全 情 報

ID番号 01224
事件名 時間外勤務手当等請求事件
いわゆる事件名 長崎県教職員事件
争点
事案概要  町立小学校の教職員らが、修学旅行、体育行事等の引率、参加について、時間外勤務手当を請求した事例。(請求一部認容)
参照法条 労働基準法32条,36条,114条
体系項目 賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 教職員の勤務時間
労働時間(民事) / 労働時間・休憩・休日の適用除外 / 宿日直
雑則(民事) / 附加金
裁判年月日 1974年3月1日
裁判所名 長崎地
裁判形式 判決
事件番号 昭和43年 (ワ) 171 
裁判結果 一部認容 一部棄却(確定)
出典 時報746号103頁
審級関係
評釈論文
判決理由  〔賃金―割増賃金―支払い義務〕
 原告ら教職員は、かつて無定量の勤務義務を負う官吏であったことの名残りもあって、本件のごとき時間外勤務については、何ら予算措置が講じられず、従って、現実には時間外勤務手当が支給されたことがないのにかゝわらず、これまで原告らにおいて、各所属学校長の指示するまゝ時間外勤務を行ってきたことが、弁論の全趣旨から窺われる。しかしながら、原告らにおいて、時間外勤務手当請求権を放棄したことも、学校設置者たる被告において、右手当請求権の存在を認容しながらこれを支払わない旨明示したことも、これを認めるに足る証拠はない。まして、戦後労働基準法が制定され、労働者の労働時間は一日八時間、一週四八時間が原則とされ、例外的に認められる時間外労働については、賃金の二割五分以上の率で算定された割増賃金の支払義務が使用者に課せられるに至り、原告ら地方公務員(国家公務員法一〇一条、地方公務員法三五条)についても、これらの規定の適用があるものとされている(地方公務員法五八条)ことを勘案すれば、時間外勤務手当の支払いは公の秩序に関する事項で、当事者の意思により処分が許されるものではないというべきである。そうすれば、被告主張のごとき事実たる慣習は成立しえず、右主張は理由がない(最高裁昭和四七年四月六日第一小法廷判決、民集二六巻三号三九七頁参照)。
 〔労働時間―労働時間の概念―教職員の勤務時間〕
 右認定事実によれば、右小体連は学習指導要領にいう特別教育活動としてのクラブ活動と密接不可分の関係にあると解せられるから、右勤務は原告ら教職員の職務に属すると認めるのが相当である。
 (中 略)
 以上によれば、右原告らの小体連への参加は勤務校である伊王島小学校が右小体連に参加することを決定した段階において、前記校長の黙示の命令に事実上拘束されてなされたとみるべきで、右勤務に対しては時間外勤務手当を支払うべきである。
 島外見学についても《証拠略》によれば、これは修学旅行と同様の性格を有するものと認められる(宿泊するか日帰りするかの相違のみ)から、右同様の理由により当然教職員の職務の範囲に属し、かつ、校長の指示によるものと推認できるところ、右島外見学が校長の指示によらなかったと認めるに足る特段の証拠もないので、右原告は主張の時間外勤務を行ったものと認める。
 職員会議については、現行法上明確な規定がなく、その性格がいかなるものであるかは明らかではないが、通常校長以下全教職員をもって構成され、定期または臨時に校長の招集により開催し、学校の運営全般、教育活動全般について協議する会議で、司会は、通常は校長、教頭であるが、教員の輪番制を採っているところも多く、その審議の経過ならびに結果は職員会議録に記載され、そこで決定された事項は、校長の学校運営についてはもちろん、教職員の各種教育活動についての準則の意味を有している、とみられる。そうすれば、職員会議が少なくとも各学校において学校運営上および教育活動上極めて重要な機能を有する必要不可欠の機関であることは疑う余地がなく、また、なんらかの事情で、ある教職員が欠席した場合には当該職員の教育活動に支障をきたすことは十分予想されるのであって、教職員が職員会議に出席することは、児童、生徒の教育のために不可欠のものというべく、児童、生徒の教育を掌ることを職務とする(学校教育法二八条四項、四〇条)原告ら教職員の職務の範囲に含まれることは当然といわなければならない。そして、職員会議が右に述べたような内容と運営方法をもつものとすれば、職員会議は学校教育法二八条三項、四〇条により、校務を掌握する校長がその権限により必要に応じて召集し、主宰するものであると解するほかないから、原告らが職員会議に出席したのは、所属学校長の明示的または黙示的な職務命令に従ったものと認めるのが相当であり、このことは勤務時間の内外を問わず妥当するものである。
 従って、仮に勤務時間を超えて職員会議が続行される場合に、司会者が出席者の意向を打診し、これに対し出席者が異議を述べず、または積極的に同意した結果続行された場合であっても、右事情から直ちに右職員会議への出席が教職員のまったく任意の自発的奉仕行為であると解するのは相当でない。正規の勤務時間を超えて職員会議が続行された場合において、これを召集し、主宰している校長が特に続行につき異議を述べ、或いは終了を宣言するなどして、勤務時間を超えて職員会議に出席すべきでないと命令しない限り、原告ら教職員は所属学校長の指示(職務命令)により職員会議に出席したものと認めるのが相当である(最高裁昭和四七年四月六日第一小法廷判決、民集二六巻三号三九七頁参照)。
