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ID番号 00166
事件名 地位保全等仮処分申請控訴事件
いわゆる事件名 日本電信電話公社事件
争点
事案概要  反戦青年委員会に所属し公安条例違反の現行犯で起訴猶予処分を受けたこと等を理由としてなされた採用内定取消の効力が争われた事例。
参照法条 日本国憲法14条,21条
民法623条
労働基準法3条,2章
体系項目 労働契約(民事) / 採用内定 / 法的性質
労働契約(民事) / 採用内定 / 取消し
裁判年月日 1973年10月29日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ネ) 1122 
裁判結果 取消却下
出典 労働民例集24巻4・5合併号473頁/時報722号25頁/タイムズ303号131頁/訟務月報19巻13号41頁
審級関係 一審/00191/大阪地/昭46. 8.16/昭和45年(ヨ)998号
評釈論文 阿久沢亀夫・法学研究〔慶応大学〕47巻1号105頁/阿久沢亀夫・労働法学研究会報1026号1頁/伊藤博義・労働判例189号33頁/細野光弘・地方公務員月報126号50頁/秋田成就・判例タイムズ308号80頁/斉藤健・公企労研究17号78頁/本多淳亮・昭48重判解説181頁
判決理由  〔労働契約―採用内定―法的性質〕
 本件見習社員契約の締結(採用内定)は、昭和四五年四月一日を契約効力発生の始期とするものであり、本件採用内定取消当時には、いまだ右始期は到来していなかったのであって、公社と被控訴人との間には具体的な労働契約上の法律関係は発生していないのであるから、労基法の立法精神が、もっぱら労働契約上の法律関係の存在を前提とし、そこにおける信条を理由とする均等待遇の原則を規定しているものである以上、労基法第三条の適用(同条にいう「労働条件」には「労働契約の締結」は含まれない)はこれを否定すべきであるが、もし本件採用内定取消(解約)が被控訴人の信条を理由とするときは、憲法第一四条の規定に違反し、民法第九〇条の公序良俗違反として無効といわなければならない。ところで信条とその現われと見られる行動とを区別して制限することは困難な場合があり、行動とくに違法性の軽微な行動によって生じた結果だけを切り離し、これに名を藉りて差別的取扱いを課することが許容されるならば、信条を保障した憲法第一四条の規定の適用が潜脱されるおそれがあるから、信条、信念による差別があるかどうかは、その差別が行動によって生じた結果に名を藉りたものかどうかを判断すべき必要があるわけである。ところで、被控訴人が所属する豊能地区反戦青年委員会は政治的な主義主張を貫徹するために結成された団体であって、その発行、配布する前記「A」によれば非合法活動を誇示し、武力斗争を標榜しているのであるが、被控訴人は同委員会の構成員として、他の構成員とともに大阪鉄道管理局前における無届デモに参加し、しかもこれを指揮し、いかに起訴猶予処分になったという比較的軽微な事件であるとはいえ、道路交通法、公安条例違反という具体的な越軌行為を集団的に行なったのであるから、公社が被控訴人を公社の職員として稼働させた場合、当時近畿電通局管内の局所で過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序を乱し業務を阻害する具体的な危険性があり、見習社員としての適格性を欠くと判断したのは首肯しうるのであって、控訴人がもっぱら被控訴人の政治的信条や政治的所属関係を嫌悪して差別し、その無届デモ参加、逮捕および起訴猶予処分に名を藉りて解約したものということはできない。したがって、本件採用内定取消(解約)が憲法第一四条の規定に違反し公序良俗に反して無効であるということはできないし、いわんや憲法第一九条(思想の自由)、第二一条(結社、表現の自由)に違反するものと解すべきではない。
 〔労働契約―採用内定―取消し〕
