全 情 報

ID番号 00348
事件名 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 セーラー万年筆事件
争点
事案概要  使用者による部長職からの解任等につき、人事権の濫用であるとして、部長職の地位にあることの確認等を求めた事例
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 就労請求権・就労妨害禁止
賃金(民事) / 賃金の範囲
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務能力
裁判年月日 1979年12月11日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和52年 (ワ) 9849 
裁判結果 棄却
出典 労経速報1035号6頁/労働判例332号20頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔労働契約―労働契約上の権利義務―就労請求権・就労妨害禁止〕
 雇用契約においては、被雇用者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担する法律関係にあるが、雇用契約等に特別の定めがある場合または業務の性質上被雇用者が労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除いて、被雇用者が使用者に対して就労請求権を有することはないと解するのが相当である。
 これを本件についてみれば、原告が被告会社に対して就労請求権を有すると認めるに足る特段の事情は存在しない。したがって、原告の主張が、被告会社により、就労請求権を侵害された旨の主張であれば、理由がないことになる。
 しかし、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げた場合には、就労請求権という具体的な権利に対する侵害が存在しなくとも、なお、就労させないことが違法性を帯び、不法行為の成立を認める余地があると解するのが相当である。
 原告の就労を妨げたとの主張は、右のような主張と善解できるので、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げたか否かについて、検討するに、本件全証拠によっても、被告会社が積極的な故意をもって善良の風俗に反する方法で原告の就労を妨げたとまで認めることはできない。
 かえって、以下に認定の事実によれば、被告会社が原告に仕事を担当させなかったのは、原告が被告会社の利益に反する言動をとったことを原因とするものであり、やむを得なかったものと認められる。
 〔賃金―賃金の範囲〕
 被告会社における定期昇給は、被告会社の査定に基づき行われ、昇給額は、各人の能力、技量、勤務成績などを考慮して、被告会社の裁量によって決定されると認めるのが相当である。したがって、被告会社の従業員は、被告会社に対し、当然に昇給を請求する権利を有するものではなく、また、被告会社の昇給査定は、その裁量権の範囲をこえまたはその濫用があった場合に限り、違法であると解される。
 これを本件についてみるに、原告の定期昇給額は、他の部長に比べ低額ではあるが、前示第二、一、3で認定した事実に照せば、原告の昇給額が他の部長に比べ低かったことをもって、被告会社の査定が、その裁量権の範囲をこえた、あるいは、その裁量権を濫用したものであると推認することはできず、他に裁量権の踰越ないし濫用を認めさせるに足る証拠はない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―職務能力〕
 使用者が被雇用者をいかなる役職に就けるか、あるいはその役職を解くかは、雇用契約、就業規則等に特段の制限がない限り、雇用契約の性質上、使用者が、業務上、組織上の必要性、及び、本人の能力、適性、人格等を考慮して、自由に決定する権限を有していると解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、被告会社の右権限を制限する特段の事情は認めえないから、被告会社は、原告を役職に任命、解任する裁量権を有していると認められる。そして、本件解職処分が、その裁量権の範囲をこえまたはその濫用があったと認めるに足る証拠はなく、他に本件解職処分が無効であると認めるに足る証拠はない。