全 情 報

ID番号 01111
事件名 退職金等請求事件
いわゆる事件名 高蔵工業事件
争点
事案概要  退職後、退職前に競業避止義務違反、秘密保持義務違反等、就業規則の懲戒解雇事由に該当する行為を行った事実が判明したとして退職金の支給を受けなかった従業員らが、右事実は存在しないとして退職金の支払を求めた事例。(一部認容)
参照法条 労働基準法9条,89条1項3号の2
民法1条3項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 1984年6月8日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 昭和53年 (ワ) 2295 
裁判結果 一部認容(控訴)
出典 労働民例集35巻3・4合併号375頁/労働判例447号71頁/労経速報1216号7頁
審級関係
評釈論文 後藤清・季刊労働法136号108頁/山口浩一郎・労働経済判例速報1220号26頁
判決理由  〔賃金―退職金―退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 ところで、従業員の地位を兼任している取締役が辞任し、同時に退職により従業員としての地位をも失う場合において、別に従業員の退職金規定があり、その規定に基づいて支給されるべき従業員としての退職金の額が明確であるときは、当該退職者は、退職金規定に基づく退職金請求権を有するものと解するのが相当であり、本件において右原告三名の退職金規定に基づく退職金の額を算出し得ることは後記認定のとおりである。
 〔賃金―退職金―懲戒等の際の支給制限〕
 右認定事実によれば、被告における退職金は、社会・経済的には、功労報償金、生活保障金及び後払賃金の三つの性格を併せ有しており、法的には労働基準法一一条所定の賃金に該当するものと解するのが相当である。また、被告における従業員の退職金請求権は、退職金不支給事由(懲戒解雇、勤続満二年未満の者の退職又は解雇)以外の退職又は解雇を停止条件として発生するものと解するのが相当である。
 (中 略)
 ところで、被告は、原告らにはそれぞれ被告の就業規則八三条所定の懲戒解雇事由に該当する行為があり、在職中にこれが判明しておれば、当然原告らは懲戒解雇処分を受けるべき筈のものであったから、原告らの退職金の額を算定するに当っては、退職金規定六条を準用して零と算定するのが相当であると主張するが、(証拠略)によれば、被告の退職金規定には、退職後に懲戒解雇相当事由の存在が発覚した場合の取扱いについては何ら定められていないことが認められるから、勤続年数満二年以上の原告らが被告を自己都合により退職した以上、その時点で退職金規定所定の計算方法によって算出される後記認定の額の退職金請求権が発生したものというべきであって、たとえ退職後に被告主張のような懲戒解雇相当事由の存在が発覚したとしても、それは原告らの退職金請求権の発生自体には何ら影響を及ぼさないものというべきである。
 被告における退職金が功労報償的性格をも有していることは先に認定したとおりであり、被告の退職金規定に懲戒解雇者に対する退職金不支給の規定があることは当事者間に争いのない事実である。
 そこで、退職金が功労報償的性格をも有しており、退職金規定に懲戒解雇者に対する退職金不支給の規定がある場合において、退職後に懲戒解雇相当事由の存在が判明した場合、当該退職者の退職金請求権の行使が権利の濫用に該当するか否かについて考えるに、期間の定めのない雇傭契約において従業員が使用者に対し退職の申出(解約の申入れ)をしたときは、使用者の承諾の有無に拘わらず、民法六二七条所定の予告期間を経過することにより雇傭契約は当然終了し、その後に使用者が当該退職者に対し懲戒解雇処分をすることは法的に不可能であること、従業員が在職中に永年の勤続の功を抹殺してしまう程の重大な背信行為(例えば、多額の横領)をしておきながら、これを秘して雇傭契約解約の申入れをし、右契約終了後に自己都合による退職をしたとして退職金請求権を行使することを容認するとすれば、懲戒解雇者の場合と著しく均衡を失し、社会の正義感、公平感に反することを考えると、退職後に判明した在職中の懲戒解雇相当事由が永年の勤続の功を抹殺してしまう程の重大な背信行為である場合は、当該退職者の退職金請求権の行使は権利の濫用に該当し、許されないものと解するのが相当である。
 就業規則は従業員に適用されるものであるから、懲戒解雇事由の有無を判断するに当っては、原告X1に従業員としての競業避止義務違反があったか否かを検討すべきである(なお、原告X1の被告主張の行為が商法二六四条所定の取締役の競業行為に該当しないことは明らかである。)。
