全 情 報

ID番号 00936
事件名 従業員地位確認等請求事件
いわゆる事件名 日本通運事件
争点
事案概要  貨物自動車による運送乗務員が、約一年間会社の指定外経路を反覆運行して、政党機関紙の購入、配布をしていたことを理由として懲戒解雇されたので、地位確認、賃金支払を請求した事例。(請求一部認容)
参照法条 労働基準法24条,26条,89条1項9号
民法1条3項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 休職処分・自宅待機と賃金請求権
賃金(民事) / 休業手当 / 休業手当の意義
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の限界
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒手続
裁判年月日 1972年10月13日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 昭和42年 (ワ) 7210 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 時報697号93頁/タイムズ292号321頁
審級関係
評釈論文 青木宗也・判例評論178号37頁
判決理由  〔賃金―賃金請求権の発生―リボン・ハチマキ等着用と賃金請求権〕
 〔賃金―休業手当―休業手当の意義〕
 前掲甲第二号証(労働協約書)によれば、労働協約第五〇条は休職期間と賃金との関係につき、本件の第四七条第七号の休職事由の場合、休職期間中賃金を支払わないと定めるとともに基準内賃金の全部または一部を補償することがある旨規定している。しかしながら、使用者が労働者の就労を拒否し賃金債務を免れるためには使用者の責に帰すべからざる事由にもとづくことを必要とすることは民法第五三六条第二項、労基法第二六条から明らかである。したがって、右協約の規定が、従業員において懲戒委員会の審査に付されたことを理由として休職を命ぜられた場合、このことから形式的一律的に賃金を支給しない旨を一般的に規定した趣旨と解するならば、右協約の規定は、この点で前記労基法の賃金支払保障の強行規定の趣旨にもとり無効となる筋合であるが、協約の規定は可能な限り合理的、かつ、有効に解するのが協約締結当事者の意思に副う所以であり、右協約の規定は前記休職を命ずるにいたった事由が会社の責に帰すべからざる事由に該当する場合に限って、会社は賃金の支払を免れるものとし、賃金支払債務を負担する場合にその範囲を基準内賃金の限度において会社の裁量に委ねる趣旨のものと解するのが相当であるから、前記労働協約第五〇条の規定をもって無効であるという原告の主張は採用できない。
 前認定のとおり、前記休職制度は、懲戒的色彩を有するものではなく、懲戒委員会の審査に付せられた従業員を懲戒未確定の段階とはいえ、懲戒委員会の審査中同人を就労させることによって、企業の対外的信用や職場秩序に与える悪影響を予防するために、一時的に当該従業員を職務から遠ざけるものであり、また、前記懲戒委員会設置の趣旨機能にてらしても、懲戒処分が決定されるまでの間従業員は本来諸般の処遇上十分保護されるべきもので、いやしくも懲戒処分前の暫定措置たる機能を有する前記休職に制裁としての機能を付与する結果となってはならないことはいうまでもない。先きに判断したとおり、原告に対する本件休職自体が是認せられる理由は、同人を審査期間中就労させることにより職場の他の従業員に与へる悪影響を予防する点に求められ(原告から正常な労務の提供が期待できないとか、あるいは同人の就労により被告会社の対外的信用を失墜させるおそれがあるとかの事情は本件でこれを肯認するに足りる証拠はない)のであるから、原告が懲戒委員会の審査に付せられたこと自体は、同人の非違行為に起因するとしても、本件で同人を休職処分に付してその就労を拒否するにいたったのは、結局被告会社の職場秩序の維持、すなわち、企業経営的配慮に由来するものとみるのが相当であるから、前記休職の事由は、被告会社の責に帰すべからざる事由に該当するものとは直ちに断じ難い。
 そうすると、被告は原告に対する本件休職によっては、その間の賃金支払債務を拒否できない筋合となるが、前記のとおり前記労働協約第五〇条は、右賃金支払債務の範囲を基準内賃金の限度内で被告の裁量に委ねているものと解すべきところ、使用者の責に帰すべき休業の場合に労働者に対し最低限度平均賃金の一〇〇分の六〇に相当する手当の支払を保障する前記労基法第二六条は本件休職の場合にも適用があるものと解するのが相当であって、前記協約の定める賃金支払債務の範囲についての裁量は、右労基法第二六条の定めに抵触する限度(基準内賃金の全部または一部の支払が平均賃金の一〇〇分の六〇を下廻る場合)において無効のものといわねばならない。
 よって、昭和三六年五月九日以降昭和三七年六月五日に至る間の原告の休職期間中の賃金等請求は原告の休職前の平均賃金を基礎とし、その一〇〇分の六〇に相当する金額の範囲内で正当とすべきであり、しかして、その金額は後記賃金の項で判断するとおりである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒権の限界〕
