全 情 報

ID番号 00297
事件名 慰謝料請求等事件
いわゆる事件名 国鉄九州地方自動車部事件
争点
事案概要  執拗に退職を勧奨して、休憩時間の自由利用を妨げたり、年休権の行使を妨げたりしたとして、国鉄に対して、不法行為に基づく慰謝料の支払、および退職勧奨の過程で出された配転命令の無効確認が求められた事例。(請求一部認容)
参照法条 労働基準法2章,39条4項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転・出向・転籍・派遣と争訟
年休(民事) / 時季変更権
退職 / 退職勧奨
裁判年月日 1977年3月9日
裁判所名 熊本地八代支
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (ワ) 45 
裁判結果 請求一部認容
出典 労働判例283号62頁
審級関係
評釈論文 籾山錚吾・ジュリスト671号145頁
判決理由  〔配転・出向・転籍・派遣―配転・出向・転籍・派遣と争訟〕
 3 ところで、労使間の法的紛争は使用者側の経営秩序、被用者側の生活安定のためにも早期に解決することが要請されているところ、原告は右認定のように本件転勤命令を受けた後、その効力を七年六か月有余も争わず、昭和五〇年一二月四日に至って初めてその無効を主張するに至ったものであって、これにあわせ、右認定のような本件転勤命令前後の事情を考慮すると、被告においても、原告において右のような本件転勤命令の無効を主張することはないものと正当に信頼し、本件転勤命令を前提として事実関係及び法律関係を形成してきたものというべく、このような事情のもとにおいては、原告はもはや本件転勤の効力を争い、無効を主張することは信義則上許されないものと解すべきである。よって、本件配置転換無効確認請求は、その余を判断するまでもなく理由がない。
 〔年休―時季変更権〕
 ところで、年次有給休暇の権利は労働基準法三九条一、二項の要件の充足により法律上当然に労働者に生ずるものであって、その具体的な権利行使にあたっても、年次有給休暇の成立要件として「使用者の承認」という観念を容れる余地はなく、したがって年次有給休暇の権利を取得した労働者がその有する休暇日数の範囲内で休暇の時季指定をしたときは、使用者による適法な時季変更権の行使がないかぎり、指定された時期に年次有給休暇が成立するのであり、使用者は同法三九条三項但し書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合において」他の時季にこれを変更指定できるにすぎないところ、前掲第二、二、2掲記の各証拠によれば、本件の場合原告はその有する休暇日数の範囲内で休暇の時季指定をしたことが認められるうえ、被告の不承認(なお年次有給休暇請求権の前述の趣旨に鑑み、右「不承認」は法律上使用者による時季変更権行使の意思表示とみるのが相当である)の理由たる退職勧奨のため原告を予備勤務に従事させることの必要性は前記「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当しないことは明らかであるから、本件の場合、原告の請求により原告の指定した日に有給休暇が成立し、その日の労働義務が消滅したものというべきである。しかるに被告は原告に対し退職勧奨をするために原告の有給休暇を承認せず予備勤務に就くことを要請したばかりでなく、これに応じない原告を後日欠勤扱いにしてその日の賃金をカットしたものであるから、被告の右措置は労働基準法三九条に反する違法、不当なものというべく、かかる違法、不当な措置によって原告に対し退職勧奨行為に応じることを求めることは前記説示の退職勧奨として許容される限界を越えたものといわなければならない。
 〔退職―退職勧奨〕
 退職勧奨は、これを行う使用者の側からみれば定年制のない被用者に対して自発的に退職することを促すための説得等の事実行為であり、それ自体被勧奨者に対して何ら法的効果を発生させるものではない。もっとも、右が使用者及びその委任を受けた者によってなされるときは雇傭契約の合意解約の申入れあるいは誘因という法律行為の性格もあわせもつ場合もあるが、いずれにしても退職するかどうかはあくまでも被勧奨者の自由な意思決定に委ねられているのみならず、勧奨行為それ自体に応じるかどうかについても自由であって、いかなる場合にも勧奨に応じなければならない義務はないものと解するのが相当である。
 (中 略)
 しかしいずれにしても、さきの退職勧奨本来の性質に照して考えれば、勧奨行為が、被勧奨者の勧奨に応じるかどうか、また応じたうえで退職すべきかどうかという二面における自由な意思決定に対し、不当な心理的圧力を加えて退職を強制したり、あるいは任意退職を拒否する被勧奨者に対して合理的理由に乏しい不利益を与えるなどの形で行われることが許されないのはいうまでもないことであって(ちなみに《証拠略》によれば、前記説示の組合との間の「退職者の取扱いに関する了解事項」においても退職の意思表示を強要しない旨規定されている。)、このような勧奨行為は違法な権利侵害となり不法行為を構成するといわねばならない。
 (中 略)
 右昭和四六年三月一〇日から同月一四日に至るまでの勧奨をするための種々の処置及びこれに基づく勧奨行為は被告及び被告からの指示、もしくは委任に基づいて、前記のような被告の地位にあるY1、Y2、Y3、Y4及びY5(同人らがいずれも原告主張のような被告の職員であることは当事者間に争いがない。)がなしたものであるから、被告は民法七〇九条により、右違法な一連の処置ないしは勧奨行為によって原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。
 4 原告の損害
 原告は、本来その権利である年次有給休暇を合理的理由なく否定され、そのうえこれを了とせず欠勤するや賃金カットを受け、また前記のような業務命令に基づき出勤したところを前認定のように長時間に及んで勧奨を受けたものであり、原告は右一連の被告ないしはその職員による処置ないしは退職勧奨により、それ相当の精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認することができ、このような原告の精神的苦痛は応分の金員をもって慰藉されるべきである。ところで、原告はすでに賃金カット分の支払を被告から受けていること、本件勧奨によっても未だ退職するに至っていないこと、原告の言動の中には、被告をして昭和四六年三月には原告が円満退職するとの判断を抱かせるのも無理からぬ面があったことなどの事情を考えると、右慰藉料の額は金三万円とするのが相当である。