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ID番号 90015
事件名 地位確認、社宅明渡請求事件
いわゆる事件名 朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件
争点 組合員の労働条件を不利益変更する労働協約の規範的効力が争われた事案
事案概要 (1) 損害保険事業者Yは、A社鉄道保険部の保険業務を従業員ごと引き継いだ昭和40年以降、Xを含む元A社従業員とY固有の従業員の労働条件を統一するため労働組合との間で交渉を続けた結果、昭和47年までに、定年の取扱い(元A社従業員は63歳、それ以外の者は55歳)を除きほぼ統一した。しかしYは、昭和52年に多額の赤字を計上し経営再建を余儀なくされたことから、その一環として定年年齢を統一し退職金算定方法を一元化すべく組合と交渉した結果、昭和58年に定年を満57歳とすることで合意し労働協約を締結した。このため、昭和61年8月に満57歳となったXは、当該協約は労働条件を不利益に変更するもので無効であるとして、従前の定年63歳までの労働契約上の地位確認と従前の算定方法による退職金の支払いを求めて提訴した事案。
(2) 神戸地裁・大阪高裁ともに、極めて不合理であると認める特段の事情がない限り、労働協約の不利益変更の効力は不利益を受ける個々の組合員にも及ぶとしてXの請求を棄却し、最高裁も、Xが受ける不利益は決して小さいものではないが、当該協約に至った経緯、当時のYの経営状態、当該協約の内容全体としての合理性などに照らせば、一部の組合員を特に不利益に扱うなど組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、規範的効力を否定する理由はないとして棄却した。  
参照法条 労働組合法16条
体系項目 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働契約と労働協約
裁判年月日 1997年3月27日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成7年(オ)1299号 
裁判結果 棄却(確定)
出典 最高裁判所裁判集民事182号673頁
裁判所時報1192号22頁
判例時報1607号131頁
判例タイムズ944号100頁
労働判例713号27頁
審級関係 控訴審 大阪高裁/H7.2.14/平成5年(ネ)605号
第一審 神戸地裁/H5.2.23/昭和62年(ワ)44号/昭和63年(ワ)55号
評釈論文 野川忍・ジュリスト1132号164~168頁1998年4月15日
山本吉人・労働判例737号2頁1998年7月1日
清水敏・法律時報70巻8号108~111頁1998年7月
村中孝史・平成9年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1135〕223~225頁1998年6月
砂山克彦・労働法律旬報1435号20~25頁1998年7月10日
西谷敏・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕210~211頁2002年11月
宮里邦雄、高井伸夫、千種秀夫・労働判例920号94~97頁2006年11月1日
大内伸哉・月刊法学教室351号85~93頁2009年12月
毛塚勝利・労働判例百選<第8版>〔別冊ジュリスト197〕192~193頁2009年10月
判決理由 〔労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働契約と労働協約〕
(前略)(1) Yでは、昭和四〇年二月一日、A社鉄道保険部で取り扱ってきた保険業務を引き継いだのに伴い、同部に勤務していた者をそれまでどおりの労働条件で雇用することとなったが、それ以来、組合との間で、鉄道保険部出身の労働者とそれ以外の労働者の労働条件の統一に関する交渉を続け、昭和四七年までに、鉄道保険部出身の労働者の労働条件をそれ以外の労働者の基準まで引き上げることによって就業時間、退職金、賃金制度等の労働条件を順次統一してきたが、定年の統一については合意に至らないまま時が経過し、鉄道保険部出身の労働者の定年が満六三歳とされていたのに対し、それ以外の労働者の定年は満五五歳とされたまま推移した、
(2) Yは、昭和五二年度の決算において実質一七億七〇〇〇万円の赤字を計上するという経営危機に直面し、従来からの懸案事項であった定年の統一と併せて退職金算定方法を改定することを会社再建の重要な施策と位置付け、組合との交渉を重ねるようになった、
(3) その間、労使間の合意により、昭和五四年度以降退職手当規程の改定についての合意が成立するまでは、退職金算定の基準額を昭和五三年度の本俸額に凍結する変則的取扱いがされることとなった、
(4) 組合は、常任闘争委員会や全国支部闘争委員会で討議を重ね、組合員による職場討議や投票等も行った上で、本件労働協約の締結を決定し、昭和五八年七月一一日、これに署名、押印をした、
(5) 本件労働協約は、Yの従業員の定年を満五七歳とし(ただし、満六〇歳までは特別社員として正社員の給与の約六〇パーセントに相当する給与により再雇用のみちを認めるものとする。)、退職金の支給基準率を引き下げることを主たる内容とするものであるが、鉄道保険部出身の労働者の六三歳という従前の定年は、鉄道保険部が満五〇歳を超えて国鉄を退職した者を雇用していたという特殊な事情に由来する当時としては異例のものであったのであり、本件労働協約が定める定年や退職金の支給基準率は、当時の損害保険業界の水準と対比して低水準のものとはいえず、また、その締結により、退職金の算定に関する前記の変則的取扱いは解消されることになった、
(6) Xは、本件労働協約が締結された時点で満五三歳の組合員であり、Xに同協約上の基準を適用すると、定年が満六三歳から満五七歳に引き下げられて満五七歳の誕生日である昭和六一年八月一一日にYを退職することになり、退職金の支給基準率は71.0から51.0に引き下げられることになるというのである。
 以上によれば、本件労働協約は、Xの定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであり、昭和五三年度から昭和六一年度までの間に昇格があることを考慮しても、これによりXが受ける不利益は決して小さいものではないが、同協約が締結されるに至った以上の経緯、当時のYの経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。本件労働協約に定める基準がXの労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできないし(中略)、また、Xの個別の同意又は組合に対する授権がない限り、その規範的効力を認めることができないものと解することもできない。