全 情 報

ID番号 10251
事件名
いわゆる事件名 八尋文吉賃金不払事件
争点
事案概要  水害が原因で賃金不払におちいった使用者が労基法二四条違反の責任を免れるか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法24条2項
体系項目 賃金(刑事) / 賃金の支払い方法 / 定期日払い
裁判年月日 1950年10月5日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号
裁判結果
出典
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金の支払い方法-定期日払い〕
 右賃金未払となつた原因は元来名切炭坑は交通不便の地に存在する貧弱な鉱山であるが、昭和二十三年九月頃豪雨のために坑内に浸水し石炭が流れ搬出道路が欠潰して当時約四十日間操業不能の状態に陥つたのみならず、貯炭約五百瓲を喪失したために、深刻な金融難に逢着した。右搬出道路は、その後翌年一月多少修復したがなお同年四、五月頃迄は原状回復には至らずしかもその頃打続く降雨と相俟つて出炭、降炭共に著しく振わざるに加え、経営担当者たる被告人が同年三月頃より同六月頃迄病臥したため、これら内外の悪条件が禍して炭代収入は微々たるものであり而も右収入はその頃常に経営者と同炭鉱労働組合との話合の上でこれが支出を決定した。
 しかるに、他方被告人は長崎県商工課その他銀行及び私的関係等にも百方奔走して融資を求めたがその成功を遂げず僅かに同年四、五月頃A株式会社より金四十六万円の炭代収入があつたが、右の中半額を右労働者の未払賃金に充当し他の半額は火薬、カーバイト、坑木等の購入及び右労働者の賃金支払のために過去に借受けた債務金弁済に充当し以て辛じて右の鉱業の経営を継続した(右入金全部を賃金に充当すれば本件炭鉱の経営は全然継続不可能となる)ことを認めることができる。
 以上の事実は本件被告人が賃金未払を生ずるに至つた事由として社会通念上まことに已むを得ないものであつてこれら事情下の経営者を処罪するは本法の精神とは認め難く所謂期待可能性がないので被告人には犯意なきものとして刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をしなければならない。