 本件見習社員契約は、被控訴人が再度の健康診断に異常があった場合には、これを解約原因の一つとして、公社において解約し得るものとし、その効力発生の始期を昭和四五年四月一日として締結されたもの(採用内定)であることは既に認定したとおりであるが、本件採用内定の取消は、昭和四五年四月一日をその効力発生の始期として締結された見習社員契約の解約(採用内定者の解雇)であって、採用内定者である被控訴人はいまだ具体的な就労義務を負うことなく、賃金も支払われていないのであるから、労働基準法の適用は受けないものであり、また、公社法第三一条公社準職員就業規則第五八条も直接その適用を受けないものと解する。しかし、本件見習社員契約がその効力発生の始期を昭和四五年四月一日として締結されたもの(採用内定)であるからといって、公社は自由にこれを取消(解約)し得るものではないのであって、もし解約事由なくして取消(解約)した場合は解約の要件を欠くものとして無効といわなければならない。そして、前記採用通知書には本件見習社員契約は被控訴人が再度の健康診断に異常があった場合にはこれを解約し得る旨明示しているが、本件見習社員契約締結(採用内定)の性質、目的に照らすときは、解約事由はこれに限定されたものと解すべきではなく、被控訴人が再度の健康診断に異常がある場合、その他公社において被控訴人が公社の見習社員として適格性を欠くものと認むべき事由がある場合にも、公社は内定者である被控訴人に対し、予告期間をおくことなく即時に解約をなし得るものと解するのが相当である。
 (中 略)
 公社はおそくとも昭和四五年三月二〇日被控訴人に対し本件採用内定取消を通告した当時には、右認定のような事実関係をほぼ認識していたことが認められるから、公社において被控訴人が単に反戦青年委員会に所属しているというだけでなく、非合法活動を誇示し、武力斗争を標榜する豊能地区反戦青年委員会に所属し、同委員会の構成員として昭和四四年一〇月三一日の大阪鉄道管理局前における無届デモを指揮し、起訴猶予処分になっているとはいえ、これに関連して法律違反の具体的越軌行為がある以上、公社の職員として稼働させた場合、当時前記のように近畿電通局管内の局所で過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序が乱され、業務が阻害される具体的な危険性があると判断したこと自体は十分首肯できるものがあるのであって、公益性、社会性の極めて強い企業体である公社が被控訴人には公社の見習社員としての適格性を欠くものと認むべき事由があるとしたことは不当とはいえない。けだし、いわゆる内定者については、見習社員の解雇基準におけると同様の裁量範囲を認むべき根拠がないからである。
 被控訴人が大阪鉄道管理局前において無届デモに参加し、道路交通法、公安条例違反により逮捕され、起訴猶予処分となった事案は、これを可罰的違法性の観点から犯罪の成立を否定すべきものであるとはにわかに断定しがたいところであるが、起訴猶予処分となったところよりみれば、これを軽微であると評価できないではなく、また、企業外の私行であることも当然であるけれども、本件は右事案を懲戒権(懲戒解雇)の対象として考察しようとするものでないことはいうまでもなく(もちろん企業外の非違行為といえども、当然には懲戒権の行使が制限されるわけでない)、いまだ公社の見習社員でなく、企業内の地位を持たない被控訴人が公社の見習社員として適格性を有するかどうかを判定するための資料とするものであって、公社は、公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的として設立した企業(公社法第一条)であり、公共性、社会性の極めて強い企業体であるところから、公社としては、本件事案に示すような被控訴人の具体的越軌行為を、既に認定したような各地区反戦青年委員会の多くの一連の過激な非合法活動と非合法活動を誇示し武力斗争を標榜する豊能地区反戦青年委員会に被控訴人が所属しているという背景の中で把え、被控訴人はたとえ機械職として非管理的労働を職務とするものであっても、右のような公共性、社会性の極めて強い企業体に見習社員として採用するときは、公社の職場の秩序が乱され業務を阻害される具体的な危険があると判断したのであって、このことによりいまだ企業内における地位を有していない被控訴人を(将来)公社の見習社員としては適格性を欠くと判断したものである。そして、従業員を企業外に排除する懲戒解雇の場合は、企業内の従業員につきその適格性の有無を判断するに必要な資料は豊富にあるのであるけれども、本件のように採用内定の段階で適格性の有無を判断するに必要な資料が豊富とはいえない状態においては、本件事案が軽微であり、被控訴人の企業外の私行であり、被控訴人が機械職として非管理的な職務を内容とするからといって被控訴人主張のように本件採用内定取消(解約)が解約の事由なくしてなされたものとは認めがたい。