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ID番号 09167
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 福祉事業者A苑事件
争点 求人票と異なる労働条件通知書への同意の効力が争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 Y(被告)に雇用されていたX(原告)が、主位的には、XとYとの労働契約は期間の定めのないものであったところ、Yがした解雇は無効であると主張し、予備的には、XとYとの労働契約が期間の定めのあるものであったとしても、Yがした雇止めは無効で、従前の契約が更新されたと主張して、〈1〉Xが、Yに対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め、〈2〉解雇又は雇止めの日の翌日以降の賃金の支払い、および〈3〉上記解雇又は雇止めがXに対する不法行為を構成すると主張して損害賠償50万円の支払いを求めた事案である。
参照法条 民法709条
労働契約法6条
労働契約法8条
労働契約法9条
労働基準法15条
職業安定法5条の3
体系項目 労働契約(民事)/成立
労働契約(民事)/労働条件明示
裁判年月日 2017年3月30日
裁判所名 京都地裁
裁判形式 判決
事件番号 平成27年(ワ)1754号
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 判例時報2355号90頁
労働判例1164号44頁
審級関係 確定
評釈論文 水町勇一郎(東京大学労働法研究会)・ジュリスト1511号138~141頁
中村和雄・季刊労働者の権利322号97~100頁
松井良和・季刊労働法259号206~207頁
宋昌錫・LIBRA18巻4号52~53頁
山本佑(判例実務研究会)・労働法令通信2482号25~27頁
西脇明典・経営法曹197号59~65頁
森井利和・労働法学研究会報69巻12号28~33頁
小山敬晴(労働判例研究会)・法律時報90巻11号132~135頁
判決理由 :〔労働契約(民事)/成立〕
〔労働契約(民事)/労働条件明示〕
 求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者の雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求職票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となると解するのが相当である。
 本件求人票には雇用期間の定めはなく、面接でもそれらの点について求人票と異なる旨の話はないまま、YはXに採用を通知したのであるから、本件労働契約は期間の定めのない契約として成立したものと認められ、定年制についても本件求人票には定年制なしと記載されていた上、求人票の記載と異なり定年制があることを明確にしないまま採用を通知した以上、定年制のない労働契約が成立したと認めるのが相当である。
 使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきであり、その同意の有無については、当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である。そして、この理は、賃金や退職金と同様の重要な労働条件の変更についても妥当するものと解するのが相当である。
 期間の定め及び定年制のない労働契約を、一年の有期契約で、六五歳を定年とする労働契約に変更することには、Xの不利益が重大であると認められる。本件労働条件通知書は、Y代表者がその主要な内容を相応に説明した上で、Xが承諾するとして署名押印したものであるものの、Y代表者が求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、他方、Y代表者がそれを提示した時点では、Xは既に従前の就業先を退職してYでの就労を開始しており、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印したと認められ、これらの事情からすると、本件労働条件通知書にXが署名押印した行為は、その自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められず、それによる労働条件の変更についてXの同意があったと認めることはできない。