主に行い、これらの設置、据付等に関する工事は全てY?に発注しており、自ら施工を行っていたものでないと認められる。そして、Y3が、自ら下請会社の労働者に対して指示等を行っていたものと認めるに足りる証拠はなく、また、Aが、事実上被告Y3の指揮監督を受けて稼働していたものと認めるに足りる証拠もないから、本件の証拠関係を前提として、Y3とAとが、特別な社会的接触関係に入ったものと認めることはできない。
争点4(Aの死亡は、被告(IHIプラント建設、Y4)の安全配慮義務違反によるものか)について 
Y4は、本件工事のうち、配管工事に係る部分をBに発注しているが、Y4が、自ら下請会社の労働者に対して指示等を行っていたものと認めるに足りる証拠はなく、Aが、事実上Y?の指揮監督を受けて稼働していたものと認めるに足りる証拠もないから、本件の証拠関係を前提として、Y4とAとが、特別な社会的接触関係に入ったものと認めることはできない。