ID番号 | : | 01826 |
事件名 | : | 懲戒処分無効確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 日本パルプ工業事件 |
争点 | : | |
事案概要 | : | 会社構内で、安保条約を失効させる大衆運動を呼びかける内容のビラを配布し、以て他の従業員の業務研修への参加を遅らせたことが会社構内での政治活動を禁止する就業規則の規定に違反するとしてなされた譴責処分の無効確認が求められた事例。(一審 請求棄却、 二審 控訴棄却、請求棄却) |
参照法条 | : | 労働基準法89条1項9号 |
体系項目 | : | 懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 政治活動 |
裁判年月日 | : | 1977年4月27日 |
裁判所名 | : | 広島高松江支 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 昭和50年 (ネ) 47 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労働判例278号35頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 施設管理権に基づいて使用者が従業員の企業内の活動(就業時間内の活動についてはもとより別論である。)に規制を加えるには、それが明らかに経営目的を害するような性質の活動である場合を除き、なんらかの合理的な理由の存することが必要なものと解すべきである。 そこで一般の民間企業における従業員の政治活動の禁止についてこのような合理的理由があるといえるかどうかであるが、企業内での政治行為にもさまざまな態様のものが考えられ、そのうち企業施設の維持、保全と直接かかわりのある行為や職場の物理的、客観的な環境を乱すおそれのある行為(ビラ貼り、集会、示威行進等)については一般にこれを禁止する合理的理由があるものというべきである。これに対して本件ビラ配付行為のように企業施設内でなされたという以外には物的施設と直接のかかわりはなく、職場の物理的環境に顕著な影響を及ぼすともいい難い態様の政治活動については、単にそれが政治活動であり、それゆえに企業内に政治的な、あるいは感情的な対立をひき起こし、又はこれを激化させる危険を包蔵するという抽象的な理由のみをもって直ちにこれを禁止する合理的な理由とすることはできず、その活動の態様が現に他の従業員の執務や休憩を妨げるとか、従業員間の感情的対立を招くようなやり方でなされるとか、企業秩序に具体的に好ましくない影響を与えるものである場合に限って禁止の合理的理由があるものと解すべきである。 政治活動の自由が民主主義の基盤として重要な意義を有することは言うまでもないが、使用者が施設管理権を有する企業施設内の行為の規制の問題であるから、業務に対する直接の阻害あるいはその具体的危険を生ぜしめるような行為でなければ規制することができないと解するのはやや厳格に過ぎるものというべく、また現代のわが国において政治的対立が単なる利害対立にとどまらず価値観、道義観の対立の様相を呈し、深刻化するのがむしろ常態である事実に照らすときは、特に企業内の政治活動について右の程度の制約を認めるのはやむを得ないところと考えられる。そこで本件了解事項のうち組合員の個人としての政治活動を禁止する部分は右に述べたような態様の行為に限って禁止する趣旨と解釈すべきもの、又はそのような行為以外の行為を禁止する限りにおいて無効なものというべきである。 (中 略) 控訴人はAに本件ビラを手渡して、その趣旨に賛同する旨の署名を求め、これを断られるとさらに執拗に署名を求めてかなり感情的な態度で議論を進め、このためAも興奮してこれに応じ、研修会場に行くのが遅れているのであって、その限度で控訴人の行為はAの研修参加に影響を及ぼしたことを否定できない(これに対しAが研修を早退したことについては、それが主観的には同人の供述しているように控訴人との論争で興奮したことが一因となっていたとしても、客観的にみて控訴人の行為との間に相当因果関係があるとは認め難い。)。 してみると、本件ビラ配付行為はその具体的態様において従業員間に感情的疎隔を来たし、企業秩序を乱すものであったというべきであるから、本件了解事項によって有効に禁止された政治行為に該当する(もとより、就業時間外の平穏なビラ配付行為まで有効に禁止されているものではない)。 (中 略) 前記のような譴責処分の内容、性質からいって、本件譴責処分が直ちに控訴人の雇用契約上の地位や待遇一般に影響を及ぼすものとはいい難い。しかしながら、譴責処分は企業内の懲罰である懲戒処分の一種であり、(証拠略)によれば就業規則上原則として社内に公表するものとされ、本件の場合においても前記のとおりこれについての掲示が米子工場でなされているのであって、これによって控訴人が受けた不名誉は根本的には右掲示によるというより譴責処分そのものによるものというべきであるから、右処分の有効無効を論じうる限り、控訴人は自己の名誉の回復のためその無効確認請求をなすにつき法律上の利益を有するというべきである(名誉毀損に対しては民法七二三条の規定により名誉回復のために適当な処分を命ずる判決を求めることができるが、名誉回復の法的手段がそれのみに限られると解すべきいわれはない。)。また、、譴責処分はその本質において精神作用を要素とするものであり、一定の懲戒事由を要件とし、前記の掲示を甘受することや始末書提出義務をも含め、一種の法益の剥奪された状態を被処分者について観念的に形成する行為とみることができるから、単なる事実行為や感情の表示、あるいは法的効果の伴わない観念の通知などと異なり、その有効無効を論じる余地があり、その無効を確認する判決を得ることによって右のような法律状態の不存在が確認されるものというべきである。したがって、これによって将来懲戒処分を受けた場合の処分内容の加重や昇給の延伸などの不利益を被処分者が被るか否かの点を論ずるまでもなく、本件譴責処分無効確認請求につき控訴人は訴えの利益を有する。 |