 修学旅行は、小・中学校学習指導要領(昭和三三年度改訂版文部省調査局編)、小学校・中学校・高等学校の修学旅行について(昭和二八年七月一〇日初等中等教育局長通達)によれば、重要な学校行事の一つと認められ、学校教育法二〇条、一七条、一八条(小学校の場合)、三八条、三五条、三六条(中学校の場合)にその根拠を求めることができる。そして、その教育的意義は国民教育的見地から国の文化中心地または重要地を見聞する経験をもたせること、教科学習を直接経験させること、旅行を通じて保健衛生、集団行動、安全教育などの心身の訓練を行うこと、学校生活の印象を豊にすること、などが考えられ、右は小・中学校設置の目的を達成するためには欠くことのできない行事である。従って、修学旅行のため教職員が児童、生徒を引率することは重要な職務内容であるばかりでなく、当然所属学校長の指示によるものと推認できる。
 (中 略)
 原告ら教職員について、右変形八時間制を採用したと解すべき法規は見当らず、わずかに県教育委員会は、右勤務時間の割振りについて、教職員の勤務条件の特殊性から右割振りによりがたいと認められる場合には、人事委員会の承認をえて別の定めをすることができるとされている(時間条例二条三項)のに止まるところ、当時長崎県においては、右規定に基づき原告ら教職員に対し、人事委員会の承認をえた上で別の定めをしていた事実は認められないから、結局において、原告ら教職員の正規の勤務時間の割振りは、前記「勤務時間規則」によるほかないのであって、右正規の勤務時間以外の勤務はすべて時間外勤務であるといわざるをえない。
 よって、原告ら教職員が参加した各修学旅行につき、当該日の正規の勤務時間を超えて勤務した部分はすべて時間外勤務となり、この点に関する被告の主張は採用しない。
 〔労働時間―労働時間・休憩・休日の適用除外―宿日直〕
 宿日直勤務は、本来の勤務の終了後、更に夜間または休日に、通常の労働と直接関係のない定時的巡視、緊急の文書または電話の収受、非常事態の発生に対応することなどを目的とする勤務で、原告ら主張のごとく、附随的、断続的労働といった性格を有し、その勤務に対しては一定の手当が支給されるといったものである。従って、もともと右宿日直勤務が通常の勤務と競合するようなことは予定されていないのであるが、たまたま宿日直勤務を命ぜられていた者の当日の勤務が、なんらかの事情によって正規の時間外に及んだような場合、宿日直勤務と本来の勤務とが競合する関係になることも起りうる。そして、一方の勤務に従事しているため、事実上他方の勤務に服しえないという場合があることも当然予想できるが、しかし、さきに述べたような宿日直勤務の附随的、断続的な業務の内容からすれば、本来の勤務の内容如何によっては、双方の仕事を併行して行うことも不可能ではなく(例えば、学校内で開催の職員会議、研究会等に出席しながら一時中座して校内の巡視、文書・電話の収受をするなど)、常に両者が相容れないといったものではない。
 これを要するに、宿日直勤務に就きながら本来の勤務に服することも考えられるところであり、一方の勤務に服したからといって、当然に他方の勤務が否定される関係にはないということである。少なくとも、本来の勤務について勤務時間が延長されたこと故に、宿日直勤務が現実に開始されないとして、これが否定されることはありえても、附随的業務の性格を持つ後者が前者を否定することは、特段の事情(例えば、校長から特に時間外勤務となっている本来の勤務を取止め、宿日直勤務に服することを命ぜられたような場合)のない限り、到底考えられない。
 そこで、原告らの時間外勤務は、宿日直勤務の存在によって当然否定されるものでなく、別個に右勤務の有無を確定すべきものであり、またこれらに対する各手当も全くその性格、計算方法等を異にしており、仮にその間の宿日直勤務につき一定の手当が支給されているにしても、そのことをもって、当該時間に対する時間外勤務手当の支払義務が免除されることはないというべきである。
 〔雑則―附加金〕
 右附加金の支払義務については、いつから履行遅滞に陥るかにつき争いがあるが、附加金は労働基準法によって使用者に課せられた義務の違背に対する制裁であって、損害の填補としての性質を有するものではないというべきである。そうすれば、附加金は、裁判所がその支払いを命ずることによって、始めて発生するものということになるから、裁判所がその支払いを命じたときから遅滞の責を負うものと解するのが相当である(最高裁昭和三五年三月一一日第二小法廷判決、民集一四巻三号四〇三頁参照)。
 よって原告らの右附加金に対する遅延損害金の請求に関する部分は、本判決確定の日の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度でのみ理由があることになる。