全 情 報

ID番号 01222
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 函館東郵便局事件
争点
事案概要  全逓の組合員らが、新任次長出席の会合への出席のための超勤命令を拒否したことを理由に口頭注意の処分をうけたので、精神的苦痛を被ったとして損害賠償を請求した事例。(請求一部認容)
参照法条 労働基準法32条,36条,92条1項
体系項目 労働時間(民事) / 法内残業 / 残業義務
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 業務命令拒否・違反
裁判年月日 1973年3月23日
裁判所名 函館地
裁判形式 判決
事件番号 昭和44年 (ワ) 155 
裁判結果 一部認容 一部棄却(控訴)
出典 時報703号3頁/タイムズ291号181頁/訟務月報19巻6号30頁
審級関係
評釈論文 山本吉人・判例評論177号39頁/山本吉人・労働法律旬報832号26頁/秋田成就・ジュリスト554号113頁/青木宗也・労働判例175号44頁
判決理由  〔労働時間―法内残業―残業義務〕
 労働協約によって基準労働時間より短い労働時間が定められている場合の時間外勤務(いわゆる「法内超勤」)の一般的法理について検討する。
 当裁判所は、労働協約によって基準労働時間より短い労働時間が定められている場合においては、その労働協約が締結されるに至った経緯、文言、体裁等に照らして別異に解すべき特段の事由がない限り、労働者は使用者に対し、その労働協約に定められている労働時間の範囲内でのみ労働すべき義務を負っているに過ぎず、右労働時間を超えて労働すべき義務は、原則として当該労働者の明示もしくは黙示の同意のない限り発生しないものと解する。
 けだし、労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令に従って一定時間労働することの対価として使用者から一定の賃金を受け取ることの合意にほかならず、労働者は、使用者に対し、労働契約に定められた労働時間を超えて労働すべき義務を負担していない。したがって、使用者としては、労働契約に定められた労働時間を超えて労働させようとする場合には当該労働者と時間外労働契約を締結することを必要とする。
 そして、時間外労働契約の態様としては、大別すると、
 (1)時間外労働をする日時ごとに使用者と当該労働者とが個別的に契約する場合
 (2)あらかじめ、毎週何曜日の何時から何時までとか、毎月何日の何時から何時までというように具体的な日時を特定して契約する場合
 (3)一般的概括的に、使用者は労働者に対し基準労働時間の範囲内において時間外労働を命ずることができるという内容の契約をする場合
等が考えられるところ、かかる時間外労働契約が締結されていない場合には、労働者が勝手に時間外労働をしても賃金請求権が発生しないのと同様に、使用者が一方的に時間外労働を命じても、原則として何らの労働義務も発生しないのである。
 2、予想される反論
 右見解に対して、労働基準法第三二条、第三六条の規定ならびにわが国における従前の労使関係に照らして、使用者および労働者は、労働契約において、労働協約に法内超勤義務の不存在を明記していない限り、法内超勤命令に従う義務があることを当然の前提としているとの反論も予想される。しかしながら、同法第三二条等に定められている労働時間は、労働条件の最低基準を示したものであり、また、同法第三六条所定の協約があるか否かは、元来刑事罰を免れるか否かの側面で意味を有するに過ぎず、時間外労働義務の有無とは直接的な関連がないのであって、時間外労働義務の有無は、基準労働時間を超える超過勤務であるか、あるいは、いわゆる法内超勤であるかによって別異に解すべき性質の問題ではないのである。
 そしてまた、わが国の従前の労使関係において労働者が法内超勤命令に対して何ら異議を唱えることなく従っていたとしても、それは労使間に右命令毎に前記(1)の類型の時間外労働契約が個別的に締結されていたものに過ぎないと言うべく、右のことからわが国の労働者は、一般的にその労働契約において法内超勤義務のあることを合意していたものと解するのは相当でない。
 よって、右反論は理由がないものと思料する。
 郵政省と原告両名との間にいかなる時間外労働契約が締結されていたかについて検討するに、前記四の1に掲げた(1)あるいは(2)の類型の時間外労働契約の存在を認めるに足りる証拠はない。
 そこで、(3)の類型の時間外労働契約が締結されていたか否かについて以下順次判断する。
 2 新就業規則第六五条の効力