 以上検討したとおり、原告の所為は、就業規則第八四条第三号の懲戒事由に該当するが、前認定のとおり就業規則第八四条は懲戒処分として懲戒解職以外に情状により謹慎または左遷に処することがある旨規定しているから、原告に対する本件解職処分が是認されるためには原告を解職以外の軽い処分に処する余地のなかったこと、換言すれば、原告の所為が重大かつ悪質で、情状酌量の余地がなく、原告を企業から終局的に排除するに値する程度の情状の存することを必要とするものというべきである。
 (中 略)
 以上検討したところによれば、被告会社が多数の運転手を擁して職場秩序の確保に技術的に困難な運送業務を営んでいる業態の特殊性からして、原告の所為に対し、職場秩序の確立のために厳格な態度をもって臨まんとしたことは十分諒とせられるところであるが、他面前認定のように原告の立寄行為は自己の利益を図ったものとはいえ、前記運行経路指定の趣旨とその運用の実態からみれば、運行目的を著しく逸脱したものとはいえず、立寄行為も長期にわたったとはいえ、その所要時間はいずれも寸時に等しくそのため被告会社の企業経営にさしたる支障損害を与えるものではなかったうえ、原告が被告会社に発覚後は直ちに立寄行為をやめて一応の反省を示していた点など諸般の情状をしんしゃくすれば、原告の前記懲戒事由は著るしく悪質かつ重大で、原告を企業から終局的に排除しなければならない程度のものということはできない。
 4、右のとおりとすれば、本件解職処分は、その実質において懲戒処分にほかならないこと既に判断したとおりであるから、被告会社において、原告の将来を考慮したうえ、退職金の支給等で有利な取扱をうける就業規則第七〇条第一〇号に依拠して普通解職の途を選んだ点を考慮しても、原告の右所為に対する制裁としては均衡を失し重きにすぎるものといわねばならない。したがって、本件解雇は懲戒権の濫用として無効のものである。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒手続〕
 懲戒委員会の審査に付されたことを理由とする休職は、懲戒処分の先行措置として、同委員会の審査中従業員の意に反して業務から暫定的に排除するものであるうえ、《証拠略》によって明らかなとおり、右休職期間は原則として勤続期間に算入されないし(第四九条)賃金も原則として支給されない(第五〇条第一項本文)ことからすると、右休職は従業員に著るしい不利益を与えるものであり、また、懲戒委員会は懲戒の公正を期するため設けられたものであって、懲戒処分の確定前にあっては、従業員の身分上の処遇につき必要以上に不利益が課せられるべきものでないことからしても従業員を懲戒委員会の審査に付したことを理由として、休職を命ずるには右休職制度が設けられた趣旨、目的にてらし、懲戒処分未確定の段階において、なお、当該従業員を暫定的にせよ業務から排除することを必要とするに足りる合理的、客観的理由がなければならないものというべきである。すなわち、右休職制度の趣旨、目的は懲戒委員会の審査に付した当該従業員を懲戒処分未確定とはいえ、その審査期間中就労させることによって会社経営上の妨げとなるような事態を招来することを可及的に回避するための予防的措置を講ずる点にあって、懲戒処分に先行する暫定的措置にすぎず制裁としての懲戒処分とは本来性格を異にするものと解すべきである。したがって、右休職が許容される合理的客観的事由としては、懲戒委員会の審査に付された事由が、情状からみて相当重大な懲戒事由に該当し、それに相応する懲戒権の発動が予想せられる場合において、右事情から、当該従業員を審査期間中就労させても正常な労務の提供が期待できないとか、当該従業員を就労させることによって他の従業員に好ましくない影響を与えて職場秩序をみだすおそれがあるとか、あるいは企業の信用を失墜するおそれがあるなど同人を業務から暫定的に排除することを止むを得ないとするにたりる理由がなければならないものと解するのが相当である。いま、本件についてこれをみるに、先きに認定したとおり、たしかに、原告は休職に処せられる以前の昭和三六年四月初めごろに立寄行為を中止し、以後同種行為を再発する懸念はなかったといってよいが、懲戒委員会の審査に付せられた原告の所為は業務と無関係になされたものではなく、業務従事中に反覆継続してなされた非違行為であって、原告主張のように事案軽微なものとはとうてい認め難いうえ《証拠略》から明らかなとおり、被告会社は大阪支店だけでも原告と同一職種に属する従業員を数百名も抱え、これら従業員の大部分は貨物自動車に乗務して運送業務に従事することから、一旦作業場を離れると被告会社においてその職場規律の維持を確保することは技術的に諸種の障害を伴い困難であり、専ら個々の従業員の規律ある良心的行動に依存しなければならない特殊な業態であるから、原告の前記所為の態様は、職場秩序維持の観点からみて、被告会社としてはこれを放置し得ないものというべきである。のみならず、助手達の中には現に立寄行為をする原告と業務を共にすることを嫌い被告会社に組替えを要求した者がいたことをも考慮すると、被告会社が右行為につき懲戒委員会の審査に付せられている間原告をそのまゝ就労させた場合に生ずる従業員に対する悪影響など職場秩序に与える支障を予め回避するために原告を休職に処したことは必要かつ止むを得ない措置とみるのが相当であり、被告会社が労働協約第四七条柱書の但書を適用せず、原告を休職に処した点に裁量を誤った違法のかどはない。