全 情 報

ID番号 03563
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 住友セメント事件
争点
事案概要  従業員は労働契約に随伴する信義則により、私生活上も企業の信用を損う言動を慎しむ忠実義務を負っており、職務外の私的言動も懲戒処分の対象となるとされた事例。
 飲酒運転により歩行者を死亡させ禁錮一〇年執行猶予三年の刑が確定した者に対する懲戒解雇が無効とされた事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 信義則上の義務・忠実義務
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 職務外非行
裁判年月日 1973年3月29日
裁判所名 福岡地小倉支
裁判形式 判決
事件番号 昭和46年 (ワ) 576 
裁判結果 認容(控訴)
出典 時報719号95頁/タイムズ297号328頁
審級関係
評釈論文 加藤俊平・ジュリスト566号109頁
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 (1) 一般に使用者は企業の規律を維持する必要上、就業に関する企業秩序維持権を根拠として、不法に企業秩序を乱す従業員を解雇その他の懲戒処分に付することが認められているが、使用者の右懲戒権は企業の就業に関する規律維持のために認められるもので、本来の就業に関する規律と関係のない従業員の私生活上の言動にまで及び得るものではない。もっとも、従業員は労働契約関係に随伴する信義則の要請により、私生活上においても企業の信用を損い、利益を害する言動を慎しむべき忠実義務があるものと解されるから、従業員の職務外の私的言動といえども、それが企業の運営に著しい悪影響を及ぼし、その利益を害する場合にはその限りにおいて右懲戒権が及びうるものと解される。しかし、その場合にも、右言動が本来企業の規律から自由な私的生活の領域で生じたものである以上、これに対する懲戒権には自ら限度があるべきである。それ故、就業規則における懲戒条項の解釈適用についてはそのような見地に立ってこれを合理的に解釈適用すべきである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務外非行〕
 三、以上認定した事実を総合して判断するとき、原告の本件行為が形式上被告会社の就業規則第六〇条一項五号に該当し、かつそれが被告会社が従前から行っていた交通安全という従業員の啓蒙教育上看過しえないものであるとはいえ、前記のとおり未だその行為自体が被告会社の企業秩序及び企業としての社会的地位、信用に対する重大な侵害をもたらし、被告会社にとって原告との雇傭関係の継続が期待できないような事態を生じさせたとまでは認められず、また原告の行為が被告主張のとおり前記規則第六〇条二項の適用を排除すべき「交通三悪あるいはこれに類するもの」に該当するともいえず、従って原告の行為が、原告に対し反省の機会を与えることなく直ちに企業外へ排除しなければならない程、企業秩序を乱す悪質かつ情の重いものとみるのは相当ではなく、むしろ、原告が惹起した本件交通事故については、情状酌量して就業規則第六〇条二項を適用し、解雇以外の軽い処分に付すべき余地があるものと思料されるので、前記のような諸事情を考慮すれば本件解雇は社会通念に照し均衡を失し酷にすぎるというべきである。
 以上のとおりであるので、被告会社の本件解雇処分は被告会社が就業規則第六〇条一項及び同二項の解釈適用を誤り、同条二項を適用すべきであるのにこれを適用せず不当に同条一項五号を適用し、結局解雇すべからざる場合に原告を解雇したものであって、無効といわなければならない。