全 情 報

ID番号 00252
事件名 不作為義務確認等請求事件
いわゆる事件名 イースタン・エアポートモータース事件
争点
事案概要  ハイヤー運転手が髭をたくわえることは労働契約上あるいは作業慣行上許されず適法な労務の提供といえないことを理由に使用者がなした下車勤務命令につき、個人の容姿の自由は個人の尊厳及び思想表現の自由の内容であり右命令には正当な理由がないとして、髭を剃ってハイヤーに乗務する労働契約上の義務のないことの確認を求めた事例。
参照法条 労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 服務規律
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 労働慣行・労使慣行
裁判年月日 1980年12月15日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (ワ) 2285 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 労働民例集31巻6号1202頁/時報991号107頁/タイムズ434号188頁/労経速報1070号3頁/労働判例354号46頁
審級関係
評釈論文 近藤昭雄・労働経済旬報1170号22頁/窪田隼人・季刊労働法120号124頁/林和彦ほか・労働判例374号4頁
判決理由  〔労働契約―労働契約上の権利義務―服務規律〕
 被告会社の系列会社の一であるA株式会社においても被告会社と同一の「乗務員勤務要領」を作成し、ハイヤー運転手を指導・養成していること、被告会社は、原告から本件訴訟が提起されたことに関連して都内の全ハイヤー営業会社に対し髭に関するアンケート照会をしたが、同社からの回答によれば(なお、右アンケートの回答者である同社の代表取締役は被告会社と同一人である)、同社は、「乗務員勤務要領」により口ひげを一般的に禁止し得るとの立場をとりながらも、なおそこにいう「ひげ」が「無精ひげ」かどうかあいまいであることを指摘していることが認められる。又、近時は、口ひげは個人の趣味・嗜好の問題として比較的一般に理解されるようになり、現に口ひげをはやす者も従前に比してその数を増していることは被告も自認するところであるが、右「乗務員勤務要領」が作成された当時においては、髭に対する観念が未だ一般化していなかった状況を考えると、口ひげに対する規制をも念頭においてこれを作成したと解することは困難である。かてて加えて、本件発生に至るまでの間、被告会社においては、海外旅行等に伴う事情があったとはいえハイヤー運転手が口ひげをはやしたままハイヤーに乗車勤務することを了知していた事実も認められるし、又、被告会社が右ハイヤー運転手や原告に対し口ひげを規制したのは、口ひげが「みっともなく、お客に不快感を与える」からであり、「就業規則には関係ない」ことを言明しているのであって、そうであるとすれば、被告会社は、右「乗務員勤務要領」の「ヒゲをそる」旨の箇条により従業員の口ひげをも一般的かつ一律に規制し得ると考えていたか否か甚だ疑問であるといわざるを得ない。むしろ、被告会社は、ハイヤー運転手に端正で清潔な服装・頭髪あるいはみだしなみを要求し、顧客に快適なサービスの提供をするように指導していたのであって、そのなかで「ヒゲをそること」とは、第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当である。
 〔労働契約―労働契約上の権利義務―服務規律〕
 ハイヤー運転手は、運転技術のみならず服装、みだしなみ、挙措、言行等についてもハイヤーサービスの提供にふさわしい品格を保持すべきであるとして、「乗務員勤務要領」によりサービス提供に関する一般的かつ基本的な事項を具体的に指示し、これを日常勤務の上で十分発揮することを徹底して教育し、その履践を求めていたものである。そうであるとすれば、右「乗務員勤務要領」は、被告会社の定める規則又は諸規程に該当しないとしても、被告会社が、ハイヤー業務の特殊性を直視してハイヤー運転手がハイヤーに乗車勤務する上で遵守すべき服装を規律したいわゆる業務上の指示・命令の一にほかならないと解するのが相当である。先にのべたとおりハイヤー運転手は、業務の性質上顧客に対して不快な感情や反発感を抱せるような服装、みだしなみ挙措が許されないのは当然であるから、被告会社がこのようなサービス提供に関する一般的な業務上の指示・命令を発した場合、それ自体合理的な根拠を有するから、ハイヤー運転手がそれに則ってハイヤー業務にあたることは、円満な労務提供義務を履行するうえで要求されて然るべきところである。
 (中 略)
 従って、原告は、「乗務員勤務要領」により指示された車両の手入れ、身だしなみを履践することはもちろん髭をそるべきこともまた当然である。
 〔労働契約―労働契約上の権利義務―労働慣行〕
 労働契約締結に際して当事者間に明示の合意のない事項についても、それが企業社会一般において、あるいは当該企業において慣行として行われている事柄である場合には、その慣行が労働関係を規律していると解する余地がある。しかし、右にいう慣行とは、当該慣行が企業社会一般において労働関係を規律する規範的な事実として明確に承認され、あるいは当該企業の従業員が一般に当然のこととして異議をとどめず当該企業内においてそれが事実上の制度として確立しているものであることを要する。