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ID番号 90017
事件名 損害賠償請求、時間外手当等反訴請求、損害賠償等請求控訴事件
いわゆる事件名 エーディーディー事件
争点 コンピュータ会社Yが被った損害をシステムエンジニアXが賠償する義務があるか否か、Xの就労実態が専門業務型裁量労働制にあたるか否かが争われた事案
事案概要 (1) コンピュータ会社Yに平成13年5月の創業時よりシステムエンジニアとして、みなし労働時間を1日8時間とする裁量労働制の下で勤務していたXは、平成20年9月頃から、カスタマイズ業務にX自身やXのチームメンバーのミスによる不具合が多く発生するなどした後、平成21年2月には「うつ病」と診断され、同年3月に退職したところ、Yは、Xが業務を適切に実施しなかったあるいは取引先とのルールを守らなかったため損害を被ったとして、2,034万円を賠償するよう提訴したことから、Xが未払時間外手当・遅延損害金・付加金の支払いと安全配慮義務違反による損害賠償を求めて反訴したもの。
(2) 京都地裁は、Yが被ったとする損害は取引関係にある企業同士であり得るトラブルを原因とするもので労働者個人に負担させることは相当ではないとするとともに、Xの就労実態は専門業務型裁量労働制にはあたらず、管理職でもないとして、Yに約1,140万円の未払残業代と付加金の支払を命じた。両者の控訴を受けた大阪高裁は、時間外労働時間の計算方法を一部変更し、付加金額を変更したほかは京都地裁の判断を維持し、加えて安全配慮義務違反があったとして、Yに休業損害・慰謝料・弁護士費用を支払うよう命じた。  
参照法条 民事訴訟法第135条
体系項目 労働時間(民事)/裁量労働
裁判年月日 2012年7月27日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成23年(ネ)3329号 
裁判結果 一部認容(原判決一部変更)、一部棄却(確定)
出典 労働判例1062号63頁
審級関係 第一審 京都地裁/H23.10.31/平成21年(ワ)2300号/平成21年(ワ)3204号/平成22年(ワ)1444号
評釈論文 塩見卓也・季刊労働者の権利297号77~80頁2012年10月
山本圭子・労働法学研究会報64巻4号24~29頁2013年2月15日
山下昇・法学セミナー58巻7号115頁2013年7月
判決理由 〔労働時間(民事)/裁量労働〕
第3 1(中略)
2 XのYに対する損害賠償責任(争点1)について
 当裁判所も、Yが、Xに対し、労働契約上の債務不雇行による損害賠償請求をすることは信義則上許されないと判断する。(中略)
 この点、Yらは、Xは、Yにおいて管理監督者たる地位にあり、かつ、Yの株主でもあるから、一般的な労働者と同様に解すべきではなく、通常の債務不履行の要件に合致するかどうかで判断すべきである旨主張する。しかしながら、Xが管理監督者であるとは認められないことは後記4のとおりであり、XがYの株主(増資後の所有割合は2.5%)であることも、Xの労働者性を否定できる事実とはいえず、上記結論を左右しない。
 また、Yらは、Xは、F社との間の本件ルールに、故意又は重過失により違反した旨主張する。しかし、本件ルールのうち工数見積りを作業着手前に行うことに違反したという点については、F社の担当者であるA課長も、Yが着手後に見積もったかどうかは分からないし、着手後か着手前かの基準などあるわけがないと述べていること(〈証拠略〉)などに照らすと、違反の事実自体認め難いし、仮に違反があったとしても、その違反を行いYに損害を与えることにつき、Xに故意又は重過失があったと認めることはできない。また、確かに、本件ルールにおいて、24時間以内に不具合対応が完了しない場合、納期回答をすることになっていたのに、Xがこれを行わないこともあった(原判決18頁(9))が、本件全証拠によっても、これを行わずYに損害を与えることにつき、Xに故意又は重過失があったと認めることはできない。そして、その他Yらが指摘する点を考慮しても、本件において、Xが、故意又は重過失によりYに損害を与えたと認めることはできない。
3 専門業務型裁量労働制の適用(争点2)について
 当裁判所も、Xが行っていた業務が、労働基準法38条の3、同法施行規則24条の2の2第2項2号にいう「情報処理システムの分析又は設計の業務」であったということはできず、専門業務型裁量労働制の適用要件を満たしていると認めることはできないと判断する。(中略)
Yらは、ソフトウエアGのカスタマイズ及び修正作業を行うXらY従業員は、そのシステム全体を把握し、常にその分析をしながら、設計作業を進めていくものであるから、「情報処理システムの分析又は設計の業務」に当たる旨主張する。しかしながら、F社のA課長が、システムを作る仕事の一部分をYに指示書を出して発注していたと述べているとおり(〈証拠略〉)、XらY従業員が行っていた作業が、ソフトウエアGのシステムの一部につき、F社の指示に基づき、1、2週間程度(緊急の場合は、翌日とか2、3日とかいった場合もある。〈証拠略〉)の納期までに完成させるものであり、業務遂行の裁量性に乏しいものであることは否定できず、Xが実際に行っていた作業の内容を示す書面(〈証拠略〉)も、この点を左右するものではない。(中略)
4 管理監督者の適用(争点3)について
