全 情 報

ID番号 10200
事件名 労働基準法違反被告事件
いわゆる事件名 大同製銅事件
争点
事案概要  労基法二四条違反(賃金不払)につき、その罪数の関係および期待可能性の法規の適用が争われた事例。
参照法条 労働基準法24条
労働基準法119条1号
体系項目 賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 罪数
賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 定期日払い
罰則(刑事) / 罪数
裁判年月日 1951年4月7日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 昭和25年 (う) 2142 
昭和25年 (う) 2143 
昭和25年 (う) 2144 
裁判結果 破棄差戻
出典 高裁刑集4巻4号364頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い方法-定期日払い〕
 被告会社は、本件当時及びそれ以前において、経済情勢の変転と労働攻勢によつて収入が減少し、被告会社の事業を運転しつつ、労働者の賃金を満配することは至難であり、労働者の数を整理し債権を厳重に取り立て融資の受けられる点はできるだけ尽力してもなお賃金の支払が困難であつて、遅払又は分割払の余儀なき事情にあつたことは原審が取り調べた証拠によつて推知するに難くない。しかし右の諸事情があつたから直ちに、賃金遅滞は不可抗力で、期待可能性がないと断定するのは、法律的に観察するときは粗末すぎる判断である。
 (中略)
 原審がこの点を留意せず刑法理論上未だ完全に消化せられていない期待可能性理論を早急にもつて来て被告人等の主観的観察を判断したのは、審理不尽に基く事実誤認か又は法令解釈の誤りがあるということができる。
〔賃金-賃金の支払い方法-罪数〕
〔罰則-罪数〕
 労働基準法第二十四条は、労働者の賃金の受領を各個人別に保障する趣旨の規定であるから、賃金不払又は、遅滞は個々の労働者毎に犯罪が成立し、この犯罪は各労働者に対する賃金の支払期日及び事業場が同一であつても、包括一罪又は一所為数法の関係が成立するものでなく、刑法第四十五条の併合罪の関係にあるものと解すべきである。即ち賃金は通常各労働者別に計算支給せられるもので、各労働者毎に支給する行為が一個の行為であつて、事業場又は事業主が同一の支払期日に多数の労働者に賃金を支払うことが一個の行為であるものと考えらるべきものでない。果してしからば、労働基準法第二十四条第二項違反の罪の訴因を明らかにするには、公訴事実に、各労働者の氏名、賃金、不払又は遅滞賃金の数額等を明らかにすることが理想である。数千人に達する労働者の氏名、賃金、未払賃金等を明らかにすることは、困難であるかも知れないが、別表を作成して、起訴状に添付することによつて明らかにすることもできるし、各支払期日毎に労働者の数をまとめその賃金総額と不払又は遅滞の賃金の総額を示して、不十分ながらも、攻撃防禦に支障ない程度に訴因を明示することもできる。本件においては、検察官側にも、被告人側にも、各労働者の個人別賃金支払表が用意されていたことが推測せられるので、これを援用することによつて、訴因を明確にすることができたわけである。
 しかるに本件起訴状を見るに、個々の労働者毎に犯罪が成立するのか、被告会社の事業場別の包括的に犯罪が成立するのか不明であるのみならず昭和二十四年七月と同年八月における賃金未受領の労働者の数が明確にされていない。起訴状には同年八月末日現在の労働者の数が記載せられているが、この数字は、同年七月一日から、同年八月末日まで、一名の異動もなかつたものと認むべきものであるかどうかもわからず労働者の賃金が全額支払われなかつたのか或いは一部支払われなかつたかも明らかでない。右のような公訴事実の記載は、全く訴因を明らかにしていないものということができる。訴因が明らかでないときは、直ちに公訴を棄却すべきものと解するのは、訴訟経済上妥当でなく、公訴事実の同一性を害しない程度で、何時でも訴因を追加又は変更することができることになつているので、原審としては、よろしく、検察官に釈明して、訴因を明らかにせねばならなかつた筈である。訴因を明らかにすることができないことが明らかになつたとき、公訴を棄却すればよいのである。訴因を明らかにしないで、犯罪事実を認定したり、又は証拠がなかつたと断定することができないばかりでなく、犯罪の成立を阻却する事由も十分に認定し得ない筈である。従つて訴因を明確にしないで、事実を認定した原判決は、審理が尽されていないといわねばならない。この点においても、原判決は、破棄を免れない。