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ID番号 09006
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 鹿児島県・U市(市立中学校教諭)事件
争点 指導力向上研修受講中の教員の精神症発症・自殺に対する県と市の責任が争われた事案(原告一部勝訴)
事案概要 (1) 被告曽於市(Y1)の設置に係る曽於市立乙山中学校に勤務し、被告鹿児島県(Y2)の設置に係る丙野教育センターにおける指導力向上特別研修の受講期間中にAが自殺したのは、乙山中学校の校長(B)及び同教頭(C)による、業務加重、パワーハラスメントにより精神障害を発症ないし増悪させて自殺したと主張して、Aの両親(X)が損害賠償等を求め提訴したもの。
(2) 鹿児島地裁は、Y1とY2の責任を認めたものの、減額割合は5割であるとした。
参照法条 国家賠償法1条
国家賠償法3条
民法415条
民法623条
民法709条
民法710条
民法722条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労基法の基本原則(民事)/労働者/教員
裁判年月日 2014年3月12日
裁判所名 鹿児島地
裁判形式 判決
事件番号 平成20年(ワ)1196号
裁判結果 一部認容、一部棄却、確定
出典 判例時報2227号77頁
労働判例1095号29頁
審級関係
評釈論文 星野豊・月刊高校教育47巻10号82~85頁2014年9月
判決理由 争点(1)(Yらの公務員であるBらの信義則上の安全配慮義務違反ないし国家賠償法上の違法性の有無)について
使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成一〇年(オ)第二一七号、第二一八号同一二年三月二四日第二小法廷判決・民集五四巻三号一一五五頁参照)。
この理は、地方公共団体とその設置する中学校に勤務する地方公務員との間においても同様に当てはまるものであって、地方公共団体が設置する中学校の校長は、自己が指揮監督する教員が、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。
亡Aにおいて、平成一六年度と比較すると平成一七年度においては一週間に担当する授業数が約一二時間から約二〇時間に約八時間増加していたこと、亡Aがそれまでに国語科を担当したことがなかったこと、平成一六年度から平成一七年度で教科担当以外の校務分掌も減らされていないこと、新たに担当する国語科が受験科目であること、平成一七年九月以降、亡Aにおいて、急な年次休暇の取得や授業の準備不足、じんましん、顔の腫れ、服務上の問題行動が頻繁に発生したのであって、上記の時間的関係を踏まえると平成一七年度における亡Aの業務における心理的負荷は、精神疾患による病気休暇取得直後の労働者にとって過重であったことが認められる。
B及びCにおいて、亡Aが何らか精神疾患を有しており、その状態が良好でないことを認識し得たというべきところ、亡Aが井料医師のもとに通院していること、亡AがB及びCの事情聴取に対してパニック状態になっていたと告げたこと、Bが井料医師から亡Aにパニック障害があると聞かされていたにもかかわらず、亡Aの心療内科への通院状況について特段の発問もせず、Bが、前記第三・一(4)クないし同ソ(略)において認定したとおり、平成一八年七月二一日、Y2教育委員会に対して、亡Aについて指導力不足等教員に係る申請を行い、同申請の中で、亡Aにつき「平成一二年度、そううつ病で三ヶ月の病休を取っているが、一昨年度、通院してた鹿児島市の山田メンタルクリニック(今は、通院していない)の医師によると、そううつは見られないということを聞いている。」と記載し、同記載に当たり、漫然と、井料医師に対する不信感から、亡Aが井料クリニックを受診していることについては、特段の記載をせず、井料医師に対しては、亡Aの状況について確認をする必要性はなく、通院をしていないやまだクリニックの記載をすれば足りると安易に考え、Cも、井料医師に対して、亡Aの精神状態について、確認する必要はないと安易に考えていた過失があるというべきである。
指導力向上特別研修の受講は、何らかの精神疾患を有し、その状態が良好でない亡Aにとり、極めて心理的負荷が大きいものであると認めることができる。また、B及びCも、これまでの亡Aの行動に照らして、亡Aの心理的負荷を知り得る状況にあったものと認めることができる。
D指導官及び本件担当指導官らにおいても、亡Aが何らかの精神疾患を有していることを認識し得たというべきである。
労働者の健康状態を把握し、健康状態の悪化を防止するというY2及びY1の信義則上の安全配慮義務に違反したことを指摘する内容であって、正鵠を得たものであると評価するのが相当である。
争点(2)(Bらの上記(1)の行為と亡Aの精神疾患の発症ないし増悪及び自殺との因果関係)について
平成一七年以降のB、C、Y2教育委員会、D指導官及び本件担当指導官らの上記一連の各行為が亡Aに対して心理的な負荷の大きい影響を与えており、これが、亡Aの精神疾患を増悪させる危険性の高い行為であったと認めることができるから、亡Aはかかる行為の影響により、正常な判断ができない状態で自殺したものとみるのが相当であり、そうであるとすると、B、Y2教育委員会、D指導官及び本件担当指導官らの上記一連の各行為と亡Aの精神疾患の増悪及び自殺との間に相当因果関係があるとみるのが相当である。
争点(3)(Xらに生じた損害の有無及び額)について
Yらに亡Aの死亡による損害の全部を賠償させることは、公平を失するものといわざるを得ず、素因減額三割及び過失相殺二割を控除して、その減額割合は五割であるというべきである。