 (一)勤務時間の長さは、労働契約中最も基本的な労働条件であって、元来労使間の明確な合意によってのみ定められるべきものであるから、就業規則の定めによるとの慣習が認められない以上、一方的に定められた就業規則によって勤務時間の長さが定まるいわれはない。
 しかるに、本件では勤務時間を一週四四時間とするについては前記のとおり勤務時間協約および就業規則により労使間に明確な合意があるけれども、これを超えるいわゆる法内超勤については明確な合意がなく、また法内超勤について就業規則の定めるところによるとの慣習も存在しないことが明らかである。
 (二)他方、仮に就業規則によって法内超勤義務を定め得るとしても、前記勤務時間協約が存在する以上、労働基準法第九二条第一項によって、新就業規則第六五条は右協約の趣旨に牴触することを得ず、これに牴触する部分は無効と言うほかない。
 (三)したがって、郵政省の意図はともあれ、新就業規則第六五条の定めは、その文言のとおり、法内超勤を命ぜられることがあることを郵政職員に予知させるための注意規定に過ぎず、法内超勤義務を定めたものと解することは到底できない。
 (中 略)
 (二)ところで、本件全証拠によるも、時間外労働協約が所定の事由ある場合に時間外勤務義務のあることを定めたものであるか否かは不明である。しかし、仮に時間外協約が時間外勤務義務の存在を定めたものであるとしても、個々の組合員がこの協約によって直ちにこの義務を負うことはないと解すべきである。けだし、労働組合法第一六条に所謂労働協約の規範的効力とは、当該労働協約に定める労働条件よりも労働契約の方が労働者にとって不利益な場合にのみ、その不利益な部分を無効とし、その場合には当該労働協約に定める労働条件の内容になるという片面的な効力をいうのである。したがって、労働協約が労働契約よりも不利益な労働条件を定めても、直接的には組合所属職員の労働条件について何らの効力も生じないのである。そして、労働契約上時間外勤務義務を負っていない職員に対し右義務を負わせるような労働協約の定めが労働契約よりも不利益な労働条件を定めたものであることは明らかである。
 したがって、時間外労働協約によって個々の全逓所属職員が直接時間外勤務義務を負担することになるわけではない。
 (中 略)
 4 以上検討の結果によれば、前記(3)の類型の時間外労働契約の存在もまた認めることはできない。
 七 むすび
 よって、本件超勤命令当時原告両名の職種の郵政職員は、労働契約上法内超勤命令に従う義務を負っていなかったと言わざるを得ない。
 〔懲戒・懲戒解雇―懲戒事由―業務命令拒否・違反〕
 前記第二の三において認定したとおり、ここ十数年に亘って時間外労働協約および三六協定が締結されており、かつ、年末年始の繁忙期等「やむを得ない事由」がある場合には、全逓所属職員は、相当の理由のない限り時間外勤務命令を拒否することなく右命令に従って勤務してきた。また、郵政事業が国民の日常生活と密接な関連を有する公共性の強いものであることは多言を要しないのであって、時間外労働協約第二条に謂う「やむを得ない事由」があるにもかかわらず郵政職員が時間外勤務命令に従わないならば、その事業の遂行に重大な支障をきたし、ひいては国民の日常生活に混乱をきたすことは明らかである。
 右のような歴史的経緯ならびにその職責の重大性に鑑みると、時間外労働協約第二条に謂う「やむを得ない事由」が存在するにもかかわらず、郵政職員が法内超勤命令を拒否することは、仮に了解事項に謂う三六協定が締結されていない場合においても、右「やむを得ない事由」の重要性および緊急性の程度ならびにその拒否の理由如何によっては、権利の濫用と評価されることがあり得るものと解される。
 (中 略)
 5 してみると、本件超勤命令当時、時間外労働協約第二条第一項所定の「やむを得ない事由」はなかったと言わざるを得ない。
 六 むすび
 よって、その余の点について判断するまでもなく、本件超勤拒否は権利の濫用と認められない。
 (中 略)
 右認定事実に鑑みれば、本件口頭注意は、札幌郵政局内規第七条に列挙した六種類の「処分」には含まれないものの、そこに列挙された「訓告」、「注意」に連続する一種の制裁的な措置であることが明らかである。
 ところで、使用者が労働者に対して前記の如き制裁的な措置をなし得るのは、労働者に怠慢ないし業務命令違反等の何らかの非違行為があり、これを放置していては職場の秩序が維持し難くなる等の正当な理由を有する場合に限られ、正当な理由を欠く場合には、違法と言うほかない。そしてこの理は、口頭注意自体により労働者に身分上の法的不利益が生じないとしても同じく妥当する。
 しかるに、本件超勤拒否が何ら非難し得ないものであったことは前記認定のとおりであるから、右超勤拒否を理由としてなされた本件口頭注意は違法と言うべきである。