全 情 報

ID番号 90014
事件名 賃金等請求上告事件
いわゆる事件名 北海道国際航空事件
争点 賃金を引き下げる賃金規定の変更が、既往の労働分に及ぶかが争われた事案
事案概要 (1) 航空会社Yは、経営不振対策として課長以上の役職にある者の賃金を減額することとし、ⅰ)平成13年7月分から20%減、ⅱ)同年12月にはさらに約15%を減額して支給した。平成9年に入社し、当時、社長付担当部長として月額70万円の賃金を受けていたXは、ⅰ)当月分から20%減とするとの説明を受けた同年7月18日、既往の労働分に遡及しての減額できないと抗議したが、所定支払日である同月25日以降、56万円に減額された賃金を異議なく受け取り、ⅱ)約15%の減額提案には同意して、同年12月以降、月額47万9000円を異議なく受け取り続けた。しかし、Xは、翌14年8月に退社した後、これらの賃金減額は無効であるとして、差額と遅延損害金の支払いを求めて提訴した。
(2) 札幌高裁は、7月25日にXが異議なく賃金を受け取っていたことは、遡及しての減額もやむを得ないものとしたものとしてXの請求を棄却したが、最高裁は、ⅰ)既往の賃金債権の放棄の意思表示は、自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないところ、同月1日から24日の分については、明確な意思表示があったとは言えない、ⅱ) 賃金規程の規定振り(期中の変更は、高額の方を支払う旨)からすれば、25日から31日までの間も従前の賃金額になる、として同年7月分賃金の減額分と遅延損害金の支払いを命じ、その余の上告を棄却した。  
参照法条 労働契約法10条
労働契約法12条
労働基準法24条
労働基準法89条
労働基準法93条
体系項目 賃金(民事)/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生時期・根拠
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/就業規則の一方的不利益変更
裁判年月日 2003年12月18日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成15年(オ)996号 
裁判結果 原判決一部破棄、一審判決一部取消し(確定)
出典 労働判例866号14頁
審級関係 控訴審 札幌高裁/H15.3.27/平成14年(ネ)516号
評釈論文 名古道功・法律時報77巻4号98~102頁2005年4月
沼田雅之・労働法律旬報1601号24~27頁2005年6月10日
山川隆一・ジュリスト1297号162~165頁2005年9月15日
判決理由 〔賃金(民事)/賃金請求権の発生/賃金請求権の発生時期・根拠〕
〔就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/就業規則の一方的不利益変更〕
(前略)
3 Xの請求を棄却すべきものとした原審の上記判断のうち,平成13年7月分の賃金に係るXの請求を棄却すべきものとした部分は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。
  (1) 原審は,Xが平成13年7月25日に減額された賃金を受け取り,その後同年11月まで異議を述べずに減額された賃金を受け取っていた事実によれば,同年7月1日にさかのぼって賃金が減額されることも,Xはやむを得ないものとしてこれに応じたものと認めることができると認定した。すなわち,原審は,Xが同年7月25日に同月1日以降の賃金減額に対する同意の意思表示をしたと認定したのであるが,この意思表示には,同月1日から24日までの既発生の賃金債権のうちその20%相当額を放棄する趣旨と,同月25日以降に発生する賃金債権を上記のとおり減額することに同意する趣旨が含まれることになる。しかしながら,上記のような同意の意思表示は,後者の同月25日以降の減額についてのみ効力を有し,前者の既発生の賃金債権を放棄する効力は有しないものと解するのが相当である。
  (2) すなわち,労働基準法24条1項に定める賃金全額払の原則の趣旨に照らせば,既発生の賃金債権を放棄する意思表示の効力を肯定するには,それが労働者の自由な意思に基づいてされたものであることが明確でなければならないと解すべきである(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)。前記事実関係等に照らせば,原審の認定した同意の意思表示は,かかる明確なものではなく,Xの自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したということはできないから,既発生の賃金債権を放棄する意思表示としての効力を肯定することができない。したがって,Xは,平成13年7月1日から同月24日までの賃金について,従前どおり月額70万円の割合によりその支払を請求することができる。
  (3) なお,改正後の賃金規程においてはXの賃金を同月1日から20%減額する旨定められているが,改正後の賃金規程が同月24日以前に効力を生じていた事実は確定されておらず,具体的に発生した賃金請求権を事後に変更された就業規則の遡及適用により処分又は変更することは許されない(最高裁昭和60年(オ)第728号平成元年9月7日第一小法廷判決・裁判集民事157号433頁,最高裁平成5年(オ)第650号同8年3月26日第三小法廷判決・民集50巻4号1008頁参照)のであるから,改正後の賃金規程に上記の定めがあることは,前記結論に影響を及ぼすものではない。
  (4) また,改正後の賃金規程は,上記のとおり平成13年7月25日から効力を生じたものというべきところ,その18条に「月の途中において基本賃金を変更または指定した場合は,当月分の基本賃金は新旧いずれか高額の基本賃金を支払う。」旨の規定が置かれているから,同月分の賃金についてはなお従前の賃金額によることとなる。そして,上記のとおり,Xは,同日以降の賃金減額には同意しているのであるが,就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については無効とされ,無効となった部分は,就業規則で定める基準によることとされている(労働基準法93条)のであるから,Xは,同日から同月31日までの賃金についても,結局,上記賃金規程18条の規定により,より高額である従前の額の賃金(月額70万円の割合によるもの)の支払を求めることができるというべきである。