全 情 報

ID番号 01122
事件名 退職金返還請求控訴事件
いわゆる事件名 三晃社事件
争点
事案概要  競業会社への就職をしたときは退職金支給額を二分の一とする旨の就業規則の定めにつき、これを有効として、すでに支払われていた退職金返還請求を認容した事例。
参照法条 労働基準法11条,24条1項
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 競業避止と退職金
就業規則(民事) / 就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
裁判年月日 1976年9月14日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 昭和50年 (ネ) 338 
裁判結果 取消(上告)
出典 時報836号113頁/タイムズ345号258頁
審級関係 一審/01121/名古屋地/昭50. 7.18/昭和48年(ワ)2145号
評釈論文 後藤清・労働判例266号4頁/渡辺章・昭和51年度重要判例解説〔ジュリスト642号〕211頁
判決理由  〔賃金―退職金―競業避止と退職金〕
 前記事実関係によると、本件退職金は退職金規則においてその支給基準が予め明確に規定され、控訴会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労基法一一条の「労働の対償」としての賃金に該当し、したがって、その支払については同法二四条一項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。しかしながら、右全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするにある(最高裁判所昭和四八年一月一九日第二小法廷判決民集二七巻一号二九頁参照)。
 ところで弁論の全趣旨によると、控訴会社の退職金制度は全額使用者負担となっていて、従業員の積立金方式あるいは一種の共済方式によるものではないことがうかがわれる。かかる方式の下では、退職していく従業員に対しどの程度の退職金を支給するかは使用者側において或る程度裁量的に定め得るものと解される。退職金の支給額(率)につき、会社都合による退職と自己都合による退職とて差異を設けることは広く行なわれており、更に自己都合退職の場合でも法律の規定または公序良俗に違反しない限り、退職事由によって算定基準に差異を認めることも許されるものと解する。本件の場合、同業他社へ転職の場合は、単なる自己都合退職の際の半額しか退職金を支給しないという退職金規則の規定は、まさしく右に該当する場合の退職金の支給基準を定めたこととなり、その要件を充足するときは、退職金がその支給割合に応じた数額しか発生しないことを意味する。しかも、退職事由により退職金支給算定基準が異なることは、予め控訴会社従業員には周知され判明している以上、従業員において同業他社へ転職するか、他の企業へ行くか、そのまま残るかの利益、不利益を十分比較できるのであって、そのいずれを選択するかは専ら従業員の意思に委ねられているのである。もっとも、本件退職金規定の改定経過にかんがみると、控訴会社が退職金の支給額(率)に差異を設けることによって、従業員の足止めを図ろうとする意図は看取し得るけれども、だからといって原審判示の如く、直ちに右規定が実質的に損害賠償の予定(実質的に損害賠償の予定とするためには経済的にみて債権者が蒙むるであろう損害額と予定額との間に相当程度の関連性のあることを要するものと解されるところ、本件の場合両者間にほとんど実質的関連性は認められない。―原審A証言(第二回)参照)を定めたものとして労基法一六条に違反するものとはいえないし、また本件退職金制度による支給実態にかんがみ、この程度の減額支給が従業員に対する強い足止めになるとも考えられないので、これが民法九〇条に違反するとも断定できない。
 〔退職金―退職金の法的性質〕
 控訴会社の本件退職金規則は、労働組合もその内容につき同意していないことが認められるけれども、就業規則およびこれに付随する退職金規則等の規定は、当該事業場内での社会的規範にとどまらず、それが合理的な労働条件を定めているものである限り法規範性が認められるに至っているものと解すべきであるから、当該事業場内の従業員は右就業規則等の存在および内容を現実に知っていると否とにかかわらず、またこれに対して個別的同意を与えたかどうかを問わず、当然それらの適用を受けるものというべきである。