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ID番号 00333
事件名 出向命令効力停止仮処分申請事件
いわゆる事件名 セントラル硝子事件
争点
事案概要  「業務の都合により、職場の移動、転勤又は他社に出向させることがある。」「前項の場合、従業員は正当な理由なくしてこれを拒むことはできない。」という就業規則の規定に基づき、二八年間にわたり宇部市所在の工場に勤務してきた従業員に苫小牧市に新設の子会社への出向命令を下した会社に対して出向命令の効力停止が求められた仮処分事件。(申請認容)
参照法条 民法625条
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
裁判年月日 1977年7月20日
裁判所名 山口地
裁判形式 判決
事件番号 昭和51年 (モ) 142 
裁判結果 認容
出典 労働判例281号46頁
審級関係
評釈論文 矢邊學・季刊労働法107号123頁
判決理由  まず、本件出向命令は、被申請人が申請人をして契約当事者ではないA会社において勤務させ、申請人はA会社の指揮の下に就労することになるから、労務請求権の無断譲渡を禁止する民法第六二五条に違反して無効ではないかとの疑問が存する。しかし、(証拠略)によれば、被申請人の反論第4項の(一)ないし(七)の事実が一応認められ、右事実によれば、A会社は、被申請人の一工場と同視しうべきであって、本件出向命令が直ちに民法第六二五条に違反するものとはいえず、転勤命令としてその効力の存否を判断すれば足りることになる。
 次に、一般に労働契約においては、提供すべき労務の内容はもとより、就労の場所も債務の重要な要素として契約の内容であるから、これの変更には原則として、当事者間においてあらたに申込と承諾の存することが必要であり、転勤命令は、労働者の承諾がない限り、法的な効力の生ずる余地はないこととなる。しかしながら、労働契約の内容は、各事例に応じて極めて多様であって、当事者にとって労務の内容や労務提供の場所が労働契約の内容にはなっておらず、専ら使用者が業務の都合により一定の範囲内でこれを自由に変更しうる契約とみるべき場合も存在すると考えられるから、転勤命令の効力の有無の判断にあたっては、前記労働契約の原則を基本におきつつ、具体的な労働契約の内容に即して、右原則がどの限度まで修正を受けているかの検討をまたなければ、これをなすことができない。
 (中 略)
 本件当事者間の労働契約のうち、労務提供の場所についての合理的な意思解釈としては、被申請人が、その主張のように、就業規則第三三条と前記労働協約の存在とによって、従業員を異動せしめうる包括的な形成権能を取得し、ただ場合により右権限の濫用の問題が生ずることがあるにとどまる、ということはできず、被申請人が正当な事由をもってすれば形成的に転勤命令をなしうる権能を有するものと解するのが相当である。
 してみれば、被申請人の本件出向命令の意思表示は、一の形成権の行使であるから、その要件の存否により、有効・無効が判断されることになり、裁判所が判断の対象となしうるものである。そうして、右正当事由存否の判断の要素としては、右に判示したところより明らかなとおり、まず第一に被申請人に従業員を出向せしめなければならない業務上高度の必要が存することであり、第二に、出向により従業員が受けるべき不利益が存在しないか或いは小さいことであり、第三に、被申請人が出向命令をなすにつき、労働契約上要請される信義則を尽したことである。右三つの要素は、これらが揃って前記正当事由を理由づけるものであるが、いずれも本来的に程度にかかわることであるから、各々の個別的な判断のみではなく、総合したうえ正当事由の存否を決すべきことと考えられる。
 (中 略)
 被申請人の本件出向命令をなす業務上の必要と申請人のこれによる不利益はともに肯認されるところ、後者が極めて高いと判断されるのに対し、前者については、以下に記すように決して不可避のものではなく、他の方法を講ずることによって業務の円滑な遂行をそれ程の困難を伴うことなくなしうるものである。
 叙上のところを要約し、判断すれば、被申請人は、A会社の人員捻出と具体的な人選にあたって、専ら会社の業務の都合を優先せしめ、長年被申請人企業の発展に功績のあった従業員を遠隔の地に出向させた場合の犠牲に十分顧慮を払うことなく、これを遂行しようとしたため、一六人の捻出のために一四名の退職者を出し、他にとりうる方策があるにもかかわらず、いわゆる幹部あるいはその候補者ではない申請人にも前記の如き苦痛・犠牲を強いようとするものであって、長期に亘る継続的な労働契約の特質に照らして、著しく信義誠実の原則に反し、結局、本件出向命令には正当事由が存しないというほかはなく、無効である。