全 情 報

ID番号 08995
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 岡山県貨物運送事件
争点 新入社員の精神障害発症後の死亡が過重労働と上司のパワーハラスメントによるかが争われた事案(原告一部勝訴)
事案概要 (1) 本件は、第1審被告会社(Y1)の営業所に勤務していた第1審原告(X)らの長男A(昭和61年生まれ。)が、連日の長時間労働のほか、上司であった第1審被告(Y2)からの暴行や執拗な叱責、暴言などのいわゆるパワーハラスメントにより精神障害を発症し自殺するに至った(入社後3ヶ月)と主張して、損害賠償等の支払いを求め提訴したもの。
(2) 仙台地裁はY1に対する請求を一部認容し、Y2に対するその余の請求及びY2に対する請求をいずれも棄却した。仙台高裁は、Y1の控訴を棄却し、XらのY1及びY2に対する請求を一部認容した。
なお、労働基準監督署長は、本件自殺が業務災害に当たると認定し、遺族補償一時金等を支給している。
参照法条 民法415条
民法709条
民法715条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮義務(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2014年6月27日
裁判所名 仙台高
裁判形式 判決
事件番号 平成25年(ネ)283号
裁判結果 原判決変更、確定
出典 判例時報2234号53頁
労働判例1100号26頁
労働経済判例速報2222号3頁
審級関係 一審 仙台地裁/H25.6.25/平成22年(ワ)1836号
評釈論文 木野綾子・経営法曹185号71~80頁2015年6月
新谷眞人・労働法学研究会報66巻12号26~31頁2015年6月15日
判決理由 当裁判所は、第1審Xらの第1審Y2に対する主位的請求は、本判決主文第1項(2)及び(3)に記載の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、第1審Y?に対する請求は、民法715条に基づき同額の損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから(第1審Yらはこれらについて連帯支払義務を負う。)、これらを認容し、その余の第1審Y2に対する主位的請求及び第1審Y1に対する請求は理由がないから、これらをいずれも棄却するのが相当であると判断する。
亡Aは、新入社員として緊張や不安を抱える中で、本件自殺の5か月前(入社約1か月後)から月100時間程度かそれを超える恒常的な長時間にわたる時間外労働を余儀なくされ、本件自殺の3か月前には、時間外労働時間は月129時間50分にも及んでいたのであり、その業務の内容も、空調の効かない屋外において、テレビやエアコン等の家電製品を運搬すること等の経験年数の長い従業員であっても、相当の疲労感を覚える肉体労働を主とするものであったと認められ、このような中、亡Aは、新入社員にまま見られるようなミスを繰り返して第1審被告Y2から厳しい叱責を頻回に受け、本件業務日誌にも厳しいコメントを付される等し、自分なりにミスの防止策を検討する等の努力をしたものの、第1審被告Y2から努力を認められたり、成長をほめられたりすることがなく、本件自殺の約3週間前には、第1審Y2から解雇の可能性を認識させる一層厳しい叱責を受け、解雇や転職の不安を覚えるようになっていったと認められるのであり、このような亡Aの就労状況等にかんがみれば、亡Aは、総合的にみて、業務により相当強度の肉体的・心理的負荷を負っていたものと認めるのが相当である。
亡Aは、同年9月中旬ころには、情緒的に不安定な状態にあり、過剰飲酒をうかがわせる問題行動が現れていたということができ、これらの事実と前記の適応障害についての医学的知見を総合すると、このころ、亡Aは既に適応障害を発病していたと認めるのが相当である。
また、適応障害発病後も、亡Aは引き続き長時間労働を余儀なくされており、第1審Y2からの叱責についても従前と変わる点はなかったから、亡Aは適応障害の状態がより悪化していったものとうかがわれるところ、前記認定によれば、亡Aは、同年10月6日、午後出勤の前に飲酒をするという問題行動を再び起こし、これが第1審Y2を含む宇都宮営業所の従業員に知られるところとなり、第1審Y2から、「お酒を飲んで出勤し、何かあったり、警察に捕まったりした場合、会社がなくなってしまう。」、「そういった行為は解雇に当たる。」等と言われて、入社以来、最も厳しい叱責を受けるに至り、これにより、従前、亡Aの情緒を不安定にさせていた解雇の不安はさらに増大し、それまでに蓄積していた肉体的精神的疲労と相まって、亡Aは正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害された状態となり、自殺に至ったものと推認することができる。
