全 情 報

ID番号 03093
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 大隈鉄工所事件
争点
事案概要  民青の班会議を組織し同期入社の同僚とともに非公然の活動をやってきた労働者が、右同僚の失踪事件に関連して会社の上司から事情聴取を受けたことをきっかけとして人事部長に退職届を提出した後、翌日になって右退職の意思表示を取消す旨申し入れたことにつき、右退職願の撤回が有効になされたか否かが争われた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法524条
体系項目 退職 / 退職願 / 退職願いの撤回
裁判年月日 1987年9月18日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 昭和57年 (オ) 327 
裁判結果 一部破棄(差戻)
出典 労働判例504号6頁/労経速報1301号3頁
審級関係 控訴審/00432/名古屋高/昭56.11.30/昭和52年(ネ)567号
評釈論文 古川陽二・季刊労働法146号196~197頁1988年1月/今野順夫・労働判例百選<第6版>〔別冊ジュリスト134〕144~145頁1995年5月/秋田成就・ジュリスト934号143~145頁1989年6月1日/小西國友・ジュリスト898号62~63頁1987年12月1日/松尾邦之・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕162~163頁/西村健一郎・法学セミナー33巻4号109頁1988年4月/名古道功・日本労働法学会誌72号147~154頁1988年10月/柳澤旭・昭和62年度重要判例解説〔ジュ
判決理由 〔退職-退職願-退職願いの撤回〕
 1 私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。
 ところで、原判決は、前記のとおり、A部長を上告人の人事管理の最高責任者であるとし、同部長が被上告人の退職願を即時受理した事実を認定しながら、右受理をもって被上告人の解約申込に対する上告人の承諾の意思表示があったものと解することができないとしているが、その理由とするところは、「被上告人が入社するに当たっては、筆記試験の外に面接試験が行われ、その際B副社長、技術系担当取締役二名及びA人事部長の四名の面接委員からそれぞれ質問があり、これらの結果を総合して採用が決定されたことが認められる。この事実と対比するとき、被上告人の退職願を承認するに当たっても、人事管理の組織上一定の手続を履践した上上告人の承諾の意思が形成されるものと解せられるのであって、人事部長の職にあるものであっても、その個人の意思のみによって上告人の意思が形成されたと解することはできない。」というに尽きるのである。
 原審の右判断は、企業における労働者の新規採用の決定と退職願に対する承認とが企業の人事管理上同一の比重を持つものであることを前提とするものであると解せられるところ、そのような前提を採ることは、たやすく是認し難いものといわなければならない。ただし、上告人において原判決が認定するような採用制度をとっているのは、労働者の新規採用は、その者の経歴、学識、技能あるいは性格等について会社に十分な知識がない状態において、会社に有用と思われる人物を選択するものであるから、人事部長に採用の決定権を与えることは必ずしも適当ではないとの配慮に基づくものであると解せられるのに対し、労働者の退職願に対する承認はこれと異なり、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ、単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではないからである。したがって、被上告人の採用の際の手続から推し量り、退職願の承認について人事部長の意思のみによって上告人の意思が形成されたと解することはできないとした原審の認定判断は、経験則に反するものというほかはない。
(中略)
 3 そして、A部長に被上告人の退職願に対する退職承認の決定権があるならば、原審の確定した前記事実関係のもとにおいては、A部長が被上告人の退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対する上告人の即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。以上と異なる前提のもとに、A部長による被上告人の退職願の受理は解約申込の意思表示を受領したことを意味するにとどまるとした原審の判断は、到底是認し難いものといわなければならない。
 四 以上の次第であるから、被上告人の本件雇用契約の合意解約申込に対しまだ上告人の承諾の意思表示がされないうちに被上告人が右申込を撤回したとした原判決には、経験則・採証法則違背の違法があり、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるといわざるを得ない。同旨をいう論旨は理由があり、原判決はその余の点について判断するまでもなく破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すのが相当である。