全 情 報

ID番号 01949
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 福岡中央郵便局事件
争点
事案概要  組合活動に係わる行為について公務執行妨害等の被疑事実により逮捕起訴された国家公務員を休職処分にしたことにつき、右起訴は公訴権の濫用であり無罪の判決を得ており、右処分には権限の濫用があるとして、損害賠償を求めた事例。
参照法条 国家公務員法80条
国家賠償法1条
体系項目 休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1980年12月17日
裁判所名 福岡地
裁判形式 判決
事件番号 昭和51年 (ワ) 246 
昭和51年 (ワ) 263 
裁判結果 (控訴)
出典 訟務月報27巻5号873頁/労働判例356号19頁
審級関係 上告審/最高一小/昭63. 6.16/昭和59年(オ)889号
評釈論文 松永栄治・法律のひろば34巻8号77頁/上野至・昭和55年行政関係判例解説204頁
判決理由  〔休職―起訴休職―休職制度の合理性〕
 国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならず(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、政府がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないし(同法一〇一条一項)、またその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)のである。ところで右のような義務の遂行は、職員に対し公訴が提起されると、次のように妨げられることがある。
 すなわち、刑訴法上、起訴された者は、有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるけれども、起訴された事件に対する有罪率が著しく高いことは顕著な事実であって、一般的にみれば、起訴された職員は相当程度客観性のある公の嫌疑を受けたものとの社会的評価を免れ難い。そのため、起訴された職員が引き続き職務を遂行すれば、当該職員の地位、職務内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条の如何等によっては、そのような者が現に職務に従事していることによって、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を生ずることがあるのみならず、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体の信用を失墜させるおそれがある。
 また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑訴法二八六条)、一定の事由があるときは勾留されることもありうる(同法六〇条)ので、そのことによって前記職務専念義務を全うしえず、職務の遂行に対する支障を生ずるおそれもある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる(国公法七六条、三八条二号)ので、起訴されて将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事されることが適当でない場合もありうる。
 起訴休職制度は、以上のような種々の支障を生ずるおそれのある公務員を、その身分は保有するが、一時的に職務に従事させないこととし(国公法八〇条二項・四項)、もって、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を可及的に排除し、公務員の職務遂行に対する国民一般の信頼ひいて官職全体の信用を保持することを意図するものである。
 一方、起訴休職処分が、職員の労働条件に関し多大の不利益を与えることも看過できない。
 すなわち、起訴休職処分を受けると、本件のような郵政事業に従事する者の場合、「休職者の給与に関する協定」により、原則として、俸給・諸手当のそれぞれ百分の六〇を受けるにとどまり、昇格昇給についても不利益を被るのみならず、人事院規則一一―四「職員の身分保障」三条によれば、職員は休職事由の消滅により復職しても定員に欠員がなければなお休職にされるのである。しかも職員は休職中も職員としての身分を保有するから国公法一〇三条、一〇四条により私企業から隔離されこれから収入を得られない。もし職員が公訴事実を争えばなお詳細な証拠調を必要とし公判の審理はそれだけ長期化し、休職による不利益は増大する。その結果職員が無罪の判決を受けても既に失った給与等は検察官の起訴が故意又は過失により違法とされる場合に限り国家賠償法に基づき回復されることがありうるにすぎない。
 したがって任命権者はこの処分により職員に与える労働条件上の不利益についても考慮を払わなければならない。
 〔休職―起訴休職―休職制度の効力〕
 起訴休職処分は、公務員たる職員が、起訴された時は当然になされるものというべきでなく、任命権者において、諸事情を検討して相当であると認めたときに処分すべきものと解され、したがって、一たん起訴休職処分がなされたとしても、その後の事情変更により休職処分をなすべき実質的理由が消滅したり、あるいは休職処分をなすべき実質的理由がなかったことが事後に判明したような場合には、当該刑事裁判がなお係属中であっても、任命権者において速やかに処分の取消しをなすべきであると解するのが相当である。
 (中 略)
 職務専念義務の観点からみると、原告らは、最初から勾留されていないことは、前述のとおりであるが、加えて控訴審においては、被告人は原則として公判期日に出頭する義務がない(刑訴法三九〇条)のであるから、この点において、起訴休職処分を維持すべき必要性は一層低下したものと認められる。
 次に対外的な信頼への影響という観点からみるに、なるほど刑事事件で起訴された者の有罪率がきわめて高く、起訴されたということだけで、一般国民の信頼を低下させることが多いことは前述のとおりである。しかしながら、第一審において無罪の判決がなされた場合には、被告人の無罪の推定は、飛躍的に増加するものといえる。(刑訴法三四五条によれば、無罪判決が言渡されれば、確定しなくても勾留状は、その効力を失うことになる。)
 そして、無罪の判決が一たびなされるとたとえそれが確定したものでないとしても、国民一般としては、むしろ被疑事実がなかったと考えるのが通常であって、右にいう信頼も大幅に回復されたものと認むべきである。
 また、職場の規律、秩序の維持という観点からみても、右に述べたように無罪の推定が強くなった以上、これを、職務に従事させても職場の規律、秩序が乱されるおそれは少ないものというべく、かえって、特別の事情のない限りむしろ積極的に職場に復帰させて他の職員らとの一日も早い融和をはかることが望ましいと考えられる。
 以上のどの観点からみても第一審において無罪の判決を言い渡されたという事情は、起訴休職処分を継続する合理的理由を著しく減少せしめる要因となると認められる。