 よって、検討するに、原告X1と被告との間に雇用契約終了後の競業避止義務について何らかの特約があったとの主張、立証はないから、原告X1が被告を退職後に、自営たると他に雇傭されるとを問わず、自己の知識、経験及び技能を生かして被告と同種の業務に従事することは、同原告の職業選択の自由(営業の自由)に属することであり、何ら制限されないものというべきである。従って、原告X1が被告を在職中にA会社の設立を企画してそのための準備行為をすることも、準備のために本来の職務を怠る等の雇傭契約上の義務に反する行為をしない限り何ら差支えないのであって、右準備行為自体は、就業規則八三条一〇項所定の懲戒解雇事由に該当しないというべきである。また、前認定事実によれば、原告X1が前記BにC会社を紹介した行為も右の懲戒解雇事由に該当しないことが明らかである。
 (中 略)
 従って、原告X1の退職金請求権の行使が権利の濫用に該当するとの被告の主張は理由がない。
 右認定事実を総合すると、原告X2が高圧プレス機の寸法を測り、被告の配合表を自宅に持ち帰ったのは、原告X1らと新たに始める予定の砥石製造の仕事に役立てるためにしたもので、自宅において配合表の記載内容を他に控えたものと推認するのが相当である。
 しかしながら、高圧プレス機については、被告において砥石製造用に改良されたものであるとはいえ、それに客観的に保護されるべき被告の技術的秘密が存することを認めるに足る証拠はないから(被告は技術的秘密の具体的内容については何ら主張していない。)、原告X2が前認定の目的で右プレス機の寸法を測ったからといって、就業規則八三条四項所定の秘密漏洩行為に該当しないというべきである。次に、配合表に記載された主原料と副原料との配合割合は、被告の営業上の秘密(技術的秘密)に属するものと認めるのが相当であるが、原告X2が被告在職中にこれを他に漏洩したことを認めるに足る証拠はない。なお、仮に、原告X2が前認定の目的で配合表を自宅に持ち帰りその記載内容を他に控えたことが、就業規則八三条四項又は一〇項に該当するとしても、前認定のとおり、同原告はレジノイド砥石を殆ど独力で開発し、その配合表を長年にわたって作成していたものであって、主原料と副原料との配合割合について充分な知識、技能、経験を有しているものであるところ、同原告と被告との間に退職後の秘密保持義務について何らかの特約があったとの主張立証はないから、同原告が被告を退職後に右知識、技能、経験を生かすことは何ら妨げられないこと、原告X2が被告において個々の取引先に納入していたレジノイド砥石の種類、配合割合を詳しく記憶していなかったとしても、同原告の知識、技能、経験をもってすれば、被告の配合表に頼らずとも比較的短期間内に取引先の要望に沿った砥石を製造することが可能であったと推測されること、原告X2はレジノイド砥石の開発、製造の面で長年にわたり被告に大きく貢献したことを考慮すると、同原告の前記行為は永年の勤続の功を抹殺してしまう程の重大な背信行為には該当しないものと判断するのが相当である。
 以上の次第であるから、原告X2の退職金請求権の行使が権利の濫用に該当するとの被告の主張は理由がない。
 以上によれば、原告X3は、被告に在職中であった昭和五二年八月頃から遅くとも同年一一月九日までの間に、D会社からの集金分のうち七万六五〇〇円、Eからの集金分のうち四万五〇〇〇円、F会社からの集金分のうち六五〇〇円の以上合計一二万八〇〇〇円を業務上横領したものであって、被告の就業規則八三条九項所定の懲戒解雇事由があったというべきであるが、D会社の件については前認定のような事情があったもので、情状酌量の余地があること、(証拠略)によれば、原告X3の在職当時関出張所関係の取引先は約一二〇軒ないし一三〇軒あり、請求分があれば、ほぼ毎月一回集金していたところ、G専務が原告X3の退職後間もなく関出張所に調査のため赴いた際、同出張所の古い帳簿の大部分は既に焼却されて存在しなかったが、現存している帳簿等を調査した結果不審な点があったのは本件で被告が主張している分だけであったことが認められること、原告X3は昭和二八年四月から同五三年二月まで約二五年勤務したが、この間何らかの懲戒処分を受けたり、あるいは不都合な行為をしたことを窺わせるような証拠はないこと、以上の諸点を総合考慮すると、原告X3の前認定の懲戒解雇相当事由は、いまだ永年の勤続の功を抹殺してしまう程の重大な背信行為には該当しないものと判断するのが相当である。
 よって、原告X3の退職金請求権の行使が権利の濫用に該当するとの被告の主張は、理由がない。