 当裁判所も、Xが、管理監督者に当たると認めることはできないと判断する。(中略)
5 時間外手当の額(争点4)について
(1) 上記3及び4からすると、Xについて、裁量労働制の適用はなく、管理監督者とも認められないので、Yは、Xに対し、時間外手当を支給すべき義務を負うことになる。(中略)そうすると、時効消滅していない平成19年7月から平成21年2月までの間の時間外手当の未払額は、165万5027円+397万2060円=562万7087円となる。(中略)前項の未払(ただし、Yの賃金の支払が毎月20日締め当月末日払であることは当事者間に争いがなく、Xが反訴状を提出してYに付加金の支払を請求したのが平成21年9月1日であることは当裁判所に顕著であるから、平成19年8月20日までの間の未払分に対する付加金については除斥期間を経過しているので、この分を除く。)に対する付加金としては、300万円の限度で認めるのが相当である。
6 YのXに対する不法行為責任又は債務不履行責任(争点5)について(中略)
(3)(中略) そして、これらによれば、Xは、Yでの業務における過度の心理的な負荷(売上げ目標の不達成、上司とのトラブル、2か月間の間に1か月当たり150時間を超えるような長期の時間外労働等)を原因として、平成20年12月中旬ころにうつ病を発症し、以後、平成21年2月までの間に、これが悪化したものと認められる。
 イ ところで、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであることなどからすれば、使用者(その代理監督者を含む。)は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)、専門型裁量労働制を取り入れていたとしても、使用者が上記義務を負うことは否定されないというべきである。(中略) これらからすれば、Yが、平成21年1月になってF社との担当窓口をXから別の者に変更したことなどを考慮しても、YないしXの上司は、Xが長時間労働などにより心理的負荷が過度に蓄積する状況にあり、これにより心身の健康を損なう危険があることを認識していたか、容易に認識し得たのに、その負担を軽減させるための適切な措置を採ることを怠り、その結果、Xのうつ病を発症、悪化させたものと認められるから、Yないしその代理監督者には、上記注意義務に違反した過失があり、Yは、Xのうつ病の発症及び悪化につき、不法行為(民法709条又は715条)に基づく損害賠償責任を負うというべきである。(中略)
 ウ 損害について
  (ア) 休業損害 10万5278円
(中略)上記うつ病により生じたXの休業損害の額は、(1万2294円×21日)-15万2896円=10万5278円であると認められる。
  (イ) 慰謝料 50万0000円
(中略)Xの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、50万円が相当と認める。
  (ウ) 弁護士費用 10万0000円
 前記(ア)及び(イ)の損害額や事案の内容等に照らすと、前記イの不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は、10万円が相当と認める。(中略)
7 被告甲野の責任(争点6)について
(中略)安全配慮義務違反の点については、被告甲野についても、従業員40名ほどという規模の会社であるYの代表取締役として、Xが長時間労働などにより心理的負荷が過度に蓄積する状況にあり、これにより心身の健康を損なう危険があることを認識していたか、容易に認識し得た(なお、〈証拠略〉によれば、被告甲野も、Xが勤務時間を記載した作業日報のメールを受信していたと認められる。)のに、その負担を軽減させるための適切な措置を採ることを怠り、その結果、Xのうつ病を発症、悪化させたものと認められるから、前記6(3)ウ(エ)の70万5278円の損害につき、Yと連帯して、不法行為責任(民法709条)を負うと解するのが相当である。なお、被告甲野が会社法429条の責任を負うとしても、その損害額は、上記認定額を超えるものではない。
8 結論
 以上によれば、Yの甲事件の請求は理由がないから棄却すべきであり、Xの乙事件及び丙事件の請求は、Yに対し、労働契約に基づき、未払時間外手当562万7087円及びこれに対する退職後の平成21年4月1日から支払済みまで賃金の支払の確保等に関する法律6条、同施行令1条所定の年14.6%の割合による遅延損害金の支払と、労働基準法114条に基づく付加金として、300万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払と、Y及び被告甲野に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、連帯して、賠償金70万5278円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年6月29日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求(当審におけるXの被告甲野に対する拡張請求を含む。)は理由がないから棄却すべきである。
 したがって、Y及びXの各控訴に基づき、これと一部異なる原判決を上記のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。