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ID番号 03539
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 下関商教諭退職勧奨損害賠償請求事件
争点
事案概要  市立高校の教諭が、自らに対する過度の退職勧告を違法であるとして市に対して国賠法に基づき損害賠償を請求した事例。
参照法条 労働基準法2章
地方公務員法27条2項
国家賠償法1条
体系項目 退職 / 退職勧奨
裁判年月日 1974年9月28日
裁判所名 山口地下関支
裁判形式 判決
事件番号 昭和45年 (ワ) 264 
裁判結果 一部認容・棄却(控訴)
出典 時報759号4頁/タイムズ322号275頁
審級関係
評釈論文 山本吉人・労働法律旬報875号4頁/室井力・季刊労働法95号64頁/舟越耿一・同志社法学27巻2号80頁/福島淳・判例評論197号35頁
判決理由 〔退職-退職勧奨〕
 退職勧奨は、雇傭関係にある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の事実行為であるが(この点については当事者間に争いがない)、一面雇傭契約の合意解約の申入れあるいは誘因という法律行為の性格をも併わせもつ場合もある。そして、右の単なる事実行為としての退職勧奨は何人も自由になしうる反面何らの法律効果も生じないが、合意解約の申入れないし誘因としての性格を併せもつ退職勧奨は任命権者およびその委任を受けた者でなければこれをなし得ず、被勧奨者が任命権者の退職勧奨を受諾すれば直ちに、あるいは任命権者の承諾を得て雇傭契約終了の効果が生じ、優遇措置を受ける条件を有する場合は、右優遇措置を受ける権利をも取得するものと解する。しかしながら、右いずれの場合においても、被勧奨者は何らの拘束なしに自由にその意思を決定しうるのはもとより、いかなる場合でも勧奨行為に応ずる義務もないと解するのが相当である。なお勧奨は一定の方法に従って行なわれる必要はなく、退職を求める人事行政上の事情や、被勧奨者の健康状態、勤務に対する適応性、家庭の事情その他被勧奨者の要望等具体的情況に応じて、退職の同意を得るために適切な種々の観点からの説得方法を用いることができるが、いずれにしても、被勧奨者の任意の意思形成を妨げ、あるいは名誉感情を害するごとき言動が許されないことは言うまでもなく、そのような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があることは当然である。
(中略)
 そもそも退職勧奨のために出頭を命ずるなどの職務命令を発することは許されないのであって、仮にそのような職務命令がなされても、被用者においてこれに従う義務がないことは前述のとおりであるが、職務上の上下関係が継続するなかでなされる職務命令は、それがたとえ違法であったとしても、被用者としてはこれを拒否することは事実上困難であり、特にこのような職務命令が繰り返しなされる時には、被用者に不当な圧迫を加えるおそれがあることを考慮すると、かかる職務命令を発すること自体、職務関係を利用した不当な退職勧奨として違法性を帯びるものと言うべきである。そして、被勧奨者が退職しない旨言明した場合であっても、その後の勧奨がすべて違法となるものではないけれども、被勧奨者の意思が確定しているにもかかわらずさらに勧奨を継続することは、不当に被勧奨者の決意の変更を強要するおそれがあり、特に被勧奨者が二義を許さぬ程にはっきりと退職する意思のないことを表明した場合には、新たな退職条件を呈示するなどの特段の事情でもない限り、一旦勧奨を中断して時期をあらためるべきであろう。
 また、勧奨の回数および期間についての限界は、退職を求める事情等の説明および優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によって千差万別であり、一概には言い難いけれども、要するに右の説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきであり、ことさらに多数回あるいは長期にわたり勧奨が行なわれることは、正常な交渉が積み重ねられているのでない限り、いたずらに被勧奨者の不安感を増し、不当に退職を強要する結果となる可能性が強く、違法性の判断の重要な要素と考えられる。さらに退職勧奨は、被勧奨者の家庭の状況等私事にわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することのないよう十分な配慮がなされるべきであり、被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動が許されないことは言うまでもないことである。このほか、前述のように被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準になるものと考えられる。