全 情 報

ID番号 90007
事件名 賞与請求事件
いわゆる事件名 UBSセキュリティーズ事件
争点 賞与請求権・賞与に対する期待権の有無、退職勧奨・自宅待機命令の当否が争われた事案。
事案概要 (1) 証券会社Y社は、平成18年7月より日本国債部のマネージング・ディレクターの地位にあったXに、平成19年9月に退職を勧奨するとともに、同日以降、オフィスへの立ち入りを禁止して自宅待機を命じ、定期給与は支給し続けたものの同年度の賞与は支給せず、平成21年2月に至り、経営上の理由により解雇した。このため、Xは、平成19年度の賞与と遅延損害金の支払い、賞与の支払い期待権が侵害されたとして損害賠償と違法な退職勧奨・自宅待機を命じられたとして損害賠償と慰謝料を請求した。
(2) 東京地裁は、ⅰ)平成19年当時、Yには賞与の支給基準や計算方法についての定めは存在せず、下限額の定めもなかったこと等から、Yが賞与を支給する旨を決定していない以上、その請求権は発生しないとし、ⅱ)人事考課査定は賞与の支給決定に不可欠であったとは言えないことから、人事考課査定を行わなかったとしても賞与の期待権を侵害したとはいえないとし、ⅲ)退職勧奨・自宅待機命令には、いずれも違法性がないとして、Xの主張をすべて棄却した。  
参照法条 民法623条
民法709条
労働契約法
体系項目 賃金 (民事)/賞与・ボーナス・一時金/賞与請求権
退職/退職勧奨
労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/自宅待機命令・出勤停止命令
裁判年月日 2009年11月4日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成20年(ワ)5723号 
裁判結果 棄却(確定)
出典 労働判例1001号48頁
労働経済判例速報2059号10頁
審級関係
評釈論文 清水弥生・労働法学研究会報61巻18号24~29頁2010年9月15日
判決理由 〔賃金 (民事)/賞与・ボーナス・一時金/賞与請求権〕
〔退職/退職勧奨〕
〔労働契約 (民事)/労働契約上の権利義務/自宅待機命令・出勤停止命令〕
1 賞与請求権について
(前略)Yには、平成19年当時、賞与の支給基準や計算方法を定めたものは存在しなかったこと、入社初年度については賞与の最低保証額を定める場合もあったが、その他の場合には下限額の定めもなかったこと、賞与の支給等については、各年毎に、Yにおいて、Yの業績、各従業員個人の業績のほか、当該従業員の将来性、さらに、チームヘッドの場合は、当該チームの業績、部下に対する管理能力等、客観的な数値で現すことのできない要素も含め、種々の要素を総合的に考慮して決定されていたことが認められる。
 以上によると、Yにおける賞与請求権は、従業員の地位に基づいて当然に何らかの基準により発生するものではなく、Yが支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生するものと認められる。そうすると、Yが本件賞与を支給する旨の決定をしていない以上、本件賞与の支払請求権が発生したとは認められない。よって、Xの本件賞与の支払請求は理由がない。
2 期待権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権について
(前略)Yが従業員らに対し高額の賞与を支給していたのは、従業員の意欲の向上を図るとともに、有能な従業員が競業他社へ移籍するのを防止するためであり、Yは、Yの業績、各従業員個人の業績、部下に対する管理能力等のほか、当該従業員の将来性をも考慮して、賞与の支給等を決定していたと認められることからすると、単に過去の業績を評価してこれに応じた賞与を支給するものではなく、Yの賞与の支給等の決定における裁量は相当広範であったといえる。
(中略)Yは、賞与の支給等の決定について広範な裁量を有していたのであるから、Xの賞与の支給に対する期待が合理的期待として法的保護に値する場合は自ずと限定されるのであって、Xの業績が被告の要求に十分にこたえているといえるなど、Yが本件賞与を支給しないことがYの前記広範な裁量権を逸脱又は濫用したものと認められる場合でない限り、Xは、賞与の支給に対する合理的期待が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を請求することはできないものといえる。
3 慰謝料請求権について
 (1) 本件退職勧奨等について
(前略)Yは、Xの意思に配慮し、本件退職勧奨を打ち切り、後日、話合いを継続したことが認められるから、本件退職勧奨が社会的相当性を逸脱した態様で半強制的に行われたものとは評価できず、違法であったとは認められない。
(2) 本件自宅待機命令について
(前略)Yは、Xに対し、本件自宅待機命令期間中、年間基本給2100万円を支払い続けてことが認められるところ、雇用契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について雇用契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものではないと解される。
(中略)Xが、Yに対し就労請求権を有しているとは認められないから、本件自宅待機命令は、Xの就労請求権を侵害するものとは認められない。