全 情 報

ID番号 10545
事件名
いわゆる事件名 日紡貝塚工場事件
争点
事案概要  会社側から立入を禁止されていた被解雇者が工場に立入ってビラを配布したことにより建造物侵入罪で起訴された事例。
参照法条 労働基準法3条
日本国憲法14条
体系項目 労基法総則(刑事) / 均等待遇 / 信条と均等待遇
解雇(民事) / 解雇事由 / 違法争議行為・組合活動
裁判年月日 1954年3月10日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和28年 (う) 1749 
裁判結果 破棄・自判
出典 高裁刑特報28号102頁/労経速報135号2頁/ジュリスト57号58頁/裁判所時報157号68頁/刑事裁判資料102号365頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労基法総則-均等待遇-信条と均等待遇〕
 思うに検事も指摘する如く、一般に近代企業においてはあまたの労働力が一定の経営秩序の中に有機的継続的に組織付けられて、使用者によつて組織的、統一的に指揮監理せられているのであつて、労働者は労働条件の決定に当つては使用者と対等の立場にあつて折衝し、そのため正当な争議行為に訴えることも許されるけれども、いつたん労働条件の決定をみた以上その範囲内において労働者は使用者の指揮命令に従つて債務の本旨に適合する労務を負うのであり、工場事業場における労働の協同性、労働関係の継続性に鑑み、職場規律を守る義務、企業の秘密を守る義務、企業の信用体面を傷けぬ義務を各遵守しなければならないことは多弁を要せざるところである。そして被告人Yの前記記事の掲載及び座談会における発言は明らかに前記義務に違背するものであつて原判決のような労働者が有する使用者の経営管理の方針に関する自由なる批判の範囲に属するものとしてこれを認容することはできない。従つて被告人Yの叙上の行為は前掲整理基準である、「事業の社会的使命についての自覚を欠き円滑な業務の運営に支障を及ぼし且つ常に煽動的な言動により他の従業員に悪影響を与え又はその虞ある行為」に該当するものというべく、しかも会社側が被告人Yをその共産党員であるというだけの理由で解雇したものであるという証拠は記録上いずこにも発見することはできない。されば会社側が右被告人の政治的信条を理由として差別的取扱をなしたものでないことが明らかであるから、原判決のいうが如く労働基準法第三条に牴触しないのは勿論憲法第一四条第一項の規定にも違反しない。
〔解雇-解雇事由-違法争議行為・組合活動〕
 (イ)仮に被告人Yにおいて解雇が無効であると信じていたとしても会社側では解雇の理由を円滑な業務の運営に支障を及ぼし、且つ煽動的な言動により他の従業員に悪影響を与え又はその虞ありとしていること前段認定のとおりであるから同様の理由により工場への立入を禁止したものであることは同被告人も当然了知していた筈であり、従つてたとえば同被告人が自己の寄宿舎に居住し、或いは自己の職場に赴き、又は工場事務室への解雇の無効確認の交渉に赴くことはもとより違法ではないけれども午前四時四〇分頃というが如き時刻に自己の職場でない精紡工場へ立入ることが差支えないと信じたとはとうてい考えられないし又そのように信ずるにつき相当の理由があつたこともこれを首肯し難い。(ロ)被告人Y等所属の労働組合が同被告人等の解雇を承認する態度に出ていたことは原判決の摘示するとおりであるが、前記A証人の証言によると、前段説示の如く同組合では同被告人等を組合の統制を紊つたものとして組合員の権利の停止をしていた際でもあり、解雇已むを得ざるものと認めていたことを首肯し得るのであつて、同被告人等において原判決のいうが如く不当解雇に対し抗議するのであれば会社又は組合当局を相手方としてなすべきであり、職場の同僚に対し同被告人を不当解雇から救援のためストライキの挙に出ずべきことを呼びかけるが如きは順序を弁えない暴挙であり、又被告人Y等が明日の生活を心配する一介の女工員であつたとはとうてい考えられない。(むしろ同被告人等が解雇手当失業手当等により急場を凌ぎ次の就職先にありつき得たであろうことは記録上窺知するに難くない)ので、同被告人等の所為を已むを得なかつたものということはできない。(ハ)工場の従業員に対しストライキを呼びかけその旨のビラを撒くことが平穏な行動であることは社会通念に照らしても是認できないのみならず、ストライキを煽動することは争議行為そのものではない。しかも憲法第二八条が保障するのは勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利であつて、すでに結成せられた労働組合に所属する勤労者が組合の規約を無視し、正規の手続を経ずして各個の勤労者に対し直接ストライキを煽動するが如きは、権利の濫用であつて厳禁せられるべきは論なきところである。