亡Aに、借金、病気、家族、交友関係におけるトラブルと評価されるようなものや、個人的な悩みなどの一般的に自殺の原因となり得るような業務外の要因があったと認めることはできない。
以上によると、本件自殺と業務との間には、相当因果関係があるものと認められる。
争点2(第1審Yの不法行為の成否)について
使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者のこの注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものと解される(最高裁判所平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
これを本件についてみると、第1審Y2は、亡Aの就労先であった宇都宮営業所の所長の地位にあり、同営業所において、使用者である第1審Y1に代わって、同営業所の労働者に対する業務上の指揮監督を行う権限を有していたと認められるから、第1審Y2は、使用者である第1審Y1の負う上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべき義務を負っていたというべきである。
第1審Y2は、亡Aを就労させるに当たり、亡Aが業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう、①第1審Y1に対し、亡Aの時間外労働時間を正確に報告して増員を要請したり、業務内容や業務分配の見直しを行うこと等により、亡Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採る義務を負っていたほか、②亡Aに対する指導に際しては、新卒社会人である亡Aの心理状態、疲労状態、業務量や労働時間による肉体的・心理的負荷も考慮しながら、亡Aに過度の心理的負担をかけないよう配慮する義務を負っていたと解される。第1審Y2には、宇都宮営業所に勤務させる人員の数や配置を決定する権限がなかったとしても、仮に第1審Y2が、第1審Y1に対し、亡Aの時間外労働時間が上記のとおり、相当の長時間にわたっていることや、宇都宮営業所における従業員の就労状況を正確に報告していたのであれば、第1審Y1は、平成21年8月のFの増員にもかかわらず、同営業所における従業員の就労環境が十分に改善されていないことの認識を持ち、さらなる増員措置を取る等の相応の体制整備を検討した可能性はあったというべきであり、それが困難であったことを具体的にうかがわせる証拠はない。また、第1審Y2に上記の正確な報告をすることを期待し得なかった事情があるとも認められないのであるから、第1審Y2には、①の注意義務の違反があったというべきである。
第1審Y2は、そのような見直し等を行うことなく、引き続き、亡Aがミスをすれば一方的に叱責するということを漫然と続けていたのであるから、この点にかんがみても、第1審Y2が、亡Aに対する指導について、前記のような観点から適正な配慮を行っていたものと認めることはできない。
そうすると、第1審Y2は、上記②の観点からも、代理監督者としての注意義務に違反していたものと認められる。
第1審Yらの主張する点を検討しても、亡Aの業務の過重性等と適応障害の発症、本件自殺との間に相当因果関係が否定されるとか、予見可能性が働かないとはいい難いのであり、第1審Yらの主張は採用することができない。
以上によれば、第1審Y2は、亡Aが本件自殺により死亡するに至ったことにつき、不法行為責任を免れない。
争点3(第1審Y1の不法行為・債務不履行の成否)について 第1審Y2は、亡Aの死亡につき、民法709条所定の不法行為責任を負うものと認められるところ、第1審Y1は、第1審Y2の使用者であるから、第1審Y2がその事業の執行につき、亡A及び第1審Xらに与えた損害について賠償する義務を負うものと認められる。そうすると、第1審Y1は、民法715条に基づき、第1審Y2と連帯して損害賠償責任を負うというべきである。
長時間時間外労働など亡Aの業務の過重性についての責任については、本件で認定した事情に照らしても第1審Y2の不法行為の責任原因として認定した事実とは別に第1審Y2に独自の不法行為の責任原因があるとまで評価することはできないから、本件において使用者責任とは別に不法行為責任を認める必要性はない。
亡Aの学歴、将来の賃金の増額の可能性等を考慮すると、上記認定の基礎収入をもって高きに失するということはできないのであるから、第1審Y1の上記主張(略)は採用することができない。
本件において第1審Yらが指摘する点をもって、過失相殺又は民法722条2項の類推適用により、心因的要因として斟酌することはできない。