全 情 報

ID番号 00518
事件名 仮処分申請事件
いわゆる事件名 日本炭業事件
争点
事案概要  試用期間中の労働者に対する経歴詐称を理由とする解雇に対して被解雇者が解雇の効力停止の仮処分を申請した事例。(申請認容)
参照法条 労働基準法20条
体系項目 解雇(民事) / 解雇事由 / 経歴詐称
解雇(民事) / 解雇予告と短期契約
裁判年月日 1954年12月28日
裁判所名 福岡地
裁判形式 決定
事件番号 昭和29年 (ヨ) 563 
裁判結果
出典 労働民例集5巻6号661頁/労経速報240号7頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔解雇―解雇事由―経歴詐称〕
 経歴を詐称したことが従業員として不適当と認められるためには、詐称した経歴が客観的にみて当該企業の能率乃至採算に影響を及ぼす場合であるか又は、経歴を詐称するという行為によって当該従業員がその企業の全労働秩序をみだし或は使用者との間の信頼関係を破る場合であることを要する。
 これを本件についてみるに、申請人が昭和二十四年迄シベリアに抑留されていたこと及び前勤務先で組合専従者をしていたことがあることは、そのために申請人が被申請人の従業員たる適性において欠けるところがない限り何ら企業の採算乃至能率に客観的な影響を及すものではないと云わなければならない。而して、Aの陳述書(第一回)によると、申請人の勤務成績については何ら非議すべきところはないことが明かであるから、かかる経歴そのものは、申請人を従業員として不適当と認める理由にはならない。つぎに、経歴を詐称するという行為が、全労働秩序乃至は被申請人との間の信頼関係にどのような影響を及すかの点であるが、これは申請人が被申請人の企業において占める地位と詐称した経歴の性質との関連において考えるべきものである。従ってその意思に基かないいわば不可抗力によるシベリア抑留の事実や、労働者に当然認められている組合活動をした事実をいつわったからといって、それ丈で直ちに申請人を排除しなければ被申請人の全労働秩序がみだれたり、被申請人との間の信頼関係が破れたりするものとは到底為し難い。けだし労働関係というものは、被用者の提供する労働力を中心として形成された関係であって、決して使用者、被用者間の全人格的な関係ではないのであるから企業における労働秩序乃至信頼関係も、この観点から考察されることを要するのであって、(結局)本件解雇はその実質的要件をも欠くものといわなくてはならない。
 〔解雇―解雇予告と短期契約〕
 申請人に対する解雇予告が昭和二十九年八月二十八日に、同年九月二十六日を以て解雇するとして為されたことはすでに認定したとおりである。してみると労働基準法等において期間の計算につき民法と別異の規準によるべき特段の理由は何等存しないのであるから、右予告は所定の三十日に一日不足する瑕疵あるものである。してみれば右解雇予告即ち解雇の意思表示は右瑕疵により無効であるといわなければならない。けだし、試用期間中の者に対し被申請人は右認定のような相当大幅な解雇権を有する以上、その行使の形式的要件を厳格に解しても被申請人に対して特に難きを強いることにはならないし、しかも予告期間の如きは使用者として解雇にあたり当然遵守すべきところであるからである。