全 情 報

ID番号 00258
事件名 雇用関係存在確認等請求事件
いわゆる事件名 大日本印刷事件
争点
事案概要  会社と組合の夏季一時金交渉の継続中、組合員たる従業員らが、同業他社の一時金回答に関し誤った内容のビラを配布し、職場秩序を混乱させたとして出勤停止処分を受け、うち一名は事情聴取に非協力的であった等として普通解雇されたのに対し雇用関係の存在確認等求めた事例。(一部認容)
参照法条 労働基準法2章,89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 会社中傷・名誉毀損
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務妨害
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
解雇(民事) / 解雇事由 / 就業規則所定の解雇事由の意義
裁判年月日 1984年12月21日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (ワ) 11028 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報1139号129頁/タイムズ557号202頁/労働判例444号19頁/労経速報1210号3頁
審級関係
評釈論文 佐藤昭夫・早稲田法学61巻3・4合併号1頁
判決理由  〔労働契約―労働契約上の権利義務―業務命令〕
 そこで、次に、原告X1の本件事情聴取における態度について検討する。
 本件ではまず、原告X1に本件事情聴取に応じる義務があるか否かが問題となるが、仮に被告主張のように原告X1に右義務があるとしても、本来労働者がかかる事情聴取義務を負うか否かについては法的にも微妙な問題があるのである(最三判昭和五二・一二・一三民集三一巻七号一〇三七頁参照)から、原告X1の前認定の如き応答態度は、そこに一部不謹慎ないしは不真面目な点がみ受けられるにしても、他は事情聴取を受ける義務はないとする立場の表明とみるべきものであって、これをもって原告X1の被告会社に対する反抗的態度の徴表とみることは相当でないものといわなければならない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―会社中傷・名誉毀損〕
 他人の名誉を低下させるような表現行為であっても、それが公共の利害に関する事実にかかわり専ら公益を図る目的に出た場合には、その事実が真実であると証明された場合はもとより、たとえ真実であると証明されなくとも、行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときは、刑法上の名誉毀損罪はもとより、民法上の不法行為責任の成立も否定されると解するのが相当である(最大判昭和四四・六・二五刑集二三巻七号九七五頁、最一判昭和四一・六・二三民集二〇巻五号一一一八頁参照)。
 この理は、原告らの主張するように、本件支部ニュースの如き労働者の情宣活動により損害を被ったとして会社が行う解雇、懲戒処分についても妥当するものというべきであるから、右情宣活動の内容に虚偽の事実が含まれていたとしても、それが前記要件を充足するものである限り、それを理由として会社から解雇、懲戒処分を受けることはないものといわなければならない。
 (中 略)
 本件支部ニュースの内容に誤りがあったことについては当事者間に争いがないので、まず、原告らがこれを真実であると信ずるにつき相当な理由があったか否かについて検討する。
 (中 略)
 前認定の如き本件支部ニュース配布時の被告会社における緊迫した労使関係及び当時におけるA株式会社の追加回答が与える影響の重大性等に鑑みれば、A株式会社の追加回答に関するニュースの取材・作成・配布は、通常の場合よりも慎重になすべきことが要請されていたものと解されるところ、原告X2、同X1はBがA株式会社の一組合委員長であり、過去に誤ったことがない等のことから、単に念を押しただけで同人の回答を軽信し、杜撰な情報確認のもとに本件支部ニュースを作成・配布したものといわざるをえない。すなわち、原告らは、前記のような重大な局面においては浅野の所属する少数組合とは別の、直接団体交渉の席上追加回答を受けた多数組合にその回答内容を確認する等、少なくとも複数の情報筋から確認をとるべきであったのであり、またそれは可能であったはずである。そして、そうすれば本件誤報は回避しえたものと考えられるのであるから(現に、本件支部ニュース配布当日の朝には組合の執行委員は正確な情報をえており、原告らに誤報を指摘していることはすでに認定したとおりである。)、原告らには本件支部ニュースの誤報につき過失があり、誤信につき相当な理由があるものとはいえないといわなければならない。
 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告らは、本件支部ニュースの作成・配布につき免責されないものといわなければならない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―業務妨害〕
 本件懲戒処分についてこれをみるに、前認定の事実によれば、原告らは、被告会社の労使が夏季一時金交渉を巡って極めて緊迫した状況下にあった中において、労使ともに最大の関心事であったA株式会社の一時金回答について、誤報にかかる本件支部ニュースを作成・配布し、もって被告会社に業務上、営業上の支障を発生させたものであること、原告X2は右ニュースの発行生体の責任者として中心的役割を果したものであることなどに鑑みれば、原告らが翌日、訂正のニュースを配布したこと、誤報については故意になしたものではないこと、原告X3、同X4は右ニュースの作成には関与せず依頼されるままに配布行為に参加したにすぎないことなどの事情を勘案してもなお、右原告らに課せられた各出勤停止の懲戒処分は社会通念上必ずしも不合理とは断じえず、裁量権を逸脱した違法、無効な処分であるとすることはできない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―職務外非行〕
 原告らは、本件支部ニュースの作成・配布は、就業時間外に被告会社構外で政党の活動としてなされたものであるので、そもそも解雇権、懲戒権の対象にならない旨主張する。
 しかし、企業秩序の維持確保は、通常は労務提供の場である従業員の職場内、就業時間内の所為を規制の対象とすることにより達成しうるものであるが、必ずしも常に右所為を対象とするだけで十分であるとすることはできないのであって、たとえ、従業員の職場外、就業時間外の所為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものはこれを規制の対象とし、その程度に応じて解雇理由とすることも、また懲戒処分の理由とすることも許されるものと解すべきである(最一判昭和四九・二・二八民集二八巻一号六六頁参照)。
 これを本件についてみるに、原告らは、前認定のとおり、当時被告会社において労使ともに最大の関心事であった昭和五三年度の夏季一時金を巡る労使交渉が緊迫の度を加えている状況下において、被告会社と絶えず覇を競い、労働条件等について互いに影響し合っていたA株式会社の一時金の追加回答について誤った情報をもとに(これについて原告らに責任があることについては後記のとおり。)被告会社の提示額を非難する内容の本件支部ニュースを作成し、これを被告会社中央研究所前など職場外とはいえこれに近接した場所において、出勤途上の被告会社従業員を対象に配布し、その結果、被告会社の職場に混乱を生ぜしめ、ひいては被告会社に業務上、営業上の支障をもたらしたものである。かかる事情を考慮すると、本件支部ニュースの作成・配布は、被告会社の企業秩序に直接の影響を及ぼしたものというべきであるから、これが単に職場外、就業時間外の行為であるということをもって解雇ないしは懲戒処分の対象外の行為であるとすることはできないというべきである。
 〔解雇―解雇事由―就業規則所定の解雇事由の意義〕
 原告X1について、本件支部ニュースの作成・配布のほかに付加された事情聴取時の態度、日常の勤務態度等についてはそれ自体解雇理由たりえないか、解雇理由に値するほど重大なものとはいえないことになるから、同人に対し、その余の原告らと同様、本件支部ニュースの作成・配布を理由に出勤停止処分をもって臨むのであれば格別、それ以上にこれを理由として同人を解雇することは許されないものというべきである。
 結局、原告X1は、通常解雇事由を定めた被告会社の就業規則四九条五号の「業務に支障があるとき」に未だ該当するものとはいえないといわなければならない。したがってこれを理由になされた本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく解雇理由を欠くものとして不適法であり、かつ無効であるといわざるをえない。