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ID番号 01142
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 坂崎彫刻工業事件
争点
事案概要  取締役兼従業員であった原告らが従業員としての退職金の支払を求めた事件で、被告会社が商法二五四条の三、同四八六条に基づき原告らに対して有する不法行為債権をもって相殺の抗弁をしたもの(認容)。
参照法条 労働基準法24条1項
労働基準法11条
体系項目 労働契約(民事) / 金品の返還
賃金(民事) / 賃金の支払い原則 / 全額払・相殺
裁判年月日 1985年4月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和59年 (ワ) 14935 
昭和59年 (ワ) 14936 
昭和59年 (ワ) 14937 
昭和60年 (ワ) 334 
裁判結果 認容
出典 タイムズ590号52頁/労働判例451号13頁/労経速報1220号11頁
審級関係
評釈論文 古川陽二・季刊労働法137号186~189頁1985年10月/西村健一郎・労働法律旬報1133号35~42頁1985年12月10日
判決理由 〔賃金-賃金の支払い原則-全額払〕
 しかし、原告らの請求する退職金は、従業員としての退職金であって、労働基準法一一条にいう賃金に該当する。そして、同法二四条一項は、いわゆる賃金全額払の原則を定めており、これは、労働の対償である賃金は、その全額を、労働の提供をした労働者に確実に受領させ、労働者の生活を経済的に脅かすことがないようにしてその保護を図ろうとする規定であって、労働者の賃金債権に対しては、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許さないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。そうであれば、この趣旨は、使用者が労働者に対して有する反対債権の発生原因を問わず妥当すべきものであり、その債権が不法行為によるものであっても、例外となるものではない。
 もっとも、この賃金保護の要請も絶対的なものとまでは解されないから、民法五〇九条の法意に照らせば、労働者に使用者に対する明白かつ重大な不法行為があって、労働者の経済生活の保護の必要を最大限に考慮しても、なお使用者に生じた損害の填補の必要を優越させるのでなければ権衡を失し、使用者にその不法行為債権による相殺を許さないで賃金全額の支払を命じることが社会通念上著しく不当であると認められるような特段の事情がある場合には、この相殺が許容されなければならないものと考えられる。
 しかし、本件においては、被告が主張する不法行為は原告らの取締役としての不法行為であって、それ自体必ずしも明白なもとはいえないし(弁論の全趣旨によれば、被告は原告らに対し、本件抗弁で主張するのと同一の損害賠償を請求して別訴を先行提起しており、この訴訟が現に審理中であることが認められる)、他方、原告らの請求は従業員としての退職金であって、その額も高額ではないから、退職金であるからといって当然に喫緊性を有しないものとはいえず、また、被告会社においても、原告らの退職の約一か月後に、しかも、被告の主張によれば既に二八四九万円余の損害が発生していたという時点で、原告らに対し、役員としての退職金は支給を留保するが、従業員としての退職金は支給すべきであると決定しているのである。これらの事情によれば、いまだ、被告主張の不法行為債権をもってしても、原告らの退職金債権との間の相殺が許容されなければならないような特段の事情があるものとは認めることができない。
〔労働契約-金品の返還〕
 (被告会社の退職金支払債務は期限の定めのない債務というべきところ、賃金である退職金については、その性質に反しない限り、労働基準法二三条の適用があるものと解されるが、本件においては、被告会社において内部的にではあるが原告らの退職の約二か月後の昭和五八年二月末日を支給期日と定めており、また、原告らの支払請求は更にその六か月後にされているのであるから、同条の趣旨にかんがみれば、このような場合にまで被告会社に請求後なお七日間の期限を認めるべき必要があるものとは考えられない)。