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ID番号 01130
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 シンガー・ソーイング・メシーン事件
争点
事案概要  退職に際し、「会社に対していかなる性質の請求権をも有しないことを確認する」旨の書面に署名して会社に差し入れた者が、退職金を請求したことに関連して、賃金にあたる退職金債権の放棄の効力が争われた事例。
参照法条 労働基準法11条,24条1項
体系項目 賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 賃金債権の放棄
裁判年月日 1973年1月19日
裁判所名 最高二小
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (オ) 1073 
裁判結果 棄却
出典 民集27巻1号27頁/時報695号107頁/タイムズ289号203頁/裁判集民108号1頁
審級関係 控訴審/01137/東京高/昭44. 8.21/昭和43年(ネ)889号
評釈論文 阿久沢亀夫・法学研究〔慶応大学〕46巻6号109頁/後藤清・民商法雑誌69巻1号169頁/真鍋秀海・経営法曹会議編・最高裁労働判例2巻295頁/渡辺章・判例評論175号34頁/萩沢清彦・色川,石川編・最高裁労働判例批評〔2〕民事編403頁/本多淳亮・労働判例百選<第三版>〔別冊ジュリスト45号〕108頁/鈴木康之・法曹時報26巻12号151頁
判決理由  右事実関係によれば、本件退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、被上告会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから、労働基準法一一条の「労働の対償」としての賃金に該当し、したがって、その支払については、同法二四条一項本文の定めるいわゆる全額払の原則が適用されるものと解するのが相当である。しかし、右全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活をおびやかすことのないようにしてその保護をはかろうとするものというべきであるから、本件のように、労働者たる上告人が退職に際しみずから賃金に該当する本件退職金債権を放棄する旨の意思表示をした場合に、右全額払の原則が右意思表示の効力を否定する趣旨のものであるとまで解することはできない。もっとも、右全額払の原則の趣旨とするところなどに鑑みれば、右意思表示の効力を肯定するには、それが上告人の自由な意思に基づくものであることが明確でなければならないものと解すべきであるが、原審の確定するところによれば、上告人は、退職前被上告会社の西日本における総責任者の地位にあったものであり、しかも、被上告会社には、上告人が退職後直ちに被上告会社の一部門と競争関係にある他の会社に就職することが判明しており、さらに、被上告会社は、上告人の在職中における上告人およびその部下の旅費等経費の使用につき書面上つじつまの合わない点から幾多の疑惑をいだいていたので、右疑惑にかかる損害の一部を填補する趣旨で、被上告会社が上告人に対し原判示の書面に署名を求めたところ、これに応じて、上告人が右書面に署名した、というのであり、右認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし首肯しうるところ、右事実関係に表われた諸事情に照らすと、右意思表示が上告人の自由な意思に基づくものであると認めるに足る合理的な理由が客観的に存在していたものということができるから、右意思表示の効力は、これを肯定して差支えないというべきである。
 したがって、前記各事実関係のもとにおいて、上告人のした本件退職金債権を放棄する旨の意思表示を有効と解した原審の判断は、正当である。