全 情 報

ID番号 00306
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 丸紅事件
争点
事案概要  使用者のなした配転について係争中に、更に配転を命じたことにつき、権利の濫用である等として、右配転の効力の停止を求めた仮処分事件。(申請却下)
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣 / 配転命令権の濫用
裁判年月日 1979年7月19日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 決定
事件番号 昭和54年 (ヨ) 333 
裁判結果 却下
出典 労働民例集30巻4号804頁/時報946号118頁/労経速報1023号13頁/労働判例326号54頁
審級関係
評釈論文 小山昇・判例評論259号48頁
判決理由  〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令の根拠〕
 申請人は大学卒の幹部候補社員としてその職種を限定されず、勤務場所は全店(全世界)に及ぶという条件のもとに被申請人に入社したものであるが、職種や勤務場所についての限定がないからといって、これら労働条件が雇用契約の内容になっていなかったと判断するのは相当でなく、かえってその職務内容の非限定性、勤務場所の広汎性からみると、大学卒の幹部候補社員にとっては、右各条件は重要な要素というべく、申請人は契約締結の際右各条件を充分理解しこれを承諾して入社したものと認めるのが相当である。すると右職種や勤務場所は、雇用契約の内容をなしていたものというべく、ただその契約における定め方として、右学歴にふさわしい処遇を受けることを期待して右労働条件については具体的に定めることをせず使用者たる被申請人に包括的な決定権を委ねたものというべきである。すると被申請人は契約の本旨に従い、業務上の必要性に応じて申請人の職種、勤務場所を個別的同意なしに決定、変更しうる権限を有すると認められる。そしてその権限行使は正当な範囲に止むべきで濫用してはならないことは当然である。本件配転命令も、かかる被申請人の変更権の行使に他ならないところ、右権利行使は前記の如く労働条件の重要な部分の変更をもたらすものであるから、その法的性質は単なる日常の労務指揮権(事実行為と解される)の範ちゅうにとどまらない。右は雇用契約によって被申請人に与えられた形成権の行使と解され、それによって申請人の法的地位に変動を生ずると解されるから、権利濫用にわたるとして紛争を生じた場合などその権限行使の当否は当然民事訴訟の対象となりうると解する。
 〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令の根拠〕
 元来、人事厚生部付は臨時的、変則的な職場であり(右部付への配転命令自体の当否は別件訴訟で争うべき事柄である)、被申請人としては早晩申請人を含め就労可能な同部付従業員の再配転を図らねばならない必要があったと認められ現に申請人にも右部付から離脱して本来的職場への復帰を望んでいた。別件訴訟は右部付からの離脱を目的としたものということができ、したがって部付の在籍期間が一年という短期間であることは、本件配転命令の不当性につながるものではない。そして、被申請人が申請人の配転先を探すに際し、申請人の希望する名古屋支社には受入先がないため国内の東京本社に勤務場所を求めたことは無理からぬことというべきであり、被申請人の営業所が全世界に散在していることを考えると、むしろ好意的ともいえる。これに伴なう従来の営業部門から管理部門への職種変更も、前認定の如きマンネリ打開の目的を有するものであり恣意的なものではない。しかもいずれも一般的事務たることに変りなく申請人の学歴、経験からみると管理部門の事務が営業部門に比して処理困難であるとか、特に申請人に負担を課するものとも認められない。しかも営業部門から管理部門への異動であるが同じく建設関係の部門であって、申請人の従前の業務経験及び簿記の知識を活用しうることにも配慮した配転ということができる。しかも申請人は入社以来一七年間もの長きにわたり名古屋支社に在籍していることにも鑑みれば、人選の妥当性にも問題はない。以上によれば、本件配転命令は相当な理由に基づくものと認められる。
 〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令権の濫用〕
 申請人は東京へ転勤することによって妻子と別居せざるをえなくなり、子供の養育についても妻の申請外A一人にその負担がかかることになるなど、二重生活による相当の経済上、精神上の不利益を蒙ることが推測される。しかし、別居するとしても当然のことながら申請外Aの収入には変化がなく、申請人には東京において単身者用の宿泊施設が用意され、別居手当も支給されるというのであるから、別居によって生活上甚大な不利益が生ずるとは到底認め難く、元来、一般職従業員である申請人には転勤がありうることであり、それによって共稼ぎ夫婦である申請人ら夫婦が申請外Aが退職しない限り別居せざるをえなくなることは、申請人らにとって入社の時期に当然予想すべき事態であったといえるから、これを理由とする申請人の権利濫用の主張は失当である。
 〔配転・出向・転籍・派遣―配転命令権の濫用〕
 申請人が東京に転勤すれば、弁護士との打合せなどの訴訟準備、口頭弁論期日への出廷等別件訴訟追行の便が現在より遥かに悪くなることは容易に想像しうるところである。
 しかしながら、当裁判所に顕著な事実によれば、別件訴訟において申請人は六名の訴訟代理人を委任しており、口頭弁論期日はおおむね一・五か月に一回の割合で開廷され、現在までに七回の期日が重ねられていることが認められる。そして主張の段階にあっては、申請人本人としては必ずしも自ら口頭弁論期日に出廷する必要はなく、出廷する場合も、東京―名古屋間の往来に要する時間は比較的短時間であり、約一・五か月に一回の割合の開廷であるから弁護団との事前折衝等の時間を考慮に入れても、年間の訴訟追行に要する時間は有給休暇をとることによって十分賄いうると考えられるし、そのための交通費、連絡費等の出費の増加も訴訟当事者として受忍できない程のものとは考えられない。仮に申請人の出廷困難のため訴訟追行に支障をきたすときは、民訴法三一条によって移送の申立をすることも可能であり、被申請人は現段階から右移送に同意の意思を表明している。そして、訴訟追行の不便を理由に転勤命令を拒めるとすれば、申請人は別件訴訟係属中は事実上勤務場所を特定されることになり、かえって不当な結果を招くというべきである。