全 情 報

ID番号 03525
事件名 休職処分取消請求処分
いわゆる事件名 東京大学応微研事件
争点
事案概要  国立大学に勤務する文部技官、技術補佐員が団体交渉中、教授に暴行して傷害罪で起訴されたことを理由とする起訴休職処分が相当と認められた事例。
参照法条 労働基準法89条1項9号
国家公務員法79条
体系項目 休職 / 起訴休職 / 休職制度の合理性
休職 / 起訴休職 / 休職制度の効力
裁判年月日 1974年6月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 昭和47年 (行ウ) 7 
裁判結果 (控訴)
出典 行裁例集25巻6号773頁/時報758号109頁/訟務月報20巻10号66頁
審級関係 控訴審/東京高/昭50.12.17/昭和49年(行コ)53号
評釈論文
判決理由 〔休職-起訴休職-休職制度の合理性〕
 国家公務員に対する起訴休職制度の根拠となる規定は、国公法七九条二号であるが、同規定は、公務員が刑事事件に関し起訴された場合においては、その意に反して当然公務員を休職することができる旨規定している。
 国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては、全力を挙げてこれに専念しなければならず(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないし(同法一〇一条一項)、また、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)のである。ところで、公務員が刑事事件に関し起訴されると、刑事訴訟法上、起訴された者も有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるけれども、起訴された事件に対する有罪率が著しく高い我が国の刑事裁判の実状の下においては、相当程度客観性のある公の嫌疑を受けたものとの社会的評価を免れ難い。そのため、起訴された公務員が引き続き職務に従事する場合には、当該公務員の地位、職務内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条の如何等によつては、そのような者が現に職務に従事しているということによつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を生ずることがあるのみならず、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体の信用を失墜させるおそれがある。また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑訴法二八六条)、一定の事由があるときは勾留されることもあり得る(同法六〇条)ので、そのことによつて前記職務専念義務を全うし得ず、義務の遂行に対する支障を生ずるおそれもある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる(国公法七六条、三八条二号)ので、起訴されて将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事させることが適当でない場合もあり得る。
 起訴休職制度は、以上のような種々の支障を生ずるおそれのある公務員を、その身分は保有するが、一時的に職務に従事させないこととし(国公法八〇条二項・四項)、もつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を可及的に排除し、公務員の職務遂行に対する国民一般の信頼ひいて官職全体の信用を保持することを意図するものである。
〔休職-起訴休職-休職制度の効力〕
 任命権者は、公務員が刑事事件に関し起訴されたという要件さえ存在すれば、他になんらの制約もなく起訴休職処分をなし得るものと解すべきではなく、前記起訴休職制度の趣旨・目的はもちろん起訴休職者が受ける不利益の面についても十分に考慮したうえ、裁量により、その制度の趣旨・目的に適合し、かつ、必要な限度においてのみ起訴休職処分をなし得るものと解すべきであり、裁量権の行使についてその範囲を逸脱したり、これを濫用してなされた処分は、違法として取消しを免れない。
 (中略)
 6 職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響
 原告X1は、本件処分当時(昭和四六年一〇月二日)、五〇日余りの勾留を経て保釈されていたものの、Aの建物内に立ち入るときは、前もつて裁判所に申し出て許しを受けなければならない旨の保釈の条件が付されていたので、事実上、職務に従事することは困難であつた。また、原告X2は、本件処分当時(同年一一月一〇日)、既に一〇〇日以上にわたつて勾留を継続されていたので、職務に従事することは全く不可能であつた。したがつて、原告らは、公務員としての職務専念義務を全うし得ず、そのことにより、職務の遂行に重大な支障を生じさせていたことが明らかである。
 次に、本件公訴事実によれば、起訴された原告らの行為は、原告らの職場であるAの中で、その管理に関する問題に関連し、職場の上司たるA所長又は教授に対し、執ような暴行を加えて傷害を負わせたというのであつて、仮にそれが真実であるとするならば、職場秩序・規律を乱すことこれより大なるものはなく、弁解する余地の全くない暴力事案ともいうべきであり、原告らがこのような公訴事実によつて起訴されたという一事だけをとらえても、原告らを引き続き職務に従事させることが職場秩序・規律の維持に少なからず支障をきたすであろうことを推認し得る。現に、原告X1は、保釈されてから本件処分に至るまでの間、A玄関前に仮小屋を無断で構築し、同所で「就労」していると称していたし、原告X2は、その処分当時勾留されていたものの、釈放されれば原告X1の前記行動に直ちに同調するであろうことは、右処分時においてたやすく予想され、本件各処分後も、原告らは、それぞれ就労する旨を宣言して「就労」し、休職処分の存在を無視したり、教授らのAへの入所を妨害しており、このことが、職場秩序・規律を著しく乱す行為であることはいうまでもない。
 更に、公務員がその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならないことは、既に述べたとおりである。本件公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条、公務員の欠格事由該当性、特に、その公訴事実の内容によれば、起訴された原告らの行為は、仮にそれが真実であるとするならば、一般社会人としてもその節度を著しく逸脱し、これを正当化する余地の全くあり得ない違法、不当なものであつて、国民一般の強い非難に値する内容のものであることが明らかである。以上のような諸般の点を考え合わせると、原告らがこのような刑事事件に関し起訴されたということは、原告らに信用失墜行為があつたという疑惑を世人に生じさせるような行為があつたものといわざるを得ない。そうすると、原告らが引き続き職務に従事する場合には、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体に対する信用を失墜させるおそれがあるというべきであり、このことは、原告らの研究者ないしこれに準ずる者としての地位、職務内容等によつて緩和されるものではない。けだし、原告らも公務員である以上、広く信用保持義務を負うことは、他の公務員の場合となんら異ならないからである。
 以上によれば、職務の遂行、職場秩序の維持に対する支障及び国民の信頼等への影響のいずれの点から考えても、本件各処分には十分な合理性、必要性があるものというべきであり、前認定のような原告らの職務内容、応微研職員組合等の原告らに対する支援及び当該処分によつて原告らが受ける不利益の点について考慮しても、本件各処分は、まことにやむを得ないものというほかはない。
 7 裁量権の濫用について
 原告らは、被告が、臨職闘争の早期収拾を計る目的をもつて、その中心となつて活動していた原告らを応微研から排除しようとしたのであり、また、暴力事案に対する制裁的意図をもつて、原告らを起訴休職にした旨主張するが、これを直接に認めるに足りる証拠はない。